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1.三年前

「このひとは聖女なんかじゃありません! ずっと皆さんを騙していたんです!」


 幼い声が玉座の間に大きく響く。厳しい糾弾が向けられた先にいるのは、兵士に両腕を捕らえられた女だった。

 女は抵抗するでもなく、ただ項垂れていた。表情は見えない。長い黒髪に覆われて自然と隠れされている。どんな顔立ちをしているかも周囲にはわからなかった。


「反論しないんですね。もちろんあなたの『魅了』の力はすでに封じさせてもらいましたけど」


 女よりも幾分か若い少女は、女と同色の髪をふわりと舞わせた。外見から判別できる通り、両者は人種も出身も同じだった。尤も、故郷――()()()()では何の接点もないのだが。


 ()()()()()()()()()()()の用語で表すならば、女は大学生で、少女はせいぜい小学校高学年くらいの年齢である。しかし今は年下の少女の方が優位に立っていた。


「どうして……あなたは自分が聖女だなんて嘘を吐いたんですか? あなたも知ってますよね、この国には聖女の力が絶対に必要だって。王宮の地下に眠る――恐ろしい魔獣を封印するために」


 少女は本心から純粋に訴えた。まったくの善意から王国の人々を心配し、それを裏切るような真似をした女を責めている。


「もしも封印が弱まって、魔獣が解き放されてしまったら、この国のひとたちがどうなってたと思うんですか!? 確かにあなたもあたしと同じで()()()()()()()()()()()けど、だからって、関係ないとかどうでもいいとか言えますか? 自分勝手にこの世界のひとたちを傷つけるなんて絶対駄目でしょう? あたし、同じ()()()として恥ずかしいです……!」


 一息に言い放つと、少女は興奮で肩を震わす。

 その長科白に続いて、周囲からも次々と女を責める言葉が飛び出した。

 

「では我々はずっと謀られていたのか!?」

「……『魅了』? 何なのだ、それは。人間の心を操る術なのか?」

「なんということだ! そのようなもの、聖女どころか魔女の力ではないか!!」

「恐ろしい……」

「魔女を許すな!! これは我が王国、いや全人類に仇為すものぞ!!」


 声を荒らげたのは、この国――オルフェン王国の中枢、政治に携わる王候貴族の代表者たちだ。彼らは蒼褪め、或いは怒気にうち震えていた。

 無理もない。彼らは知らず女の力に翻弄され、彼女を聖女だと崇め奉っていたのだから。

 約束されたはずの救済と繁栄はすべて虚構に過ぎず、希望の未来は嘘で塗り固められていた。これが怒らずにいられるだろうか。

 

 一年もの間、オルフェン王国の王宮は「魅了」という――無条件に他者を従わせる特殊な力に知らず支配されていたのである。


 少女により呪縛が解かれた今、女に味方する者は誰もいない。何故このように見窄らしい平凡な女に惹かれたのか。我に返ればこれまでの己の心情が信じ難く、皆一様に愕然としていた。


 貴族たちはまだいい。最も衝撃を受けたのはおそらく、国の頂点に立つ王と、その後継である王子だったろう。何故なら女はその忌むべき力で()()()()()に収まっていたのだ。


「……何か言うことはあるか、聖女カレン、いや王太子妃カレンよ」

「――……」


 ざわめいた場を割って、国王が低い声で問うた。

 女――カレン妃は何の申し開きもしなかった。黒髪の奥の瞳は赤い絨毯だけに向けられ、何を映しているのか窺い知れない。言い訳を待っていた周囲は肩透かしを食らい、一瞬沈黙する。


「王太子は何かあるか。我が息子エディアラード」

「お許しいただけるのであれば」


 玉座の傍らに控えていた王太子――エディアラードが口を開く。皆の注目が移る中、妃のカレンだけは何の反応も見せず、微かにも顔を上げなかった。同郷の少女はカレン妃の姿に哀れみを覚えたのか、ほんの少し眉を動かした。


「エディ王子――」

「サユ、今は私が話をしている」

「でも」

「しばし控えよ」


 サユと呼ばれた少女は、自らの発言を阻まれ、困惑気味にエディアラードを見上げた。この世界、このオルフェン王国では、王族の言葉に横槍を入れるのは無礼な行為であるのだが、()()()()()()()()()()少女にはまだ理解できていないのだろう。


「発言のお許しを、陛下」


 エディアラードの端正な相貌は気品に溢れ、かつ上に立つ者の冷静さと知性に彩られている。まだ十六歳の若さでありながら才気に満ち、世嗣ぎの君たるに相応しいと評判の人物だった。


