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Paranormal World-パラノーマルワールド-  作者: mirror
三章 仮想と現実の境界、それは彼らの認知の外側。
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第四話

 改めて口に出して説明するとひどい妄想野郎だと思う。でも、これが事実だ。

 妄想は妄想で、現実ではない。これは僕が体験したのは現実の話。

 胸糞悪い、現実の話。多分。

 彼女は時折メモを取りつつ、僕の話を真剣に聞いてくれているように感じられた。

 そんな時、ふと僕の前に炭酸飲料のペットボトルがそっと置かれた。


「だいたい理解したので、一旦落ち着いたらどうですか?」

「え、なんで」

「ひどい顔してますよ。汗もびっしょり。それだけでよっぽどの出来事だったのがわかります。嘘を言っていないことも」

「あぁ……」


 指摘されて我に返ると、ひどい汗をかき息も上がっていた。震える口からカチカチという歯の当たる音が脳に響く。いつのまにか強く握っていた拳は、うまく広がらず硬直していた。

 無理やり手を広げると、掌には爪の食い込んだ後が残り、観測と同時に思い出した用意じわりと痛みが湧き上がる。

 出血こそしていないが、爪痕を見るだけでどれだけ力強く握っていたのかが窺える。

 震える手でもらった炭酸飲料を手にとり、一口あおると、嘘みたいに美味しくない独特で毒毒しい味が喉を通化して胃へと流れ込む。吐き出しそうになるのを堪えて胃に納めると、ペットボトルを投げ飛ばしたい衝動に駆られたが、ここも抑えて机の上に力強く置いた。

 静かな部屋にどんっと強い音が響く。

 ここが自宅なら遠慮なく放り投げていただろう。ゲロまず報告を遥にして押しつけにいくレベルで美味しくない。優希は好きな味かもしれない?

 炭酸でそんなに美味しくないものがあっていいのかと思ってしまうほどに、とにかく僕の口には合わない。

 ラベルを確認すると、ドクターペッパーと書かれていた。


「これがドクペ……噂には聞いていたけど、やっぱ美味しくないな。これがうけるならマウンテンデューだってうけていいはずなのに」


 悪態をつきながらももう一口。あれ、おかしいな、美味しくないのになんだかクセになりそう。


「そんなに罵倒しなくても……結構美味しいと思うんですけどね。それはそうと、落ち着きました?」

「あ、はい。ありがとうございます」


 ハンカチを差し出されたので、それを受け取り汗を拭う。一度かいた汗はいくら拭ったところで気持ち悪いことに変わりはない。

 今すぐにシャワーを浴びたい。それが叶わないならせめて服だけでも着替えたいが、それすらもここでは叶わない。

 ため息を漏らす僕を他所に、彼女は席から立ち上がり、モニターの前の椅子に腰を下ろす。

 キーボードを弾く音が心地よく空間に響いく。やっぱり仮想キーボード、仮想フリックよりも現実のキーボードだよね。


「あなたの言っていることは概ね理解したわ。思った通り、いえ。思った以上に相当危ない橋を渡っていたみたいね。生きているのが奇跡的と言わざるを得ない。このことは軽々しく口外しないようにした方がいいわね。頭を開かれたい場合は別ですけど」


 彼女の言葉に心臓が跳ね上がるのを感じた。


「もももちろんそんなのゴメンだよ。あ、危ない橋って、僕の体験したことが幻覚や妄想じゃないってこと、ですか? というか頭を開くって、解剖ってこと? 人体実験的な?」


 それは僕が一番聞きたくなかった答え。それを大きく上回った解だった。

 まだ精神異常が起きているとか、そんなことは夢だとバッサリ切って欲しさがあった。メンタルケアだけで十分だったのだ。気休めを言ってもらって、ついでになんか胡散臭いアイテムでももらって帰れれば、それで精神が安定して日常に戻れるとおもってた。

 じゃないと、僕は一度死んていることになるのだから。

 僕は一体なんなんだ。

 いや、僕が今いるこの世界こそがおかしい可能性は?

 一度死に、元の世界と瓜二つの別世界へ転生したとか?

