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18.紫の竜胆4

 クロノはリンドの本心をはかり兼ねていた。

 見た目よりはずっと大人びた少女――そこに事情があるのは承知している。辺境の街でほぼ独り、楽な生活ではなかっただろう。リンド自身が語らないことを、追求するつもりはない。


 プシュケーの逸話は彼女自身が敢えて口を開いたのだ。何らかの意図や拘りがあるのは確かだった。

 手違いで愛された女。しかも裏切りを誹られ捨てられてしまう。王宮を追放された王太子妃が自らと重ねていた。暗喩と見做すのが適当か。



 プシュケーはどうして忘れてしまわなかったのだろう。



 裏を返せば、彼女はもう忘れてしまったのかもしれない。彼女の夫は自分勝手に妻としたにも拘らず、聖女でないと判明するや、魔女と断罪し捨て置いた。

 プシュケーは去った夫を探したので、物語は続き、めでたしめでたしとなった。彼女はわざわざそんな未練がましい選択はせず、もう夫である王太子を振り切っているとしたら。


「カレンは聖女殺しに関係ない。そうなんだね?」

「……クロノ様はそう思うんですね」

「理由がない。忘れてしまえばいいと言った人間が、今更何をする? 不自然だ」

「ですね。むしろ関わり合うのも嫌でしょう。忘れられなかったから逆に復讐したいとか、あるのかもしれませんけど」

「リンドはそういう風には思わなかったんだね」

「何でしょうね。きっと最初からそこまで信じてはいなかったんですよ。復讐って恨んだり怒ったりしてないとできないじゃないですか」


 一理ある、とクロノは納得した。

 ただ、ひとつ疑問は残る。


「だけどリンド、君の知らないこともあるんだ。実は、死んだカスガの部屋で――」


 クロノは『花蓮』の文字が書かれた紙が見つかった件について、リンドに話をした。

 無論、初めて聞くリンドは絶句する。


「カスガさん……が書いた?」

「少なくとも君やセインの前では書いていないみたいだね。それはセインにも確認した」

「魔女……のことを知ってた? そんな感じには見えませんでした。むしろオルフェン王国のことだって何も」

「君が言うならそうなんだろうね。だとしたら」

「刺客か、その関係者が書いた?」

「可能性は高い。まったくの第三者の存在もまだ否定できないが、低いと考えている」

「……つまり」


 頭脳を回転させるリンドを、クロノは見守った。

 リンドは敏い。クロノとて今回の旅に出るまで自分の能力に自信があったが、所詮は王宮の中でしか通用せず、外に出たら役に立たない場面が多いことを実感していた。

 それに引き替え、リンドは市井に適応して、ずっと逞しく生きている。通って来た道も、経てきた生き様も、眺めてきた光景も、何もかもが異なるのだ。


 己の無力を自覚するほどに、相手への憧憬は深まった。強くありたいと、クロノはその度に思う。この国の人間は弱すぎる。外部の力に頼り切り、無垢な乙女を犠牲に成り立つ非道な国であり、民であると知る。

 今この時代に、正統な聖女が喪われたのは果たして偶然なのか。重ねられた怨嗟が齎す必然ではないのだろうか。


「いいよ、リンド。考えるのは私の仕事だ」

「……それは勘違いですよ、クロノ様」


 今更ながら格好をつけようとしたクロノは、渋い顔のリンドに一刀両断された。


「クロノ様の仕事は、決めることです」

 あまりにも潔くリンドは言い放ち、クロノを鼓舞する。

「私の浅い見識なんか、適当に参考にする程度でいいんですよ。クロノ様にはクロノ様にしか背負えない責務があるんでしょう? そのくらい前から承知してますよ」

「リンド……」

「舐めないでください。ご存知でしょうに。こちとら見た目通りの純情可憐な小娘じゃあないんですよ」


 大上段からリンドは開き直る。

 思わずクロノは吹き出してしまった。


「君のことを、そんな風に思ったことは一度もないよ」

「貶してます?」

「いや……やはり良いね、君は」

「って、笑ってますよ」

「うん、愉快な気分だ」

「何ですか、それ」

「誰のせいかなと言いたいところだけど」


 上辺だけ取り繕えなかったのは、何もクロノだけの失態ではなかった。独り善がりの矜持だけ保って、やるべき仕事を放棄することなどできやしない。リンドだけでなく誰もが許さない。

