第十話
日差しが強い。肌が焼けているのを感じる。
週末の東京都千代田区秋葉原の天気は、驚くほどの晴天に恵まれた。上着を羽織っているとじっとりと汗ばむ温度。
もちろん天候のせいもあるのだろうが、この人だかりにも原因はあるだろう。
『G.A.T.E.』の試遊イベント当日の秋葉原は熱気に包まれていた。大量の野次馬の中に数組の大きなカメラやマイクを持った集団も混じっている。テレビ局の取材などもイベントに含まれているらしい。
イベント前からすでに街ゆく人達にインタビューをして回っているのが目につく。
ああいうのに意気揚々と受け答えしてる人達はすごいよ。頼むから僕に近づいてこないでほしい。キョドって絶対まともに話せない。
そんな人混みを遠目に、なるべく人気の少ない改札付近に陣取って優希の到着を待っている。
視界右下に投影されているデジタル時間を確認すると、今は十二時十五分。イベント自体は十二時半開場、十三時開演なのでまだ時間に余裕はある。
「それにしても人多すぎ……別に優希ほど人混みを嫌ってるわけじゃないけどこれはちょっと……昼過ぎのコミケぐらい人いない? 人混みが好きな人はいないと思う」
コミケなんて行ったことないけど、イメージとしてはそれぐらい人が秋葉原という街に詰まっていた。
もちろんイベント以外の客も多くいるわけだからね。外国人観光客がやけに目につく気がする。
個人的にはこんな日は家に引きこもってSNSで実況を眺めるのが吉だと思うけど。今回ばっかりはそうも言っていられない。これが先着入場制なら絶対に来なかった自身がある。
ルールを守らない徹夜組に全てが持っていかれる。
僕は秋葉原を行き交う有象無象を視界スクショで撮影してTwickerに投稿する。
投稿したつぶやきに遥からタイムラグなしに“いいね”が飛んでくる。それからしばらくしてちらほら他の人からの通知も飛んできた。
それを適当に流しつついつもの様にネットサーフィンをして待つ。
今が夏じゃなくてよかった。もし夏なら熱中症にかかりそうだ。明らかに十一月に感じて良い気温ではない。
「ほんとここ数年異常だよ。夏は全然暑くならないで雪まで降ったと思ったら次の日は30度超えだったりしたし、沖縄でオーロラが見えたなんて噂もある」
僕レベルになると自然現象にだって文句をつける。
だっておかしくない? 温度差異常すぎて体調崩すよ本当に。実際遥は何回か体調崩してるし。
全てのやる気がなくなり、壁にもたれかかったまま駅の天井を仰ぐ。
何も考えずぼーっとしていると、駅周辺の環境音がとてもうるさく感じる。
「はあ……日本は終わり。解散」
優希の到着はまだかな。
暇を持て余した僕は適当にTwickerのワード検索で『G.A.T.E.』やVR関連のつぶやきを発掘して暇を潰す。するといくつかのツイートが目に付く。
『GATEは人類の希望』
『GATEにNornが絡んでる時点であまり信用できない』
『VRの最新ハードだけど、海外の掲示板とかで妙な噂が立ってるらしいんだよな。リンク貼っとくからイベント参加者は一読しといたほうがいいよ。まあ僕は自宅待機ですが……』
最後のツイートにぶら下げられる形でブログのリンクが貼られていた。
「奇妙な噂ねぇイベント当選しなかった僻みで不安を煽るような書きかたしてるだけでしょ。もう少しセンスある文句ないのかな」
とはいえ噂には興味があった。掲載されていたリンクをタップしてみると、英語でびっしり書かれたブログに飛んだ。
反射的にブログを閉じてしまい、慌ててもう一度開く。
「うげぇ……読めないよこんなの……日本語訳の記事とかないのかな」
英文も有れば、英語で書かれた図などの画像も多く存在していて、自動翻訳で記事を読むのは難しそうだった。PCならともかく、携帯デバイスでやりたい作業ではない。
っと、独り言には気をつけないと。また遥達にお小言をもらうはめになる。
「……もう手遅れ」
「――っ」
視線をあげると、肩下ほどの長さのよく跳ねた髪の毛が目についた。赤渕のメガネの奥から覗く気怠そうな瞳は、完全に僕を見下している。
いや、気怠そうなのはいつものことか?
