第五話
「あ……」
確かにおかしい。最初の目撃時点で少年だったとするならば、彼は現在は成人していてもおかしくない。だが、僕が見たのは明らかに少年だ。中学生ぐらいの見た目だと思う。もしかしたらもっと若いかも。
背は低く、声は幼い。あれを成人男性だそするなら、この世界にいつのまにか合法ショタが誕生していたことになる。だが、そんな話はネットでも見たことがない。
「あと、それと同時期からもう一軒。青く発光する猫耳と二股の尻尾をつけた少女の目撃証言も度々上がっているわ。両者に関係があるかはわからないけど、年をあまり感じさせないという共通点がある」
「あ、それはこないだオカ板で見たよ。猫耳っ子を見たって騒いでるスレ主がいた。まさかそんな話信じてるの? 流石に妄想がすぎるでしょ」
茶化してみたが、彼女は真面目な表情を崩さない。
「……」
なんとなく気まずい空気を感じて話を先にすすめる。
「す、少なくとも僕が見た時は猫耳っ子なんていなかったかな。少年一人だけだったと思うけど……それだって昔目撃された人と別人って可能性のほうがはるかに高そうだけど」
「それはまぁ、なんとも。ただ白衣を着た小さな男の子が、そう多く外を歩いているとは思えませんし、何より彼らを目撃する場所では、必ず“霧”が観測されているの。少年も少女も、例外なくね。そしてその霧は、一般的に認知されることはないの。どんなメディアでも取り上げない。交通機関が麻痺するレベルの霧なのによ」
「霧……?」
さっき確認した画像にも白いもやがかかっていたように思う。低画質なだけかと思ったが、どうやら違うらしい。
現に僕も霧の中に彼を見た。あれを霧と言っていいかはわからないけど。
確かに白衣を着て外に出るものでもない。ましてや地に着きそうなダボダボの白衣を来ている人間なんて、そうそういるわけもないか。
だけど、それじゃ辻褄が合わない。超低身長で超童顔の可能性がないわけではないが。そう考えるのは楽観視しすぎているとしか。だったら。
「タイムトラベラー、とかないかな」
「――はい?」
「あ、いや……」
しまった考えていたことが漏れてしまった。
すごい馬鹿を見るような目で僕を凝視している。心が痛い。
タイムマシンいいじゃん。ロマンに溢れててさ。まぁ実現できるとはもちろん思っていないけど。もしどれだけ遠い未来でも、タイムマシンが存在しているなら、観測されていてもおかしくない。それがないってことは、きっとないのだろうと諦めてるさ。
「ま、タイムトラベラー云々は置いて置くとして、あなたの目撃した人物が、本当にこの世のものかわからないってことが理解できたかしら?」
「ああ、まあ。はい」
ぶっ飛んでいるが、この世のものとも思えないのもまた事実。僕は一旦うなづいておくことにした。
彼女は霧が人界と霊界なんかの別世界を繋ぐとでもいうつもりなのだろうか。たしかに僕も幻惑の霧ーとか言ったけど、そんなのファンタジーの話だ。霧とそれらとの明確な繋がりを示す根拠はどこにもない。
少年が不可思議な存在なのは理解できたが、その先につながる物がない。ただの霧マニアだって可能性だってなくはないわけで。
「結局、その少年がなんだっていうのさ。この世界の人じゃないみたいな話してたけど。もしかして幽霊とでもいうつもり? 確かに幽霊なら年も取らないかもしれないし、猫耳を生やしたり発光したり出来るかもだけど」
とてもさっきタイムトラベラー論を鼻で笑った人間の意見とは思えない。
僕は意見を煽るように顔をしかめる。
「幽霊だなんて言わないわよ。幽霊がいるかいないかは、ノーコメントにさせてもらいますけど」
一度咳払いをして、続ける。
「彼らは、多分、異世界の住人だと思う。少なくとも現段階では最も信憑性の高い仮説よ」
「はは、何を言われるのかと思ったら、大草原不可避なんですけど」
異世界? それなんてラノベ? この現実に異世界なんてものが存在しているとでもいうわけ?
確かにオカルトネタじゃ鉄板とも言えるネタだよね。異世界から迷い込むとか、異世界に行ったとか。僕もいくつかスレを見たことがある。まぁ異世界というとチープに聞こえるけど。言い換えればパラレルワールドってやつだ。
よく似ているけど、違う世界に迷い込むらしい。
そういう世界だと決まって似た世界が広がっているんだ。言語も通じるし、人も人の姿をしている。まぁあくまでパラレルワールドって設定だから似たような世界を作り上げてるのかもしれないけど、それにしてももうすこし頭を捻ろうよって感じ。
「あなた、異世界なんてこの世に存在していないって、そう言いたげね」
「ま、まあ。現実味が薄すぎるとは思ってるよ。まだタイムマシンがあるって言われた方が信じるレベル」
現実味が薄れてきて、僕の心に余裕ができ始めるのを感じ、椅子の上にあぐらをかく。
「確かに信じられないのも無理はないわよね。でも事実よ。逆に異世界は存在しないなんてことを証明した科学者は今までに一人もいないわ。もちろんあることを証明したものも、またいない――」
「ほらね。ないことが証明できないからあるっていうのは暴論ですよ」
「――表向きはね」
「え」
今なんて言ったの? 表向き? つまり世界に発表されていないだけで、実は既に異世界の存在が確認されているとでもいうわけ?
「その通りよ。異世界の研究は、公にはされてこなかった。だけど世界各国で多くの研究機関が異世界の研究に取り組んできたわ。私もその一人だった」
「そんな妄想みたいな話――」
「でもそれが事実よ。そしてその研究の末に導き出された鍵が、霧だった」
「霧? また霧なの? 大好きなの? 霧」
そもそも霧なんてずっと昔からある自然現象じゃないか。僕だって知ってる。水蒸気が凝結して無数の小さな水滴になって大気中を漂う現象だ。異世界とはなんの因果関係も存在しない。
もしかしてIronRabbit氏って電波なの?
「霧と言っても自然界で発生する霧とは全く別物よ。ただ白いモヤが空間を侵食していることから付けられた通称」
心中を見透かされたようにそう捕捉される。
「そんな生易しいものなんかじゃないのよ。あれは……神の、いえ、神さえ超越した、この世界の観測者の領域――」
彼女の言葉を遮るように耳障りな電子音が響く。机の上から六桁の数字が右から波打つように浮かび上がり、十九時十分を告げた。




