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19.紫の竜胆5

災害についての描写があります

不快な方は申し訳ありません

 オルフェン王国――首都ジァェル。  


 都市の中心部、王宮の地下には凶悪な魔獣が眠ると伝承は謳う。真偽の程は王族の直系しか知らない。

 裏付ける証拠となるかは不明だが、研究者の間でよく指摘されるのは、王都ジァェルとその近郊の気候だった。緯度からすると不思議なくらい温暖なのである。

 地下の魔獣が地熱に影響を与え、その副産物として、オルフェン王国は周辺国に比べ豊かな環境を手に入れた。むしろ首都を定めた一番の理由は、魔獣の封印自体ではなく、その恩恵にあるという説も有力だ。


 ただし専門家の仮説自体、一般の民はおろか、王侯貴族でも限られた者にしか開示されていない。魔獣に拠って立つ国と広まれば、混乱は免れないからだろう。

 現時点で諸外国との激しい確執はないが、オルフェン王国は関税や移民受入に厳しく、閉鎖的な面は非難されているとも聞く。わざわざつけいられる隙を作る道理はない。


 リンドは以前、仮説についてルードルフから耳にしたことがあった。確定要素ではないとはいえ、推論の材料として無視はできなかった。

 クロノもまた、同様に考えていたらしい。彼は立場的に知識を持っている。両者の思考の経路が重なり合うのは必然だった。


「王都に行きましょう。絶対に何かが起こります」

「同感だ。聖女を殺す意味が、もし魔獣の封印にあるのだとしたら」


 敢えて最後まで続けなかったであろうクロノの言葉を、リンドは脳内で補完する。

(一番危ないのは国王。そして王太子は……)

 王国の中枢に切り込むのであれば、予断は許されない。リンドは自身の躊躇いもクロノの葛藤も一緒くたにすべて呑み込んで、結論を告げた。


「多分……王族の方は無事では済まないでしょう。遠からず殺されると思います」

 やはり、とクロノは大きく頷く。

「聖女を先に殺したのは」

「今の王家を滅ぼしても、聖女が逃れたら別の血筋で繰り返すだけです。封じの異能は聖女の子が受け継ぐんですから」

「……確かに、君が正解だろうな」


 危機感に駆られた二人は、日の出と共に王都に向かうことにした。カコラ湖はルグレイよりも王都に近いが、それでも馬で五日から七日はゆうにかかる。

 リンドが鳳凰のような幻獣を使えば距離は縮まる。ただ性質上、何日もに渡る具現化は不可能だ。もし仮にできたとしても、いざ王都に着いてから、リンドが疲労で使い物にならなくなっては困る。

 とりあえずは馬を調達するために、一度街に出る必要があった。結局、途中にある最も大きな街まで幻獣で移動し、その先は馬で進むことにした。


 目算はあった。相手が王都で行動を起こすのは、ルグレイにいた刺客から聖女候補抹殺の報せが届いた後と予想された。二日程度旅程を短くできれば、二人乗りでもこちらの方が早く王都に辿り着くだろう。


 しかし――残念ながら、その見積もりは甘かった。

 目的地を目前に見据えた位置まで至ったところで、リンドとクロノは自分たちの計算違いを痛感する。


 なんと、王都ジァェルとその周辺に、未だオルフェン王国が経験したことのない、大きな地揺れが起こったのだ。



 +++++



「地震……!?」


 リンドが縦揺れに気づいたのは、たまたま馬から下りて休憩をしていた時だった。

 いや、最初に察知したのは馬だったのかもしれない。何か様子がおかしいような気がすると、クロノが一時の休息を提案したのだ。ジァェルはもう僅かに迫る。強行軍に二人とも疲れていた。


 突然、馬がわななき異常な旋回を始める。

 すわ何事かと警戒した直後、地震は起こった。


 地面は数十秒揺れ続ける。

「なっ……大地が!?」

 さすがのクロノも蒼白になっていた。

 無理もない。オルフェン王国は殆ど地震のない国である。一生のうちに体験したことがない人間もいるくらいで、知識としてはあっても遭遇したのはほぼ初めてだったろう。


(震源地は……王都じゃないの!?)