右手に持ったスマホの画面と僕の顔を交互に見ている。
「優希……い、いつからそこに?」
僕の問いには答えず、ワンピースから伸びる、タイツを纏った細い足につけた自作のポーチにスマホをしまう。
そういえば優希ってMirageじゃなくてスマホをメインで使ってるんだよね。理由は知らないけど、たまにそういう人もいるんだ。
まあ慣れたデバイスの方がいいって人も一定数いるよね。ガラケーからスマホの時もそうだったみたいだけど。
僕は最新のガジェットが好きだけど、アプリとかの関係で仕事なんかだとスマホやタブレットなどの旧式のデバイスを使っていることも今はまだ全然珍しくない。
「ついさっきだよ、ブツブツ言ってるから見つけやすけど近寄りにくいわ」
思い出したように口を開く。
女の子らしい見た目とミスマッチな大容量のリュックを重そうに背負い直し、巻き込んだ赤紫のカーディガンを整える。
そんな声に出してないつもりだったけど、実は結構漏れてた? まぁ今更気にしても仕方ないけど。
優希は駅の外を確認すると、一層目を細めて途端にげんなりと肩を落とす。無理もない。僕もついさっき同じような反応をした。気持ちはわかる。
「はぁ……これ、帰っていいかな……」
「いやいや、せっかく当選したのに勿体なさすぎるでしょ。それにイベントスペースに入ってしまえば一人一席あるらしいから大丈夫だって。会場に着くまで少しの辛抱。でしょ?」
というか優希が来ないんじゃ僕も入れないじゃないか。それは困る。
「まー行くけどね。これも義務みたいなもんだから」
そういって駅を出てすぐ前にあるエスカレーターに足先を向けた。
夏場はミストシャワーが機能しているが、さすがに今は動いていない。暑いからつけてくれてもいいのに。
「そうそう、当選者の義務だよ。行かないでチケット無駄にするとか刺されても文句言えないレベル」
僕はその後を追うようように足を進める。
駅前広場に出ると、先程まで遠巻きに聞こえていた様々な情報が耳に入る。インタビューの声や、宗教勧誘、客引き。それに『G.A.T.E.』に対するデモ行為。デモの為に作ったであろうチラシまで配っていた。
僕達を見るなり近寄ってきてチラシを渡そうとしてきたが、優希の一瞥で引っ込んでいく。
気づけば彼女はノイズキャンセリングイヤホンで耳を塞いでいた。
「マイペースだなぁ」
フラフラと優希の後ろに付き歩き進めていると、こんな大型イベントが近くで行われているというのに、すぐ近くのロボ喫茶はいつも通り大繁盛しているのが目につく。
「まあ興味のあるジャンルは人それぞれだけどさ」
一般人からしたらそんなVRコンテンツってオワコン化してるんだろうか。
「仕方ないでしょ。数年前ならともかく最近はVRよりAR、MRの方が技術として主流になってるわけだし」
優希の言う通り、ここ数年は熱も落ち着いてARやMRの発展が目立ち、VRは完全に下火となっていた。僕たちが身につけているMirageもMRを応用したものらしい。詳しくはわからないけど。
建物の二階で受付を済ませて、更に上へとエスカレーターを使い進む。
会場に着くと既に多くの人が席に座っていた。受付で貰ったパンフレットを見るに、彼らが座っている見るからに厳つい椅子自体がVRマシンなのだろう。
ぱっと見た第一印象はマッサージチェア。だが、椅子の後部からドーム状のパーツがアームに吊られて伸びてきている。あれで頭をすっぽりと覆う作りなのだろうか。流石にヘッドマッサージ機ってこともあるまい。
ひとまず僕らは事前にもらった案内書に記されていた番号の席に腰を下ろした。思ったよりも椅子は柔らかくなく、こいつが機械なんだと認識させられる。
椅子の感触を堪能していると、部屋の照明がパッと落ちた。
途端、室内がざわつく。




