第十四話
気づけば夕方。
慌ただしい事情徴収や手当などから数時間が経過している。
僕は秋葉原を後にして新宿駅へと戻ってきていた。
秋葉原とはまた違うタイプの人混みを感じながら、なるべく人を避ける様に家を目指す。
「それにしてもなんだったんだろうか……散々な目にあったよ。もう」
幸い僕自身は目立った外傷はないが、会場の四分の一程は不調を訴えていたらしい。
結局あの後、僕たちの前に開発責任者の安藤吾妻が現れることはなかった。
まあ、安藤にとやかく言っても仕方ないとは思うし、なにより回線が繋がり直して、彼が現れるよりも先に会場を解散させられたので、僕たちは当事者でありながら事の顛末を知らずにいる。後日マスコミやネット記者が報道するのを待つしかない。
VR試遊会は当初とは違った形で話題を集め、SNSでもトレンド一位を獲得している。
そこから辿っていくと、回線トラブルにより、機械から脳への不適切な信号の発信が確認されたらしく、身体がそれらに耐えられなかったものとなっている。
言ってしまえば脳が処理しきれない外部データでパンクして、身体に正しく信号を伝達できなくなっていたのだろう。
同時刻に秋葉原駅周辺でMirageが一斉に起動しなくなる現象も起きていたらしい。周辺でなんらかのトラブルがあったのかもしれないので、一概に機械側の問題とも言えないかもしれない。
まあ、それにしても普通に危ないんじゃ……ちゃんと社内でそういう可能性は潰してから試遊会開いてくれ。
「とりあえず僕も優希も無事でよかった」
僕は自分の運にはなかなかの自信がある。きっと無事なのもその運のおかげだ。
本当に運が良ければこんなことに巻き込まれないなんて言ってはいけない。
会場を出た後、優希からの複数のメッセージを一斉に受信した。
どうやらVR酔いで会場を一足先に抜けていたらしい。外で待っていると、大量の救急車が建物周辺に停車して、強制的に野次馬は解散させられたという話だ。
「いや、でもほんと焦った……建物内がなぜか圏外になっていたせいで無駄にびびったじゃん。外に出ると出るですごい量のメッセージを受診するし」
思い出すと腹が立ってきたので、気分転換にポケットに入れていたくしゃくしゃの紙を取り出し広げた。
――café Alice 03−〇〇〇〇−〇〇〇〇――
そう書かれたメモ。
これは解散させられる直前、僕に奈々が渡したメモだ。
「ちゃっかりしてるなぁ」
あの状況でも営業を忘れないとか強すぎるでしょ。しかもバイトで。社員ならわかるけど、よくやるよ。僕なら絶対バイトでそこまでやらない。
給料以上に働く社畜には成り下がらないと宣言するレベル。
「明日はもう動きたくないし、来週暇だったら行ってみようかな」
介護してもらったし、おしゃれな喫茶店なら僕のホームとして活用するのもアリだ。激混みの人気店というわけでもないみたいだし、適度な空間は居心地が良い。
新宿でも落ち着けるホームを見つけてはいるが、こう言っちゃ悪いけど、ちょっとマスターが苦手なんだよね……。グイグイくるって言うか。
雰囲気がいいだけに、もったいない。
「まぁお客さんとのコミュニケーションを大事にしているお店なんだろうけど。僕は遠慮したいかなぁ」
まぁそう言うわけで代わりとなるホームになってくれるなら大歓迎。料理も美味しいらしいし。
問題は場所が新宿ではなく渋谷という点。すぐ近くと言えば近くだが、わざわざ電車に乗って移動するほどの価値があるかはわからない。
何より渋谷の人種は苦手なんだ。
奈々から感じたパリピオーラは渋谷人だったからかもしれない。
「せっかくなら遥も誘って行くか。今日は一人でVR体験に行っちゃったし、何か埋め合わせしないと」
きっと遥も行きたかっただろうに、僕に譲ってくれたわけだし。
結果としてはああいう形でイベントが終わってしまったので、むしろ僕で良かったという話なんだけど。結果は結果だ。当事者でなければ関係ない話。
人混みを避け路地裏に入る。新宿も駅から離れてしまえば人は疎らだ。
僕はMirageの画面をタップして視界に展開する。
歩きながらの端末操作も、スマホを使ったものよりはホログラムで先が見える事で多少マシになっている。と思う。
とはいえそもそもMirageを展開しているかどうかの判断が難しいので、規制方法もまだ確立していないというのが現状だ。手の動きや視線で判断するしかない。
だが、怪しい動きをしている一人一人を引き止めていたらキリがないから、警察も手を出してくることは滅多にない。
「良くも悪くもってやつだよね。便利なものはそれだけ実用化が難しい」
よくそのあたりの規制方法が確立しないうちにリリースできなと思う。
以前眼鏡型のARスマートデバイスが開発された時は盗撮などの関係で大変だったのに。
仮想のパネルでフリック入力をしていると、突然ホログラムが乱れた。
ジジッ――ジジジ――ザーー―――ッ―
次第に乱れは激しくなり、最終的にプツリと表示されなくなってしまった。
「最近たまーにあるんだよね。中央公園のアジトも映りが悪かったりするし、もっと安定した通信環境を提供して欲しいもんだよ」
現在Mirageは国内だと大手携帯会社三社と、Mirageの開発元であるNormという会社の四社で取り扱っており、その全てがNornの持つ独自回線を使うという前代未聞の状況になっている。
曰く、ホログラムシステムが特殊なプログラムによって組まれており、それの安定性を求めた結果、自社回線のみを使用する方針とした。
「よくまぁキャリアはそれを了承したよ。ならうちでは売らないよって選択肢もあっただろうに」
回線をひとまとめにしたことにより、一時期は大規模な通信障害なんかも起こった。それらの苦情はもちろん販売会社へと流れて、てんやわんやしていたとニュースで見た。
それももう数年前の話で、今はそんなことはないと思っていたが、こういう通信障害が場所によって起こってしまう時点でお察しだ。
しかも電波の悪い地下ではなく、普通に道を歩いていて。
「電波の流れが可視化されたら超面白いと思うけど、流石にこの時代にそんなものがあったら視界は電波でいっぱいになっちゃうか」
独り言を呟きながら歩いていたが、ふと視界に違和感を感じ、立ち止まる。
「あれ、なんというか、白い――」
まるで深い霧に包まれているような、白さ。
さっきまでそんな霧は出てなかったと思ったんだけど、正直確証は持てない。
もしかしたらうっすら霧がかっていたかもしれない。少なくとも煙という感じではない。
ひとまず歩き勧め大通りに出ても世界は白く、遠くのものはもちろん、高い建物なんかの上はまるで見えない。
昼間の晴天が嘘のように深い霧に包まれている。
「随分と霧が深いな。おばけとか出てきそう、なんて」
Mirageを起動させ天気予報を呼び出そうとしたが、反応はなかった。
「そうだった……つながらないんだった……」
腕に取り付けた小さなタッチパネルは暗転したまま動く気配が見れない。
ため息をついて腕を下ろす。
こういうときにネットが使えないのはとても困る。
Twickerを開けば情報が溢れているし、天気予報は正確だ。
ニュースだって更新速度は以前と比べ劇的に早くなっている。そんな状況下で育った僕たちにとって、ネットから隔離されることは死と同義だ。
「とりあえず家に急ごう……?」
ふと、気配を感じた。しかしその気配はすぐに感じ取れなくなってしまう。仮想空間で感じたものと似ていた。
「気のせいだったかな」
今はない誰かの視線を気にしながらも、僕は再び歩き出す。




