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Paranormal World-パラノーマルワールド-  作者: mirror
三章 仮想と現実の境界、それは彼らの認知の外側。
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第二話

 送られてきたのは、一枚の地図。ここ、代々木公園のものだった。

 その一箇所に赤で十字が切ってあり、そこから引き出し線を引き、“ここでアプリを起動!”と書かれている。


「アプリって昨日送られて来たやつだよな」


 僕はMirageを起動すると、宙に浮かび上がるインストールした丸い真っ黒なアイコンを確認する。本来名前が表示される場所には、Ver3.41としか書かれていない。多分このアプリのバージョンを指しているものだろう。

 昼間に何のアプリなのか確認しようと起動してみたが、“使用権限がありません”と表示されるだけで何も起こらなかった。何か起動に条件があるんだろうか。

 もちろんこんなアプリは見たことがない。となるとIronRabbit氏が自分で作ったものということになる。


「やっぱ天才だ」


 感心しながら、地図に示された場所を探して歩く。

 普段こない場所なのでぐるぐると園内を歩きながら確認してみるが、それらしい人物も場所も見当たらない。

 そもそもここは園内なんだから家が立っているわけもないし、そもそも僕は今何を探して歩いているんだろうか。もしかしておちょくられてる? どこかにセットしてある監視カメラでウロウロする僕を見てあざ笑ってるとか?

 そのことに気づくまでに十分もかかってしまった。

 歩みを止めず、流し目で木の隙間にあるであろうカメラを探すが、それらしいものは見つけられなかった。

 仕方なく一旦歩くのをやめ、改めて連絡を取ってみることにする。

 僕がメッセージを送ろうとした直前、通知がポップアップした。IronRabbit氏からだ。

 すぐに内容を確認するために通知をタップして展開する。そこには――


【後ろ】


 それだけが書かれていた。

 薄気味悪くなり即後ろを振り向くが、そこにはだだっ広い空間に木が何本か立っているだけだった。

 ま、まさかこのつまらない現実に木の中の隠し扉なんていうロマンが⁉︎

 興奮気味に近くの木へと走り寄る。

 ぐるっと一周確認するが、それらしい扉は見当たらない。

 そもそも木の周りには立入禁止の札が立っており、紐で規制されている。外部の人間が近寄って触ったりして良いものではないのがわかる。


「こう言うのは、どっかに隠しボタンがあったりするはずなんだけど……なさそうだな。生体認証なのかな」


 一度木から距離を取って風景を眺めてみる。風に吹かれて揺れる葉っぱの音が心地良い。だが、それだけ。何か発見があるわけでもない。


「あ、そういえばアプリを使えみたいなこと言ってたんだっけ」


 Mirage内に落としてあるVer3.41をタップする。

 若干のロードを挟んだのち、今度は無事起動した。多彩なモーショングラフィックスが散りばめられたアプリ画面が表示される。

 昼間は真っ黒な画面に文字が浮かび上がっただけだったのに。


「いい趣味してるな。もしかしたら気が合うかも――なんて、僕なんかが図々しすぎるか」


 しばらく動き回る画面を眺めていると、【Break Point Scan】というボタンが表示される。これをタップしろと言うことだろうか。

 ブレイクポイントが何なのだろうという疑問はこの際置いておくことにする。特に意味のない起動ボタンの名称かもしれないし。

 それにここまで来て引き返すなんて選択肢はなかった。好奇心もあるが、自分のためだ。

 僕は一度死んだ。妄想だろうと現実だろうと、死んだことに変わりはない。それに僕が死んだことを、僕以外が観測している。それを幻覚だと突っぱねられるだろうか。

 首元をさする。そこにはたしかに繋がった僕の首がある。だが、あの時確実に僕の首は跳ねられた。間違いない。

 恐怖や痛みなど、はっきりと思い出せる。なるべく考えないようにするが、今にも足が震えてしまいそうだ。

 この先に行かなくても、またいつあんな思いをするがわからない。一度あることは、きっと二度も三度もある。そういうものなんだ。

 なら、少しでも対策出来る道を選んでおきたい。それに初衣のこともなにかわかるかもしれない。

 警察に言ったところで妄言ととられて終わるに違いない。だったら信頼できる情報通との接触を取る方が有意義だ。


――警察は信用できません。何かを隠しているように思います。


 初衣のメッセージにあった一文を思い出す。


「ぼ、僕運だけはいいんだ。IronRabbit氏は悪い人じゃない。幸運な僕が言うんだ。間違いないよ、うん」


 両親を亡くし、記憶を無くしてるけど、それを考えても僕はついてる。何なら僕が記憶を失くして兎月家に引き取られることにも、この先何か意味があるかもしれない。そう考えれば僕はやっぱりついてるよ……ね?

