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Paranormal World-パラノーマルワールド-  作者: mirror
三章 仮想と現実の境界、それは彼らの認知の外側。
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第六話

「あー、もうこんな時間なのね。ごめんなさい、最初にも言ったと思うけど、この後少し予定が入っていて。よかったらあなたも来ます? 行きつけの喫茶店のマスターとの用事なの。来るなら軽食ぐらいおごりますけど、そんな大人気店ってわけでもないから当日でも全然入れると思う」


 唐突な食事の誘いに、思わず即答する。


「い、いえ。今日はこの辺りで失礼させてもらいます。情報量が多すぎて頭パンクしそうですし、多分家に食事も用意されてるんで」


 これ以上電波な話に付き合っていられない。出来るだけ速やかにここを後にしたかった。


「そう。まぁこれ以上話しても無駄に気を張ってしまうかもしれないし、本来ならあまり部外者に話すことでもないしね。丁度いい切れ目だったのかも」


 うんうんと一人で肯いている。


「そ、そんな話を聞かされて僕消されたりしないよね」


 秘密保持ぐらいしっかりして欲しい。


「まあまあ。それにさっきも言ったけど、あなたはもう完全な部外者とも言えない立場にいるわけだから、問題ないわよ」

「それってどういうこと?」

「一度でも霧を観測、並びに霧の向こう側の世界へのアクセスを行ってしまった人間は、例外なく、再度霧との遭遇を果たすわ。詳しい説明は時間がないから省くけど、貴方の脳のチャネルは、既にそういう風に切り替わってしまっているの。それはさながらチューナーの壊れたラジオのようで、観測領域のコントロール機能が麻痺してしまっているのよ」


 何言って。そう言おうとしたが、口が動かない。


「もっとわかりやすく言うのであれば検索バーに出てくる予測ワードみたいなものよ。“霧”を一度検索してしまっているから、ふとした拍子に予測ワードに上がってくる」


 唖然としている僕を他所に、IronRabbit氏はモニター前に置かれている物理キーボードを素早く叩き出す。画面には難しいプログラミング言語がいっぱいに並ぶ。

 何をしているのか把握するよりも先に、彼女がエンターキーを強く弾くと、全ての窓が閉じる。


「念のため、君にはこの歪み探査アプリ、 MirrorGateの使用権限を渡しておくわ」

「それってここに来るときに使ったアプリのこと? 僕が使ったときには真っ黒で名前すら書いてなかったけど」

「そう。渡したときは貴方の話が本当なのか確証がもてなかったから、超機能制限版を渡させてもらっていたの。言ってしまえばここに入るための鍵のような扱いしかできないものになってる。まあ、今渡したものに関しても全機能がアンロックされているわけではないけど、多くの機能を使えるようにしているわ」

「そ、それはどうも」


 とりあえず素直に受け取っておく。

 ここを出たらすぐにでも胡散臭いアプリはアンインストールしようと思っていたのだが、機能が拡張されたことによりそれは保留にしよう。

「使い方はまぁ、アプリを起動すればわかるわ。ナビもついてるし、楽しみにしてなさい」

 それってつまり説明書なんてものは存在していないってことをぼかしてるだけなんじゃ……。

 心なしか視線が泳いでいるようにも感じる。部外者に渡すことは基本的にはないみたいだから仕方ないといえば仕方ないけど、普通取説とか作らないのかな。社内用とかに。

 まあ僕取説はとりあえず開かずゲーム起動するタイプだから良いけど。最近のアプリも基本的にゲーム内チュートリアルオンリーだし。


「でもどうしてそんなことまで。なんだかこのアプリもよくわからないけど、これだって関係者以外が持っていちゃいけないものとかじゃないんですか?」


 僕の言葉に、彼女は考え込む様子で腕を組み、唸って見せた。


「ま、アプリはまだ未完成だから、あ、じゃあテスターとしての役割も兼ねてってところでどうかしら? もちろん、使ったデータなど随時こちらに送信されるようにしてあるわ」