 ハハ、ワロス。

 チープな転生もののラノベじゃあるまいし、奇を狙うにしてもお粗末だ。


「そ、そんなわけないか。はは」


 僕の自嘲気味な笑いに、慌ててフォローが入れられる。 


「あ、いえごめんなさい。言葉が足りなかったわね。うん。うまく説明できないのだけれど、あなたは生きてるわ。もちろんこの世界もあなたが存在するべき正規の世界軸で間違いない。それは私が保証する。ただ――」


 一度言葉を区切り、言葉を選んでいるのか口元に指を当てて虚空を見つめる。


「うん。もしその少年と出会っていなければ、あなたは死んでいてもおかしくなかったわ。これは確かね。いえ、もっと正確にいうなら、存在が消滅する所だったというべきかしら。あくまで話を聞く限りは、だけども」


 キーボードを弾きながらしれっととんでもないことを口にした気がする。

 彼女は今、僕を殺した少年と出会っていなければ、僕は死んでいたと、そう言ったの? 言っていることが矛盾してない?

 僕はその少年に殺されたのに? いや、そもそも。


「その、少年って、幻覚なんじゃ……」

「いいえ、私の推測が正しければ、その人は幻覚なんかじゃない。確かに存在する人間よ。ただ、“この世界の人間”かは断言できないけれどね」


 こちらをチラリとも見ずにそう告げる。

 どういうことなのかちゃんと順を追って説明してほしいが、そんな雰囲気は一切ない。


「それって、時空のおっさん的な存在ってこと? おっさんじゃなくて少年だったわけだけど」

「まあ、一番身近で、解釈しやすいたとえはきっとそれでしょうね。事実、キーパーは理論上存在しているのわけだし。彼がそれだと断言はできませんけど」


 都市伝説なんて知らないかと思ったが、さすが胡散臭いブログの管理人をしているだけあって、僕の言いたいことは伝わった。


「あ、あのぉ……キーパーってなに――」


 僕の疑問を遮るように、彼女は声を重ねた。


「ねえ、これを見て」


 そう言って、右下のモニタを指差す。そこには粗い画像が一枚、画面いっぱいに表示されていた。

 ここからじゃよく見えそうにないので、椅子から立ち上がりIronRabbit氏の隣まで移動する。


「本当は一般人に見せるものではないのだけれど、もうあなたはこちら側に一歩入り込んでしまっているし、いいでしょう」


 荒すぎる。どこかの監視カメラをキャプチャした画像だろうか。人が写っているようにも見えるけど、人相までは伺えない。探偵だって投げ出すレベル。


「人が写ってる画像? なんですかこれ」

「察しが悪いわね。そこに写っているのこそ――あなたを殺したと思われる少年だと、私は思うの。違うかしら。よく見てみて」

「え、なんで。急に都合よくそんな画像が」


 言われて必死に目を凝らす。いや、いくら目を凝らしたところで画像が鮮明になるわけではないのだからわかるわけがない。

 ただ、画像に映る人物の服装に既視感を覚える。ぼやけていて確証は持てないが、全身白い。体型すら把握できない白衣のような服装。

 脳裏に浮かんだのは、少年の姿。ダボダボの白衣を着て、眼鏡をかけた幼い少年。

 僕を殺した、少年。


「あ、あ、ああ。確かに僕を殺した人に似ている、気がする。白衣を着ていたんだ。汚れ一つない、真っ白でだぼだぼの」

「そう。やっぱり」


 同調を示し、PCに映った画像を閉じる。

 画面が青い背景に変わったのを確認すると、全身に入っていた力が抜けていくのを感じる。足の力も入らなくなり、倒れそうになるのを必死に堪える。


「さっきの人影、ここ数年で頻繁に目撃されているの。公にはされていないけど、最初に彼を観測したとされるのが二〇一一年。あの大規模な自然災害の直後だったはず。これは私自身ではなく知り合いによるソースだから断言はできないけれど」


 僕は昔の記憶を保持していないのでネットで見たことしかないが、日本周辺における観測史上最大規模の地震が発生したらしい。ネット上だと陰謀論なんかがちらほら見えている、人工地震の噂のある震災だ。

 今でも人工地震と調べれば当時の記事がいくつも上がってくる。


「その自然災害と、少年になんの関係が……?」

「おかしいと思わない? 彼は最初から“少年”だった。二〇一一年から現在まで、ずっとね」

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