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Paranormal World-パラノーマルワールド-  作者: mirror
三章 仮想と現実の境界、それは彼らの認知の外側。
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第三話

 空気がひどく重い。

 誰もいない見知らぬ場所で、僕は一人で椅子に座っている。視界に入るものといえば六台の大型モニターぐらいで、それらは数分おきにビューが変わり、外の世界を監視しているようだった。

 それは渋谷だけに収まらず、見た感じだと東京一帯を映しているように見える。見覚えのない場所も稀に写っているので、もしかしたら東京都内だけに留まってすらいないかもしれない。

 ほとんどは僕でもよく知っているような名所が映し出される。引きこもりが擬似観光ツアーでも開いているかのようだった。


「明らかにおかしなアングル。一体どこにどうやってカメラを設置してしているんだろう。というか勝手に監視カメラを設置するとか、訴えられてもおかしくないレベル」


 全ての位置を把握しているわけではないが、明らかにカメラが設置できるような場所じゃないものも存在する。ドローンを飛ばさないといけないようなアングルもある。


「でも街中でドローンなんて飛んでたら人目につくよな。都内だとそもそも飛ばすのに凄い手続きが必要だったり、電波干渉でまともに飛ばなかったりするし――あ、もしかして超ハイスペックで光学迷彩搭載のドローンとか? それも自作だったりして」


 IronRabbit氏って実はそっち系の凄い人? 関係者だったりするのだろうか。ブロガーというのは仮の姿とか?


――あの年齢でそれはないか。いや、見た目年齢が幼いだけで実際はそれなりに年上の人だったりして。


「童顔ってレベルじゃねーぞ。確かに顔つきというか、雰囲気は若干大人びて見えなくもなかったけど」


 部屋は薄暗く。モニターが唯一の光源。そのモニターに映るのが路地裏など薄暗い場所だと、僕の世界も薄暗くなる。

 聞こえてくるのはPCのファンの音ぐらいなもので、人の声や車の音など全く聞こえない。地下とはいえどそこまで深く潜ったわけではない。せいぜいここは地下一階程度の場所じゃないだろうか。なら多少なりとも外の音が聞こえてもおかしくないんだけど。

 もしかしたら相当優秀な防音壁で囲まれているんだろうか。


「いや、そういえばここに入る直前ぐらいからやけに周りが静かだったような気もするな。何か近くでイベントでもやっててみんなこぞってそっちに行ってるとか?」


 不自然なほどの静けさに精神が疲れてきた。

 独り言を喋ってても反応してくれる遥や優希は貴重だったんだなと彼女らの有り難さを思い知る。


「はあ……静かだ……いつまでこうしてればいいんだろ」


 僕を引き留めた少女――おそらく彼女がIronRabbit氏なのだろう。他に人の気配は無いし。

 彼女がここで待つように僕に指示してからどれほどの時間がたったのか、もうわからない。この地下室はMirageの起動も出来ず、時計も無い。

 モニターに近づいて確認すれば時間が見えるかもしれないが、タイミング悪く彼女が帰ってきたときのことを考えると椅子から腰が浮かなかった。

 完全に手持ち無沙汰だ。


「Mirageが起動できないと時間すら把握できないんだな……使えるのが当たり前だったからあまり気にしたこともなかった。奈々さんみたいに腕時計型にカスタムすることも考えようかな」


 Mirageは腕に装着して使う携帯デバイスなので、腕時計との相性が非常に悪い。だから近年外付けパーツで腕時計の機能をつけている人も多くなってきている。

 なんだかんだ言っても人間完全にデジタル移行はできないんだなと強う。

 暗くて狭い部屋にいると精神がやられてきそうだ。冷却ファンの音に苛立ちを覚え始めた頃、部屋の扉が開き、密室に外気が取り込まれたのを感じた。

 息が詰まるような静寂から解放され途端に肩の力が抜けた。


「お待たせしました」


 そう言って入ってきた少女は、先ほどまでのダボダボの服を着替え、Tシャツに深緑のパーカーを羽織っていた。

 着替えたはずのTシャツもまた、サイズが合っているとはいえないけど。彼女なりに何かあるのだろう。

 彼女は僕の前に置かれた椅子に腰掛けると、机の上にビニール袋をどさっと置いた。


「な、なんですか。これ」

「ここに来客なんて滅多にないですから。もてなせるようなものももちろんなくて、仕方ないので近くのコンビニまで買い物に行ってきました。よかったらどうぞ?」


 そういうと、彼女はビニール袋の中から炭酸飲料を一本つかみ出し、蓋を開ける。

 と言うかその格好で外に買い物行ったの? 下履いてないよね。それともダルダルのTシャツで隠れているその先に何か着てるのか?


