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Paranormal World-パラノーマルワールド-  作者: mirror
一章 そして、霧が彼らの日常を侵し始める。
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第二話

 風呂場の扉を開けると、暖かく湿った空気が流れ込んでくる。

 浴槽には、まだ暖かいお湯が張ってあった。多分遥が沸かしたのだろう。

 昔からそうだ。どういうわけか僕の行動を先回りして準備をしてくれることがある。まるで未来を見ているような。なんて、ファンタジーがすぎるか。

 オカルト的に言うなら――思考盗撮ってところ? それとも以心伝心?

 言い方一つで随分印象が変わることに。一人苦笑する。

 仮に思考が盗撮されていたとして、僕にそれを確かめる術はないわけだから、気にするだけ無駄さ。


「ついこういう妄想しちゃうのは癖なんだろうなぁ」


 言いながら服を脱いでいくと、日本人離れした白い肌があらわになる。

 シャワーをあびるだけのつもりだったが、せっかく用意されているなら湯船にも浸かろう。

 髪と体を洗い流して湯船に浸かる。あつすぎない丁度よい温度のお湯が体を芯から温めて疲れを癒やしてくれる。


「遥にはいつも感謝だな」


 僕は小さい頃にこの兎月家に引き取られた。大きな震災で家族をなくしたらしい。

 らしいというのは、僕にはその時の記憶がないからだ。正確には震災以前の、兎月家に来る前の記憶が一切ない。

 医者は精神的ストレスによるもの――みたいなことを言っていた気がするが、幼い頃に聞いた話だし、いまいち覚えていない。

 僕と同じで当時幼かった遥からしてみれば、急に家に知らない男の子が転がり込んで来たと、あまり好印象ではなかったかもしれないが、それでも親身になって僕に寄り添ってくれたからこそ今の生活がある。

 ほんと、感謝してもしきれない。

 昔のことを思い出せないのは少し寂しい気もするけど、思い出せないことをいくら考えても仕方ない。


「強いて言えば、夢。だよな」


 夢は記憶の整理って話を聞いたことがある。

 だとすればあの真っ白い部屋も白衣の男も実在するのだろうか?

 もしそうなら、僕は一体なにをされていたんだろうか。

 ぱっと思いつくことといえば、難病だったか、人体実験か。そんなありきたりな妄想話。


「夢の最後に出てくる女の子、ちょっと遥に似てる気がするんだよね。と言っても白髪なところぐらいだけど」


 本当に実在するのだろうか。もし実在するとして、僕は会いたいと思うのだろうか。

 まぁ、アニメなどを見た記憶と混在している可能性もある。だが、それにしては見た目がリアルだ。

 考えても無駄だとは思いつつも、ふとした拍子に気になってしまう。


「やめやめ。さて、そろそろ上がろうかね。流石にのぼせそうだ」


 浴槽から上がり、栓を抜いて軽くシャワーで流す。

 風呂から出ると、空が明るくなってきていた。

 リビングには遥の姿も見当たらない。水を飲みに来ただけみたいだったから寝直したのだろう。


「この時間から寝て果たして起きれるんだろうか……心配だな」


 遥はそれなりに朝は弱い。それでも最低限身嗜みを整える余裕を持って朝起きているのだから、僕より何十分も早く起きているだろう。心配するのも野暮か。

 腕時計型スマートデバイス――Mirageミラージュ――を腕につけてタッチパネルをタップすると、現在時刻と今日の日付、天気、アプリアイコンなどが視界に展開される。

 いわゆるMRデバイスだ。二〇二〇年後期から普及し始め、今はスマホと同等かそれ以上の普及率になっている。


「やっぱテンション上がるよね。まるでSFの世界だもん」 


 浮き上がった時刻は五時半を回ったぐらい。


「結構長いことお風呂に入ってたんだな、どおりでのぼせるわけだ」


 一人で納得して首を縦に振っていると、Mirageが脳へと届ける電子音が鳴り響いた。


「なんぞ? ソフトウェアのアップデート?」


 僕の視界にはバージョンアップをするために音声認証が必要なので、Mirage本体のパネルをホールドした状態で何が喋れという旨が綴られていた。


「はいはい。えーっと、僕の名前は兎月鏡夜うさつききょうや。新宿の高校に通う高校二年生。好きなことはゲームとネットの祭りを追うこと。友達は少なめ、家族構成は――と、もう完了してるか」


