第一話
夢なのか現実なのか。
それとも霊界なのか異世界なのか。
僕は何もない空間に一人、地べたに寝そべっていた。
何も見えず、聞こえず、触れられない。地面というものが本当にあるのかもわからない。
本当に何もなくて、どれぐらいの広さの空間にいるのかもわからない。
完全な闇が僕を取り囲んでいる。
ひどい孤独感に襲われ、今にも心が折れそうだった。
感覚遮断実験で見られる手法だ。大半の被験者は十五分もすれば幻覚を見始め、耐えがたい苦痛を味わう。
都市伝説でいう五億年ボタンなるものに、人間は耐えられるわけはない。所詮は都市伝説だ。
あと何日、何ヶ月、何年こんな生活が続くのだろうか。そもそも何年僕はここにいるのだろうか。それ以前に、何年もの月日が本当に経っているのだろうか。正気を保っている時点で、僕はこの場に来てまだ数分なんじゃないだろうか。
もうなにもわからない。
自分の名前すら、今はもう覚えていない。名前なんて、誰とも関わらない者には必要ない。ただの記号でしかない。
死ぬこともできない、でも生きてるとも言えない。そんな現状。
初めは抗おうとも思った。この無慈悲な世界に。
彼女のような被害者をこれ以上出さないように。
全てが見える。全てが聞こえる。全てを感じる。そんな能力。それは果たして良いことだろうか。
これは呪い。世界に干渉した者への呪い。
彼女は、一体どれだけの時間こうしていたのだろうか。
耐え難い苦痛、虚無といくらの時を過ごしてきたのだろうか。
――あれ、彼女って……誰だっけ?
虚ろな瞳にふと光が灯る。
先ほどまで真っ黒だった空間に一筋の亀裂が走っていき、そこから何日かぶりの光が世界を照らす。しかし、それは決して恵の光なんて物じゃないことは、僕が一番それを知っている。
「あぁ……ここももうだめか」
鈍い音が空間に響き渡る。
空気が振動し、僕の髪が揺れ、長い前髪が僕に一時の暗闇というなの安らぎを届けてくれる。
どこからか人の声が聞こえる。
僕は青いパーカーのフードを深く被り、暗闇に溶け込む。
長く伸びた耳先が、強く赤く輝いている。
「次の場所を探そう」
大きな地鳴りがした。
僕の世界が音も立てずに崩れ去る。
鏡でも割れるかのように、暗闇が崩れ落ち、世界に光が満ちた。