 個人の望みを捨てても――愛するひとを犠牲にしても、クロノにはずっと昔から優先するものがあった。


「ごめんよ、リンド。君には引き続き協力を要請する。これは……命令になる」

 低く落とした声で、クロノは改めて告げる。

「権力を笠に着られちゃあ、しょうがないですね」

 リンドは動じもせずに応えた。それが彼女なりの気遣いだとクロノにはわかっていた。


「では、私の結論を言います。クロノ様」

「ああ」


 半ば予想しながらも、クロノはリンドの推察を聞くべく促した。双方向からの着地点が同じなら、いよいよ確信が持てる。


「王都に行きましょう。絶対に何かが起こります」 






 ▼△▼△▼△



 夜が明けて、エドとセインはようやくクロノの行き先――リンドを救出しようと向かった地点――まで追いついた。

 クロノが飛び出してから、ルードルフの向かったとされる街道沿いを進み、一晩中馬を走らせた。クロノが雇った幻獣召喚士は優秀で、計算通りの距離を稼いだらしい。

 雇用主が馬を置き去りにして消えた後も、幻獣使いはその場に待機していた。エドたちはすぐに状況を知ることができた。勿怪の幸いと言えよう。


 ただ、聞かされた内容には唖然とした。

 拘束されていたはずの少女――リンドが、信じられないほど巨大な鳥の幻獣を召喚し、クロノと二人、それに乗って何処かへと飛び去ったと言うのだ。ルードルフも追いつけず、諦めてひとり最初に向かっていた方角に消えてしまった。

 残された幻獣使いはクロノの馬を何とか捕まえて、明け方まで動かずに待っていた。そこにルグレイからエドたちが到着したのだった。


 あまりにも規格外だ、とリンドの能力を目撃した幻獣使いは語った。年齢もさることながら、操れる幻獣の大きさも具現化できる時間も常軌を逸している。王国でも一、二を争う使い手ではないか、と。


「そんなに凄い子だったんですねぇ、リンドちゃん。ルードルフ殿が攫った理由はそれでしょうか」

「あり得る。彼は幻獣の専門家だ」

「でも何がしたいんでしょう。向かった先は……おそらく王都のようですが」


 セインは首を捻り、エドも眉を顰めて思案した。クロノの行方も気になるが、不審極まりないルードルフを放置したままで良いものか。


「……我々もこのまま王都に」

 エドが決断すると、セインが目を丸くした。

「え、でも……」

「問題ない。合流できる」

「あー……そうですね。あの方なら同じことを考えますか。わかりました。旅支度は通り道で揃えましょう」


 端的ではあったが、エドの言い分がセインにはすぐ理解できたらしい。騎士団に入る以前からの付き合いなので、少ない言葉でも通じやすい。


「ただ、リンドちゃんを相当気に入ってたみたいですから、二人きりでいさせるのはちょっと心配ですねぇ。勝手に助けに行ってしまったくらいだし。まさか幼児趣味……というのは冗談ですけど」

 わざとらしく戯けた口調でセインが言った。

「あの方にしては珍しい。カスガ様のことで、やはり焦っておられるのかもしれませんね」

「そうだな」

 クロノらしくない、と感じていたのはエドも同様である。従兄弟同士で彼の性格を熟知しているからこそ、余計に気に掛かった。

「それに、リンドの何がそうさせるのか……」

「僕から見ると大分胡散臭いですよ、あの子。辺境で年端もいかない卓越した異能者がいて、この時期に関わってくるなんて。偶然であり得ます?」


 表向き友好的に対応していたにも拘らず、セインの評は辛辣だった。的を射ているのか穿ち過ぎなのか。現状では杞憂とは言い切れない側面もあった。


「しかしリンドを巻き込んだのはこちらだ」

「それすら織り込み済み……ということはないでしょうけどね。()()エド様がお耳に入れられた通り、()()()()()()()()()()()()()()()()言っているのが本当なら、何とも」

「当人に確認するしかあるまい」

「まあ、そうですね。所詮は貧民の子どもの戯言ですし、放っておいてもいいのかも……って、こういう言い方お好きじゃなかったですね。すみません」


 無意識のうちにエドは不快さを露わにし、セインが慌てて取り繕う。

 エドは聖女が生まれた異世界のように、人の間に貴賤がないと信じるほど革新的な価値観は持っていない。上流階級が立場だけで下の者を蔑むのは苦手だった。


 末端で生活していれば、権力者に対する態度は一様に固定化する。反発するか阿るか利用するか、或いはそのすべてだ。ジャンというスリ未遂の少年がいい例だろう。

 思い返せば、リンドはそのどれとも違っていたのかもしれない。一線を引きながらも、観察するには近い位置でこちらを見ていたような気がする。


 今一度、リンドと話がしてみたい。

 エドは率直にそう願った。

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