 若干の不安を抱えつつ、そのボタンをタップする。


「お、おぉ!? なになになに!?」


 直後、僕の目の前に存在していた木が心綺楼の様に消えた。

 跡地には、地下へと続く階段が姿を表す。まるで初めからそこにあったかのように。出来の良いARだろうか。

 いや、Mirageを起動する前から木は常にそこにあった。

 手で触れ、確かな手応えがもあった。つまり木はARの類ではないはず。

 男心くすぐる演出だが、ARで投影された地下への入り口は、所詮3Dモデル。現実じゃない。その先まで作り込まれていたとしても、入れるわけではない。オーバーレイされていても、元の地面が消えてるわけじゃないから。

 恐る恐る手を前に伸ばし、現実から姿を消した木を探す。

 しかし、いくら近づいても木の感触は一向に現れない。

 木は、確かにその存在をこの世界から消した。


「そんなことってある?」


 思わず声が裏返った。

 周囲を見渡してみるが、人の姿はどこにもない。

 戸惑う僕に追い討ちをかけるように、階段前の地面から、僕を急かすように文字が浮かび上がる。

 “Welcome to MirrorWorld”と。まるでゲームのダンジョンの入り口のように当然のようにそこに文字はある。

 不安と好奇心が交錯し、気がつくと僕は文字の前まで足を進めていた。後ろに回り込んでもその文字は確かに存在する。立体感はない。僕たちが普段から見ているMirageの仮想モニターと近いものを感じる。

 手を伸ばして文字に触れようと試みる。もちろん実体があるわけではないので、触れることなどできるはずもなく、伸ばした指先は若干のノイズを帯び、空を切った。

 乱れた映像はすぐに修正され、今なお文字は浮き続けている。


「この先に入れってこと……だよね」


 脳が混乱している。確かに入り口はある。だが、それは投影されているだけで、実際はただの地面だ。文字がそうだったように、映像のはず。

 ならば入れるわけがない。だが、他に道があるわけでもない。

 固唾を飲む。喉の動く音がやけに響いて聞こえる。


「よし、いくぞ、いく。本当にいく。いくからな」


 入れず地面を踏んだところで、僕に痛手はない。ちょっと恥ずかしい思いをするだけで済む。

 自分の震える足を叩く。叩いた太ももに跡が残るのではないかと思うほど強く、何度も。そうしているうちに震えは止まっていた。

 一歩踏み出し、階段を踏む。ぼくの足は確かに階段を踏んでいた。

 地面があると思われた場所に地面はなく、木と同様に跡形もなく姿を消してしまった。


「んなアホな……」


 僕が階段に足を踏み入れ数秒、暗闇が続いていた空間に明かりが灯る。


「ご、ご丁寧にどうも」


 誰に言うでもないその言葉は、空気に溶け、やがて消える。

 壁に手をつき、空間を把握しながら進む。その壁は確かに日にあたっていないコンクリートの感触があった。冷んやりと冷たい壁が、僕をどんどんと現実から遠ざける。


「現実は即死ゲー現実は即死ゲーリスポーンはしない即死ゲー……」


 自分の注意力をアップさせる魔法の呪文を唱えている時間はそう長くはなく、すぐにドアの前にたどり着く。インターホンなどはなく、重たげで、まるで金庫の扉のような金属の壁が僕の前に立ちはだかった。

 なんとなく、マナーとしてノックをしてみる。一回、二回、三回。叩いた金属の壁から重い音が響く。


「あ、あのー……昨日連絡取った兎月ですけども……」


 自分でも弱々しくなっていくのがわかった。

 なんなら返事なんて返ってこなくて、“仕方なく”諦めて帰るところまで妄想したが、どうやらこの非現実は僕を現実には返してはくれないようで。

 扉の向こうからガタガタと騒がしい音がする。何やら人の声のようなものも聞こえてくるが、扉に遮られて聞き取ることは叶わない。

 その音が僕の不安を一層掻き立てる。重い扉の向こうから人の声と聞いて、ふと監禁というキーワードが頭に浮かぶ。

 そんなものはこじつけでなことはわかってる。だけど人間一度考えてしまったものを頭から葬り去ることは難しい。


「あ、いや、やっぱり僕帰――」


 弱腰な僕の言葉を遮るように、大きな音を立て目の前の扉が開く。見た目に反して勢いよく開いた扉。その風圧に前髪が靡き、反射的に視界を闇にする。

 直後、僕の腕をなにかが掴む。柔らかな感触。


「ひぃっ――こ、殺さ――――っ」


 やっぱやめておけばよかったかな……僕の人生オワタ……。

 覚悟を決め、僕は伏せた瞼にさらに強く力を込める。

 想像したのは、あの時感じた死の痛み。

 だが、一向にそんな絶望の感覚は降りてくることはなかった。


「ちょ、ちょちょ、……と、まって……はぁはぁ。自分から来といて帰るとかあり得なさすぎでしょ常識的に考えて」

「ぇ、え?」


 明らかに女の子の声だ。僕は恐る恐る瞼を持ち上げる。


「な、なに――なんですか。人の顔じろじろみるとか失礼です」


 そこにいたのは、サイズのあっていないだぼだぼのTシャツを来て、ごついヘッドフォンを首にかけ、大量の寝癖を拵えた―― 


「お、女の子?」


 頬を赤らめて僕の腕を握る、不機嫌そうな少女だった。

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