「? ああ、ちゃんと下は履いてますよ。変態ですか? あなたが変態でも生憎私は変態ではないので。そんなにみてもあるのはズボンだけですよ変態」


 そう言ってシャツの裾を手繰り上げると、黒色の短パンから引き篭もりのような細い純白の足が伸びていた。そのさらに上側のおへそまで顔を出していることを彼女はわかっているのだろうか。多分気づいていない。

 それにしても白い。僕も色白な方だけど、彼女の場合、病的な白さだ。青白いと言ったほうが正しいかもしれない。

 目の下に陣取っている隈のせいで顔は余計にひどい色をしている。


「わ、わかったわかりましたから。とりあえずシャツおろしてください」


 何事もなかったかのようにシャツを下ろすと、炭酸飲料喉に流し込む。喉を水が通る音が、喉の動きを見ていると聞こえて来そうないい飲みっぷりだ。

 そんな彼女を見ていると、こっちまで喉が渇いてくる。冬だと言うのに、この場所は不思議と暑い。暖房がついてる感じもない。

 先ほどまでの緊張で張り詰めた空気のせいでカラカラだった喉が、思い出したように急に潤いを求めて騒ぎ出す。


「じゃ、じゃあ……僕もいただきます」


 袋の中を覗き込むが僕の望む飲み物、マウンテンデューがない。まぁ当然といえば当然だけど。とりあえず甘いコーヒーを掴み取る。


「散らかってるのは気にしないで貰えると助かります。急で片付ける暇がなくって」 


 すました顔で言っているが、今日を指定したのは君の方じゃないかと思いつつ散らかっている部屋を見渡すと、ペットボトルや弁当の容器が散乱しているエリア、書類関係でごった返しているエリア、洋服類が散らかっているエリアに分かれている。散らかってはいるが、住み分けはできているらしい。変に器用な人なのだろう。

 全てを見なかったことにして、彼女に習い喉を潤す。乾燥してカサついていた思考が、コーヒーのカフェインと水分で潤いを取り戻すのを感じる。

 一息つき、僕が空になったコーヒーの缶を机の上に置くと、タイミングを見計らったように彼女が切り出した。


「で、昨日もらったメールの件なんですけど。早速本題に入ってもいいですか? 私も多忙とは言えないにしても、暇人ではないので」


 幼い見た目と不釣り合いな真面目な雰囲気が場を満たす。

 それはまるで警察に取り調べを受けているようで、僕は呼吸すらも忘れていた。


「どうかしましたか? あの――」


 彼女の声で僕の時が動き出す。

 どうってことないよ。別に本当に警察に取り調べを受けているわけでもない。ただの相談事だよ。探偵に相談するようなものさ。相談したことないけど。

 緊張に震える口を無理やり動かす。


「は、はい。すみません。えっと……どこから話したらいいか……あ、やっぱその前に一つ確認したいんですけど、いいですか?」


 不思議そうにしながらも言葉を続けろと促す。


「あなたがIronRabbitさん。で、いいんですかね。代理の人とか、アシスタントではなくてあいや別に疑っているとかそう言うことではなく」


 僕の言葉を聞き少しむ不機嫌そうな表情を見せた彼女を見て、弁解に回る。


「兎月さんですっけ? あなた、今私の見た目を見てそう言ったでしょ」

「――っ」


 やっぱりかという視線に思わず言葉に詰まる。これで機嫌を損ねて話を聞いてもらえなくなったらたまったものじゃない。


「えっと、いやー……その……ははは」


 覚悟はしていたが、やはり初対面の人と話すのはハードルが高い。

 意味ものなく体が震えはじめる。身内ならあんなに喋れるのに。どうしてこうなんだ。実は記憶を失う前のトラウマにより起こる発作とかだったりするのだろうか。

 言葉に詰まっている僕を見て、頬杖をつき更に一つため息。


「まあ慣れてますけどね。こんな身なりですけど、私、立派な成人ですから。そこのところ、勘違いしないでいただけます?」


ポケットに入れていた財布から免許証を僕に見せる。


「あ、はい。なんかすみません」


 返す言葉もない。と言うかこの人成人してるのか。明らかに僕より年下、もっと言えば童顔の初衣よりも幼く見える。


「視線が泳いでますよ兎月さん。全く……それよりも本題に移りましょう。私この後は別件で少し予定が入ってて、ここを出ないといけなくて」


 そう言って机を二回叩くと、二桁ずつ、三つに区切られた数字の羅列が浮かび上がる。


「今の時間が十八時十分で、私の予定が十九時半だから……まぁ時間に余裕はあるか」


 その一言でほっとする。制限時間なんて設けられたら焦りでまともに喋れなくなるところだった。

 彼女がもう一度、今度は三回机を叩くと、浮き上がった数字が空気中に霧散した。


「今のって一体……。ここに入る時も木が跡形もなく消えたと思ったら階段が現れて。一体どんな仕掛けなんですか?」


 好奇心がつい口から漏れてしまった。それを聞いた彼女は得意げに、にやりと口元を歪める。


「んー、あなたの話の内容次第では教えてあげてもいいですけど、今はノーコメントでお願いします。あ、だからって話を変に盛ったりしないでくださいよ? もしかしたら、あなたの身に関わることかもしれないんですから」


 目は口程にものをいうというが、その通り。彼女の目はとても真面目なものだった。それはつまり、本気で僕の身に何かが起こっている可能性があると、そう言っているということだ。

 小さく深呼吸し、僕は話だす。

 

 ――十一月二十二日の、一般観測されていない濃い霧の話。

 ――その霧の中で出会った不思議な少年の話。

 ――その少年に殺された?話。

 ――そしてその現象を観測しているのが、僕以外に最低二人存在している話。

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