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Paranormal World-パラノーマルワールド-  作者: mirror
一章 そして、霧が彼らの日常を侵し始める。
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第十三話

「な、なんだ!?」


 仮想とのギャップ酔いか、激しい吐き気を感じながらも視界を覆っていた機械を乱暴に跳ね除け頭を出して周囲を見渡す。

 視界がチカチカしていて気分が悪い。体がいうことを聞かないが、声の主はすぐに見つかる。


「うぅ……あ、あああぁ」


 椅子から転げ落ち地面をのたうちまわっている五十歳ほどの中年が目に付いた。

 苦しそうに胸を抑えているその中年は、白目を向き、口からは泡をふいている。

 よくみると、この部屋で倒れている人間は他にも複数人いる。認識できている範囲では10人は超えるだろうか。

 倒れているのは30代から60歳ぐらいの人がほとんどで、症状もまばら。

 最初に目に付いた中年のように泡をふいて倒れている人もいれば、蹲って頭を抑えている人、嘔吐している人、口や鼻、目から血を流しているものと、まさにこの場は混沌と化している。

 見れば見るほど込み上がってくる不安に足が震え、僕は椅子に倒れる様に腰を下ろした。

 部屋に投影されていたはずの安藤の姿も見当たらない。この非常事態になぜ出てこない?


「な、なにが起きて……ゆ、優希、なにが、なにが起こったの?」


 僕の問いかけに答えてくれる声はない。


「優希……?」


 僕の席の隣に座っていたはずの優希の姿は、どこにもなかった。

 椅子の横にある荷物置きのカゴにも優希の荷物は見当たらない。まるで初めからいなかったかのように。


「いやいや、そんなまさかね」


 Mirageをタップしても反応がない。電波が悪いのだろうか。これじゃなにも状況を把握できない。

 そうか、電波障害で安藤もここへ繋がれていないのか。


「あ、あの」


 不安になって近くにいた女の人に声をかけてみた。何か知っているかもしれない。

 こういう時なにが一番大事かって、自分の今置かれている状況を正しく認識することだ。それだけで生存率が大幅に上がるって自然災害時の心得に書いてあった気がする。


「え、なに? こんなときに」


 髪の短い女の人はちょっと困った様に顔を歪ませていた。別にナンパとかじゃないんだけどな……。


「え、えっと。僕の隣に座ってた女の子、どど、どこにいいったのかしってたりしませんか?」


 初対面の人と話すのは苦手だ。なにを考えているのかわからないから。

 緊張で心臓の鼓動が早くなる。

 だけど今はそんなこと気にしている場合じゃない。


「いえ、知りませんけど……」

「で、ですよねー。はは……すみません」


 なんとなく気まずくなってそそくさと自分の席に戻ることにする。

 なんだろう凄くフラフラする。立っているのも辛くなって椅子まで戻るより先に地面にしゃがみ込んだ。

 立っている時としゃがんでいる時だと倒れた時の危険度が違う。ここはおとなしくしゃがんでおくのが吉だろう。


「え、え? 君、大丈夫? もしかして君も具合悪かったりするの?」


 急にしゃがみ込んだ僕を心配してさっきの女の人が駆け寄ってきた。


「だ、大丈夫、です。ちょっと貧血というか立ちくらみというかめまいと言うか……」


 とにかくフラフラする。なんと伝えれば良いのかわからないが、まるで自分の体じゃないかのように全行動にラグを感じる。そんな気持ち悪さがあった。

 目頭が熱くなり目を擦ると、擦っていた手にベッタリと赤い液体がまとわりついた。


「ちょっと、貧血とかそういうレベルじゃ、というか目から血が!」

「え、いやちが……多分何かの間違い……」

「いやいや間違いじゃないですって」


 改めて拭っても、手には同じような少し水っぽい血がついた。血涙なんて初めてでどう対処するのがいいのか分からずあたふたしていると、女の人は小さい鞄からハンカチを取り出して僕に差し出してきた。


