表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/33

2.朽葉色の憂鬱1

 オルフェン王国の王宮の地下には魔獣が眠っている。それはかつて世界を狂気と混沌の渦に陥れたという恐怖の権化である。


 いつからとか、何故とかいうのはわからない。建国の当初からそこに封じられている。むしろ国が興った理由自体、魔獣の封印がきっかけだったと伝えられている。

 即ち――魔獣を抑えて人々と世界を救った男が、初代のオルフェン国王となったのだ。


 この国には、否、正確にはオルフェン王国を含むこの大陸には、時折不思議な現象が起こる。どういう原理かは不明だが、別の世界との境界が開き、この世界に属さない人間が訪れるのである。

 それは「この世界を救うために導かれて」やって来た人間らしい。諸説あれども、そんな半ば信仰じみた話が定着したのは、建国の王の出自によるものが大きかった。


 何故なら彼の母親は()()()()から来た女性だったのだ。そして魔獣を封印した能力は、その母親から受け継がれたとされる。


 建国の後も、()()()()()()()()()は度々現れた。間隔はおおよそ二十年から三十年に一度程度と言われる。そのすべてが年若い女性であり、オルフェン王国では珍しい黒い髪に黒い瞳を持つ人種であり、日本という国の出身であり、さらに建国王の母と同様の能力を有していた。


 いつしか彼女たちは「聖女」と呼ばれた。歴代「聖女」は発見次第保護され、時の王か或いは王の後継者の伴侶に迎えられた。

 つまりオルフェン王室は今も聖女の血と力を取り込みながら、眠る魔獣の封印を維持し続けているのである――。






 ▼△▼△▼△



「……オルフェン王国建国神話ですか。そんな子どもでも知っているような話を私にされましてもね」

「君は子どもじゃあないか」

「そう思うなら、こんなか弱い子どもを体よくこき使おうなんて考えないで、もうちょっと労りの心を持ってくれませんかね?」

「別に無理な労働を強いた覚えはないが……だいたい、君がか弱いというのはどうだろう」

「見ての通り、小汚ない貧相な街の娘ですよ」

「ああ、君はケムビの街の子だろう? 森に入る前に寄ったが、頼んでもいないのに協力したがるお嬢さんが多かったけどなあ」

「王都の騎士様が物珍しかったんでしょうよ。万人に同じ対応を求められても困ります」


 野営の火を囲みながら、小柄な少女は鬱陶しそうに欠伸を浮かべる。横に座る青年は素っ気なくされるのに慣れていないのか、しばし憮然としていた。


「……まあ、いい。それで話の続きだが」

「まだやるんですか? 子どもの寝物語にしてもつまらないですよ」

 幼児なら兎も角、今更聞かされて退屈しのぎになる話ではない。少女は熱心に語る青年を冷たく一蹴する。

「ああ、寝かしつけにはむしろ最適でしたか。そこまでは考えが及びませんで」

 あからさまに眠たそうに、少女は両目を擦る。朽葉色の瞳の端に炎がちらちらと映った。焚火は緩やかに燃えて、眠気を誘うかのように熱を発する。


「仰る通り私は子どもなんで、そろそろ寝てもいいですかね? もちろん火の番はお願いしますよ、大人の方々」

「ここからが本題なのに」

「……寝かせてやれ、クロノ」


 軽口で少女に絡もうとする青年の横で、もう一つの声が窘めた。

「もう遅い。話は明日でもいいだろう」

「エドは相変わらず子どもに甘い」

「この期に及んで急いても仕方あるまい。……リンド、我々は構わないから眠るといい」

「言われなくとも、ですよ」


 助け船に感謝もせず、リンドと呼ばれた少女は無遠慮にごろりと身体を倒して寝転がった。ざんばらの栗色の髪に土がつくのも厭わない。毛布も何もなくても、野宿には慣れている様子である。


 まだ十歳くらいの年齢にしか見えないのに随分と逞しい。早くも寝息を立てているあどけない顔を覗き込んで、青年のひとり――クロノが肩を竦めた。

「まったく、計算外だ。こんな子どもが森の中で、単身うろうろしてるなんてね。つくづく平民の生活ぶりを甘く見ていたな……」

 パチパチと火花が散り、クロノの金髪が赤みがかって煌めく。端正な面立ちは柔らかく品が良い。自らの言葉が示す通り、身分ある階級の子息であることは出で立ちからも明らかである。