 朝から長文を喋ったせいで喉が乾いた。

 冷蔵庫からマウンテンデューを取り出して缶を開けながらソファーに腰をおろす。

 カフェイン量の多い炭酸飲料が火照った体を冷やし、脳を活性化させてくれる。


「この独特の味がいいんだけどなぁ……人気がないからコンビニなんかじゃ絶対見ないけど」


 寝直すには微妙だが、支度をするには少し早めの時間。僕はMirageの仮想ディスプレイを操作してTwickerツイッカーを開く。

 Twickerは情報が渦巻くまさにカオス空間だ。

 なにか調べ物や興味を引くものはとりあえずTwickerで検索をかければヒットする。今じゃαちゃんねるよりよっぽど混沌としているんじゃないだろうか。

 なんなら地震や台風などの災害情報は緊急地震速報の通知やテレビで報道されるよりもよっぽど早い。現場の人間が直接、リアルタイムに実況してくれるわけだからね。

 最近のニュースはネットニュースにしろテレビニュースにしろTwickerの情報に依存している面もある。

 そんな現代の情報網の最前線の中でも、IronRabbitアイアンラビットというアカウントが運営しているサイト『セカイノオワリ』は僕のお気に入りだ。

 一見胡散臭いブログ名だが、記事をまとめる能力は半端じゃない。プロとしてやっていけるレベルだと思う。

 実は本業も記者なんじゃ無いかと思ってた時期もあった。

 以前ブログ内で取り上げられていたが、プロになると組織の都合上報道できない情報や改ざんされて報道される情報などが出てきてしまい、それを避けるためにもIronRabbit氏はあくまでブログの管理人としてより正確な情報を提示してくれているらしい。

 本当かどうかはわからないが、僕みたいな最近の若い人には、テレビのニュースよりもよっぽどあっていると思う。


「お、ラッキー。記事が更新されてる」


 ここのブログはコアタイムに更新されることはほぼなく、こうしたユーザーの少ない時間の更新が多い。

 過激な内容の場合は特に。未成年への配慮のようなものだろうか。

 目に着いたのは【集団失踪事件 記録3】と言う記事。それと観覧注意と黄色背景に黒字でデカデカと描かれただけのサムネイル。

 記事のタイトルからして数日前に起きた集団失踪事件のことだろう。

 僕は躊躇いなく記事のリンクを踏んで内容を確認する。


「うっわ……まじかよそれ……てか一体どうやってそんな写真入手するんだろうか」


 考えが漏れていた。それほどに記事の内容と画像が衝撃的なものだった。

 これは記事冒頭に観覧注意と書かれるのも無理はない。

 カーテンの隙間から差し込む朝日が僕の顔を照らした。その朝日が、とてもまぶしいもののように感じた。

 記事の内容をまとめるとこうだ。


――先日から行方不明になっていた少年の一人が新宿区歌舞伎町の路地裏で発見された。

 

 ここまではいい。良くはないが、起こってしまったことは仕方ない。


――だが、残念なことに少年は刃物を手足に当てられおり、うち右手首を切断。凶器に使われたのは少年の持っていたカッターナイフだと思われ、刃は使い物にならない程ボロボロになっており、替刃が近くに数本、こちらもボロボロの状態で見つかった。


――発見された時点で既に出血多量によるショック死。また、切断された右手首は見つかっておらず、死体付近には確認されなかった。


――その上、凶器と思わしき刃物からは、少年以外の指紋などの痕跡は一切発見できなかったという。もちろん争った形跡もない。まるで、自ら手足に刃物を当てたような、そんな状況。


――また、少年の遺体の近くで、複数の子供服や制服。そしてゼリーのような正体不明の液体が散乱していた。


――その件に関しては、現在調査中だが、少年の遺体にも多量の液体がこびりついていた。


――十一月十八日(火) 早朝。 天気(霧)


 朝から見たくないショッキングな事象。

 今回の失踪事件には不穏なことが多すぎるのに、さらにこんなとんでもない記事を見てしまったら、もう絶対陰謀的な何かが動いているようなきがする。

 第六感的なのがそう告げている。

 まぁ当事者じゃないからそんなことが考えられるのだろうが。


「そういえばあんま気にしたこともなかったけど、IronRabbit氏のブログって、高確率でその記事の日の天気が載ってるんだよね」


 何か意味があるのだろうかと頭を捻ってみたが、特に思いつかない。単に記録として残してあるだけだろうか。


「それにしてはついていない記事もあったりするんだよな」


 気がつけば缶の中身も底をついていた。最後の一振りで喉に水分をたらした時、ふと、誰かに見られている気がして窓の外に視線を向けた。

 もちろんそこに誰かがいるわけもない。何よりここはマンションの十階だ。ベランダからの侵入なんて不可能だろう。

 なのになぜだろう。とても強い不安と気持ち悪さがこみ上げる。

 例えば、人ならざる物なら、侵入だって可能かもしれない。翼を持つ悪魔とか――


「悪魔……ね。馬鹿馬鹿しい。最近和人に影響されてきてるな……はぁ」


 朝からグロテスクな記事を読んだせいだろうか。おばけのお話を聞いた子供のような。そんな漠然とした不安だけが残る。

 僕はカーテンを乱暴に締めると、自室に戻り学校の支度をすることにした。

 

 ――ピーッガッガッ――――サー……ジジッ――


 早朝、空はほんのりと紅く染まる。ひと目につかず、ひっそりと。

 それと同時に震度一より小さいような、微細な揺れが世界を包む。

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