「とりあえず拭って、抑えていてください。そだ、これも飲んでください。私の飲みかけですけど、毒とか入ってないんで。なにはともあれまずは水分補給しないと」


 そう言ってスポーツドリンクをキャップを取って渡してきた。

 毒入りじゃないって説明今いる? 逆に不安になるんだけど……。


「ありがとうございます。いただきます」


 何か考えて言う気力すらなく、僕は短くお礼を言っておとなしく受け取る。

 喉はとても乾いていたので女性からペットボトルをもらうと、ぬるくなったスポーツドリンクを一気に喉に通す。


「一一九番通報はしてあるし、もう時期救急車もくると思うから、君も応急処置だけでも受けておくといいよ」


 Mirageは使えないはずと思っていたら、ポケットからスマートフォンを出して見せてくれた。


「なんか私、Mirageと相性すごい悪いみたいで、両刀使いなの。今回はそれが役に立ってよかったよー」


 女の人はそれだけ言うと立ち上がり、部屋の隅に目をやる。

 そこには掛け時計がかかっており、十五時を回っていた。


「はあ⁉︎ 三時⁉︎ もう二時間ぐらい仮想空間にいたってこと⁉︎ んなアホな……体感じゃ三十分も経ってないんだけど……」


 動揺して思わず立ち上がる。それと同時に複数の冷たい視線が僕を刺す。この状況で騒ぐなと誰もがそう思い僕を見た。

 そんな目で僕を見ないでくれ。


「さ、さーせん」


 小さく縮こまっていると、さっきの女性が小さく吹き出して僕を見た。


「君面白いね。思ったことなんでも口に出すタイプでしょ。友達少なそー」

「ご、ごもっともです。ってえ? 友達少なそう?」


 言い当てられてさらに小さくなる。


「ははは、まー面白くて私は好きだけどね。あ、私、奈々っていうの、ヒメって呼んでくれてもいいけど。君は?」


「え、えっと……は?」


 思わず聞き返してしまった。


「名前だよ名前。言わなくてもわかるでしょ」


 そう言ってポケットの中からここに入る時にもらった個人証明用のICカードをひらひらと見せる。

 そこには雪姫奈々という名前と年齢、顔写真などの個人情報が載っていた。よく見るとこの人二十歳って書いてあるんだけど、三つも年上なのか……確かに大人っぽい色気がしなくもない。

 不意にだぼっとした服を押し上げる二つの山が目に入る。なんとなく気まずくて目をそらした。

 首からはネックレス、Mirageはカスタマイズされて、アナログ時計としての機能も兼ね備え、秒針の奥にはフェイクの歯車が回っているオシャレなものにしてるし、髪の毛も薄めの茶色に染め、内側から控えめな紫のインナーカラーをのぞかせている。

 さっきこの人の飲みかけのペットボトル貰っちゃったけど、僕刺されたりしないだろうか。

 見てわかる程の大学デビューのような見た目に、見れば見るほど萎縮してしまい、僕はぼそっとつぶやいた。


「兎月鏡夜、です……付き添いなのでICカードは持ってないですけど」


 同行人は身分証明書の控えを取られる形となり、ICカードは無印のものを渡されている。

 年齢や性別によって体になんらかの影響が出るのかを確認するためのものらしい。未知の技術だからなにが起きても不思議ではない。言ってしまえばαテストなのだ。

 その件に関してはしっかり応募時に説明書きがあり、当選者には同意書も送られていたらしい。優希からの情報だから詳しくは知らないけど。あって当然だと思う。

 結果としてこういう最悪の形となってしまったわけだけど。

 見た限り若い世代への影響は薄く見られる。

 というかこんな時に自己紹介とか、それこそ意味不明なんですけど。学生特有の仲間を呼ぶが発動したのかもしれない。


「なんかの縁だしさ、今度私のバイトしてる喫茶店にこない? 友達の証にご馳走するからさ。それに、今日のこととか、仮想世界の話とかもしたいし」

「まぁ数少ないテスターですし、話せるのはありがたい……というか友達って」


 最初は大人しい人かと思ったけど、思ったよりグイグイくるな。

 ちなみに僕と彼女が友達になった過程はバックログを読み返しても存在しない。この人コミュ力高すぎなのではリア充かよ。


「そうそう友達。私達もう友達でしょ? それで、渋谷でひっそりと営業してる小さな喫茶店なんだけど、いいお店なのに知名度が低くてお客さん少ないんだよね……ちょっと駅から遠いのと、店内の電波が異常に悪くてMirageが繋がらないせいなんだろうけど。とってももったいないからいく先々で機会があれば営業みたいなことしてるんだ♪ お店の名前が――」


 奈々の声を遮る様に、音を立てドアが開けられた。

 どうやら救急隊が到着したらしい。

 言葉を遮られてむすっとした表情をする奈々を他所に、僕はコトの収集に安堵して壁に背を預けて天井を仰ぐ。

 白衣の男が担架を押してぞろぞろと押し寄せる。そんな様子を見届けながら、僕のちょっとした非日常は幕を閉じた。

 気づけば不安感は薄れていた。彼女のおかげなのだろう。

 僕の体のラグさも治まっている。

 こういうときに、明るくいられる人間は強いのだと、改めて認識させられた。

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