 殆ど直感で、リンドは確信する。

 そうでなくとも、距離的には同じかそれ以上の震度だったに違いない。リンドたちは王都に向かう平坦な街道の途中にあり、建造物の崩壊や山野からの落下物の心配はなかった。しかし人口の多い首都での混乱は避けられまい。


「リンド、急ごう。嫌な予感がする」

「私もですよ。幻獣を喚びますか?」

「いや、人々を余計に混乱させるかもしれない。急げば半刻くらいで着く。このまま行こう」


 その判断は正しかった。

 馬に乗り直して王都へと進むと、途中、明らかに逃げて来たと思しきたくさんの人々とすれ違う。城壁の内側がどうなっているか、想像に難くない。

 近づくにつれ、不安は増した。火事が発生しているのか、遠目に煙が何本も見える。阿鼻叫喚の地獄絵図とまでいかなくとも、相当荒れていそうだ。


 城門には兵士すらいなかった。次から次へと荷物を抱えた首都の民が出てくる。微震が起こる度に、この世の終わりのような叫び声が上がっていた。


「地震そのものより、冷静さを失った人たち自体が危険ですね。災害時の対応って決まってないんですか?」

「あるにはあるが、誰も地揺れに遭ったことはない。指揮系統が麻痺しているんだろう」


 追い打ちをかけるように、人々の間で絶望のざわめきが広がる。どうも流言飛語の類いが飛び交っている。聞こえてくる単語を拾えば、王の生存を疑うもの、魔獣の覚醒を信じるものが多い。



「国王陛下はすでにお亡くなりに……!」

「王妃様も王子様もだ!」

「聖女様が偽物だったって!?」

「魔獣が復活した……もう終わりだわ」

「ジァェルは魔獣に炎に包まれて滅びるんだ」

「今日がオルフェン王国最後の日になろうぞ」

「貴族たちはとっくに逃げたって聞いたよ!」

「我々は見捨てられたんだ……」

「皆、魔獣に喰われて死ぬ。全員死ぬ。ははははは」



 怒り狂い、或いは嘆き悲しむ。そんな民衆の負の感情は不安と相俟って伝播する。理屈はわかるが、リンドは不自然さを拭えなかった。


「おかしい。地震から大して時間が経っていないのに」

「ああ、裏で動いているな」

 クロノが悔しげに唇を噛んだ。

「故意に嘘を交えた情報を流して、煽っている。多分、噂が出回ったのは昨日今日の話じゃあない。周到だな。ここまで画策するか」

「首都を……国を壊滅させたいんでしょうか」

「おそらくは。王宮がどうなっているかも気になるが、まずは人心を治めないことにはどうしようもない。……リンド、城門は無理だ。目立たず幻獣を使えるか?」


 少し考えると、リンドは虚空に手を上げ、幻獣を二体喚び出した。一体は鷲の翼と頭と爪を持ち、獅子の下半身を有する半鳥半獣である。もう一体は翼の生えた馬だった。

「クロノ様は翼馬の方に。手綱がなくても操れます。それに、()()()()()()()しばらくは消えません」

「二体なのは……そのためか」

「ええ。ていうかお見通しですよ。端から二手に分かれるおつもりでしたよね?」

「察しが良くて助かるよ」


 最早リンドの技倆を疑うこともなく、クロノは翼馬に乗り換えた。

「君は先に王宮に行ってくれ。私は住民のために、まず騎士団の統率に赴く。すぐに追いつくつもりだが、状況によっては時間稼ぎの対処をしてくれ」

「相変わらず人遣いが荒いですね」

 あまりの遠慮のなさに、リンドは苦笑した。

「悪いですけど、でき得る範囲ではどうにかしますが、危険なことはしませんよ。私はクロノ様と違って、国に生命なんか懸けられませんし」

「それでいい。身の安全を第一にしてくれて構わない。リンドにまで何かあったら、さすがに寝覚めが悪いからね」


 クロノもまた、笑みを返した。

 苦悶するより辛い表情に見えた。


 今の状態を作ったのは彼ではないのに、クロノは未然に防げなかったことを後悔している。

 王宮で何があったのか、一介の幻獣使いに何か成せるかは不明だ。リンドは国に義理もなく、忠誠心もない。また自己犠牲に浸れるほどお人好しではなかったが、目の前で自分の職責を果たそうとしている相手がいる。どうして放っておくことができるだろう。


(今更だ。乗りかかった船ってヤツだから)


 嘆息ひとつを置き去りにして、リンドは鷲獅子の幻獣の背に乗った。翼馬の幻獣と共に、それぞれ浮上する。

 二人は高い城壁を越え、混乱の坩堝へと足を踏み入れた。






<紫の竜胆〜了>

次話より「緋色の恋情」

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