「お前は世間知らずだからな」

「君だって似たようなものだろう?」


 もうひとりの青年――エドに言われて、クロノは拗ねたように反論する。


「お互い自由の効かぬ身。ようやく王都から出られた事情が()()では、見聞を広める暇もないというものだよ」

「だからと言って焦って子どもに当たらずとも」

「エドは相変わらず女子どもには優しいなあ」

「当然だろう」


 エドは渋面をさらに険しくして、面白くもなさそうに言い返した。容姿はクロノと似通っているが、纏う雰囲気は春と冬ほどの差があった。


 両者は実は従兄弟同士だが、年齢も同じ十九歳で、幼少時より兄弟のように育った幼馴染でもあった。

 田舎娘のリンドは知る由もないだろうが、揃いの黒衣は騎士の中でも王宮直属の騎士団のみが着用を許された制服だった。王宮騎士団は高位貴族やその子弟で構成されている。


 本来であれば平民の小娘ごときが口を利くことも叶わないはずの立場である。しかし上流階級の青年二人は努めて寛大に接していた。

 無論、目的はある。こんな辺境に近い土地、それも危険を侵して鬱蒼とした森にわざわざ立ち入ったのだ。当然ながら相応の収穫を期待している。


「まあ地元のリンドが案内してくれるなら、我々は幸運だったというべきかな」

「ああ、まさか子どもに助けられるとは思わなかったが」

「だよね。十歳くらいで幻獣を呼び出せる子がいるなんて、珍しい。いい召喚士になるだろうね」


 昼間の出来事を思い出して、クロノは苦笑した。彼らがリンドと出会ったのは偶然だった。けれど或いは運命的な邂逅と言えなくもない。


()()()が……サユが()()()()()()()()()のは、丁度リンドくらいの年齢としか、もう二、三歳上だったかな。時間が経つのは早いね」

()()()()三年か。いや……三年を待たずに、か」


 独り言のようなクロノの呟きを、エドが敢えて拾う。低い声音にはどこか苦渋が含まれていた。

「王が定めた期日の直前に、よもやあのようなことが起こるとは……」

「エドはどう思う?」

 クロノは率直に尋ねた。

「いったい誰が、何の目的で」

「わからぬ」

 エドも端的に答えた。

「が、サユを……()()を排除したい人間がいたのは揺るぎない事実だろう」

「つまり……」



「トクサ離宮――か」



 ふたりの思考は同時にある場所に辿り着く。挙がった名称はこの森から遠くない宮殿のものだった。



 +++++



(うわあ、面倒くさい)

 寝たふりをして青年たちの会話を盗み聞いていたリンドは、好奇心に惑わされず素直に意識を手放せば良かったと、深く後悔した。

 聞こえてきたのは絶対に触れてはいけない類いの危険な話だ。世を知らぬ小娘でもその程度の分別はつく。

(何があっても見てない聞いてない知らぬ存ぜぬで通そう)


 リンドは寝返りを打つ演技をして、身体をぎゅっと固く丸めた。

(ヤバイよ。巻き込まれたくない)

 ぶるりと肩が震える。


(どうせあいつら、こっちの都合も聞かず他人を踏み台にするだけだし)


 貴族社会に詳しい訳ではないが、どんなに人当たりが良さそうに見えても、連中の根底は一緒だ。自分たち以外を勝手な理屈で平然と利用できる。

 厄介な事情を抱えていれば尚更だった。リンドは己の迂闊さを責める。


 おまけに、漏れ聞いた単語には不穏な香りしかしなかった。我が身が可愛ければ今この瞬間にも逃げ出した方がマシなほどの。

(ああ、嫌だ嫌だ嫌だ)

 かと言って、いきなり逃走する訳にもいかない。却って不審を抱かれるだろう。変に勘ぐられては困る。


 リンドはつくづく運のない身の上を嘆いた。

 昼間、やむを得ず彼らと接触したのは、本当に単なる気紛れだったのだ。慣れない森で立ち往生するだろう上流階級の若者たちを、街外れで偶々見かけて――その時点では彼らに関わる気は毛頭なかった。


 所謂「騎士」と呼ばれる、そこそこ腕の立ちそうな者たちで構成された集団と見受けられたので、放っておいても野生の鹿や猪程度はどうにかすると判断した。さすがに熊や狼が出たらマズイかもしれないと多少気に掛けてはいたが……。


 しかし結局彼らを危機に陥らせる原因は、リンドの懸念とは違う方向からやって来た。


(マジで下手を打ったよ。あのとき可及的速やかに立ち去るべきだった)


 異変を察知したとき、リンドは彼らから少しだけ離れた位置を歩いていた。

 もっと正確に言えば、リンドが向かっている方角で事件は起こり、否応なしに遭遇してしまったとも言える。

 身の危険を感じて、咄嗟に防衛本能が働いたのは致し方なかったろう。リンドとて何の守りもなく森の奥を訪れた訳ではない。


(でも……私が使()()()()()だってバレたのは痛いな)


 思い返すも軽率だったと今は反省している。残念ながら利用価値があると目をつけられ、現状を余儀なくされた。

 迷惑極まりない、とリンドは嘆息する。


(政争だか権力争いだか知らないけれど、()()()()なんて、一般庶民の見ていないところで勝手にやってくれればいいものを――)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