「無料のテスターってわけですね……なんか納得いかないけど」


 そういうと、彼女は口元を押さえて小さく笑う。


「まぁそう言わないで。なんなら、定期的にここまで足を運んでもらえれば、お菓子ぐらいは提供しますよ」


 納得いかないが、彼女の予定の時間もあり、今日はとりあえず解散することにして、僕たちは部屋を後にする。

 仄暗い階段を上がって地上に出ると、すっかり日は落ちてしまっていた。

 相変わらず近くに人の気配はない。風で揺れる木々だけが僕たちを取り囲んでいた。空気も比較的澄んでいる。

 そんな都会から切り離された空間を堪能していると、近くで猫の鳴き声が聞こえた。


「人はいなくても猫はいるのかな」

「まぁ猫ですから。彼らに人の常識は関係ないわ。きっとまたあの子ね」


 どうやら最近この辺りによく来る猫らしい。姿こそ見えないが、きっとしっかりと探せば見えるのだろう。

 今はそこまでして猫を探す気にもならなかった。


「あ、そういえば猫といえば、猫耳っ子の方は画像とか無いんですか? ちょっと気になるというか、見てみたいというか」


 リアル猫耳っ子とか地雷もいいところだけど、一周回って芸術的な可能性もある。拝めるならぜひ一度拝んでみたさはある。

 期待を込めて聞いてみたが、帰ってきたのは無慈悲な言葉だった。

「残念ながらその姿をまともに抑えられたものはいないわ。警戒心が強いのか、画像データもハッキングされてすべて削除されてしまうのよ。唯一残っているのがこれなんだけど」


 そう言ってMirageを起動し、一枚の画像を共有モードで表示する。

 そこに写っていたのは、青い光の玉。それ以上でも以下でもない。これのどこに猫耳少女の要素があるのだろうか。

 いくら目を凝らしても、何も見えてくることはない。


「そんなに凝視しても何も見えないと思う。見たとおり、その画像に写っているのは青い光の玉だけだもの」

「ちょ、期待させておいてそれはひどすぎる」


 嘆く僕に乾いた笑いを向けて答える。


「何度も何度も画像を消されてムカついて、セキュリティーの大幅強化を施してからはめっきり姿を見せなくなってね。唯一手に入ったのがそれなんだけど、結局実体はつかめないまま。人相も不明なの。目撃した生存者の話だと、深くフードをかぶってローブに身を包んでいるとか。よっぽど素性を知られたくないのね。というわけで、もし見かけたら情報は言い値で買うから、よろしくお願いしますね」

「そんな無茶苦茶な……僕なんかに取れるならとっくに姿を抑えてるでしょ。あんな大量に監視カメラまでセットしてるんだから」


 そういうと気まずそうに頬をかく。あまりよろしくないことをしている自覚はあるようで、くるりと僕に背を向けた。


「それじゃ私は行きます。ちょっと予定に遅れそうだから連絡を入れておかなくちゃ」


 それだけ告げ、彼女は急ぎ足でその場を去っていった。


「逃げたな……」


 こんなところに一人取り残されてもどうしようもない。僕も帰ろう。


「それにしても、こんなあからさまな入り口、誰も気にしないのかな――」


 自分が先ほど出てきた地下への階段の方を振り返と、そこに地下への入り口なんてものは存在せず、元々存在していた木が顔を出していた。


「あ、あれ? 確かにここにあったはず。僕は出てきてから移動はしてないし、間違いないんだけど……」


 気づくと世界が騒がしくなっていた。遠くで走る車や電車の音、人の声。よくみると公園内には複数人影が伺えた。

 確かにさっきまでそこに人の気配はなかったはずなのに。

 僕はもう一度入り口だった場所を振り返るが、やはりそこにあるのは一本の木。


「何がどうなってるのさ」


 そういえば彼女、あのアプリは鍵のような役割だったって言ってたような。ってことはもう一度アプリを起動すれば入り口が出現したりするのかな。まるで現実味のないファンタジーの話のようで笑えてくが、物は試しだ。

 Mirageを起動させてアプリをタップしようと手を動かし、止まる。

 そんなことあるのだろうか。Mirageを使って現れるってことは、それはARとかMRの類になるのではないだろうか。つまりこの世界に実在する場所ではないということになる。

 だが、現に僕は先ほどまでそこにいた。入るときは緊張して深く考えなかったけど、これって相当意味のわからない現象なんじゃないだろうか。

 もし質量を持った仮想オブジェクトが存在していたとして、もしあの場で電波障害なんて起きた日には。


「生き埋め……まさかね」


 何かの迷彩トリックの類でしょ。実際はそこに存在してるけど、光学迷彩の力で視認されないようにしている的な?


「なんにしたってアプリを起動すればわかる!」


 科学が出るかオカルトが出るか! いざ!

 アプリをタップして起動する。起動画面自体は変わりなく、派手なモーショングラフィックスが流れる背景。だが、そこに表示されていたはずの【Break Point Scan】という項目が現れない。

「おかしいな。確か開いたら自動的に出てきたんだけど……」

 仮想ウィンドウをタップしたりスワイプしたりしてみるが、反応はない。

 一度アプリ画面を終了し、そのままMirageを再起動する。生活の一部として強く根付いているため、電源を切るということを久しぶりにしたかもしれない。せいぜい映画館で映画を見る時ぐらいしか電源を落とすことはない。

 再起動中を表す縁の回るようなエフェクトをしばらく眺めていると、再起動が完了し、パスワードの入力を要求される。

 普段は生体認証なのだが、起動直後は防犯上の都合から設定したパスワードの入力が強制される。この画面を見るのも久しぶりだ。

 入力ボックスをタップするとフリック入力用のウィンドウが開く。それを手早く操作してパスワードを入力すると、見慣れたホーム画面が投影された。

「再起動は何かどめんどくさいな。さてと、肝心のアプリを起動しよう」


 散らばるアイコンの中から目的の物を探し、タップする。

 やはり先ほど同様のエフェクトが散るだけ。

 流石に三度目にもなると目が慣れて来てしまう。次の動作に入るまで手持ち無沙汰にしていると、急に映像が止まり、画面が真っ暗になる。壊れた機械からなる耳障りな音のようなものが発されると、次第にその音も止まり、その場に静寂が訪れた。


「な、なんなんだよ。もしかしてアプリの不具合? バグ? 何にしてもこれじゃどうしようも――」


 ハンドジェスチャーでアプリを強制終了させようとしたその時、人の声が聞こえてきた。変にノイズがかっており最初は聞き取れなかったが、徐々にクリアに聞こえるようになってくる。

「テ―テ―ステステス。オーディオ機能、ハック完了。生体認証、完了。システムアップデートを適応します。しばらくお待ち下さい」


 そんな音声とともに、画面にはロードエフェクトが回りはじめ、謎のメーターが溜まっていく。

 この間にもアプリを落とすなどいくらでも取れる行動はあったはずなのだが、僕はなぜがそのメーターが進むのをただひたすら眺め続けていた。

 そして、そんな時間もあっという間に終わる。


「――――アップデート完了。バージョンは最新になりました。初めまして、兎月鏡夜様。あたしはこのアプリケーション、MirrorGateのナビゲーターとして機能しているAI、フォルテと申します。どうぞよろしく」


 その声は、まるで脳内に直接響くようだった。そう。Mirageを介した音声再生のように。つまり、この声の主は、今僕が眺めていた真っ黒な画面。IronRabbit氏から渡されたアプリから聞こえてきている。

 もっと正確にいえば、その真っ黒になったアプリ画面内に突如として表示された、黒と白、半分ずつに染められた長髪をサイドテールにした女の子から発せられている音声だった。

 長い髪はデータとは思えないほど滑らかに靡き、透き通るような声は機械音とは思えないほどに人間味がある。

 まるで生きた人間を丸々データ化しているような、そんな気さえした。


「は、はは……」


 僕はそんな謎の美少女の出現に、乾いた笑みを浮かべることしかできなかった。


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