「許す」


 国王は息子に促す。鷹揚に振る舞ってはいるが、その表情からもまだ年若の息子に対する強い信頼が見て取れた。

「では……恐れながら申し上げます」

 慎重に言葉を選びながらといった様子で、エディアラードはゆっくりと、しかしはっきりと言った。

「我が妃カレンの処罰を……とお考えでしたら、早計に過ぎるかと」


 馬鹿な、と驚きの声が上がる。


 場が再び騒然となったが、エディアラードが一瞥すると貴族たちは押し黙る。彼ら同様意外そうに表情を動かした国王も、すぐに平静を取り戻して訊き直した。


何故(なにゆえ)か」

「まず第一に――経緯はどうあれ、カレンは国が聖女として認定した者。安易に誤りであったと公にすれば、王国の威信が問われましょう」

「ふむ」

「第二に、たとえ聖女でなかったとしても、カレンを正式に我が妃として迎えたのは事実。簡単に離縁できるものでもありますまい。……子を孕んでいる可能性もあります」

「! まさか、兆候が?」

「今のところ認められませんが、まだ否定できません」

「そうか……であれば確かに、軽々しく処断はできぬか」


 現実的な回答に、国王も貴族たちもなるほど尤もと深く頷いた。

 思えば実際に彼女を聖女と信じて妻とし、裏切られた一番の当事者は夫である彼なのだ。そのエディアラードが主張する以上、他者が無闇にカレン妃を追及するのは憚られた。


「そして……第三に、もし()()()()であるサユを新たに妃に迎えるとしても、彼女はまだ年若く、婚姻を結べる年齢ではありません」

「……よろしい」

 国王は息子の意見を納得して受け入れる。

「王太子の言は尤もだ。他に意見のある者は」

「……いえ」

「陛下のご裁可に委ねます」


 おそらく不満は皆無ではなかっただろうが、国王と王太子に具申しようとする者は現れず、一同従う姿勢を見せた。


「王妃は……どうか」

「……わたし、ですか?」


 玉座の傍ら、エディアラードとは逆側に佇む貴婦人が、国王の問い掛けを聞いて小首を傾げる。そもそも成り行きに興味がなかったのか、急に話を振られて困ったように細い眉を顰めた。

「そう……ですね。カレンさんは……サユさんもですが、わたしと()()()()()()()()ひと。あまり無体な真似をしてほしくありません」

 カレン妃や少女サユと同色の黒髪を美しく結い上げた王妃は、乱暴に扱われる息子の妻に憐憫の目を向けた。


「彼女も、好き好んでこの世界にやって来た訳ではないのです。どうかご慈悲を」

「確かに同情の余地はあろうな」


 王妃の言葉は国王の心情に影響を与えたようだった。国王はしばし思案する。

 そして最後に今回の一件のきっかけを齎した少女――本当の聖女であるサユに尋ねた。


「真の聖女よ。其方は偽物の聖女に厳罰を加えるべきと申すか?」

「いえ、いいえ」

 サユは大きくかぶりを振った。

「あたしも王妃様が言ったように、カレンさんを酷い目に遭わせたりしないでほしいです。このひとが『魅了』の力で皆さんを騙してたのは悪いことだけれど、きっと……知らない世界にいきなり放り出されたから、辛かったり悲しかったりして、どうしようもなかったのかもしれません」


「偽者を廃さなければ、其方の聖女認定は遅れるだろう。エディアラードとの婚姻は兎も角、其方の名誉に関わるやもしれん」

「名誉とか、どうでもいいです。あたしが本当に聖女だというなら、この国のひとたちだけでなく、カレンさんも救ってあげたい」


 正義感できらきらと輝くサユの瞳が国王の心を打った。怪しげな「魅了」の力を用いていた偽物とは種類が異なるが、聖女には周囲を惹きつけるだけの引力があるのだろう。それはかつて国王が自らの妻である王妃にも感じたものだった。


「……よろしい。同郷である其方らがそこまで申すのであれば、余も考慮せざるを得ぬ」

 やがて国王は厳かに言い渡した。

「王太子妃カレンをトクサ離宮に移送、幽閉する。名目は何でもよい。病とでもするがよい」


「三年後、真の聖女サユが成人の暁には表向きカレンは病死として、密かに離宮より追放する。それまでに反省が見られたのなら、市井で暮らすための新たな戸籍を与えるものとする。その後速やかにサユの聖女認定を行い、エディアラードとの婚姻を進めるよう」

「――御意」


 国王が決断を下すと、臣下は一斉に平伏した。

 王太子エディアラードと真実の聖女サユがそれぞれカレン妃に視線を遣ったが、惨めな女は微動だにせず、ただ俯いたままだった。











 ◇◇◇◇◇






 魔獣の眠る国――オルフェン王国。

 王国歴580年、国王ファルフォード三世の御世に、歴代で最も強大な力を持つ聖女が異世界より降臨した。彼女は災いの象徴である魔獣を支配し、永遠に滅ぼしたと伝えられる。

 ファルフォード三世の息子エディアラードは彼女を妻に娶り、魔獣により荒れた国土を復興し、王国は再び栄華を取り戻した。


 これは、かの聖女の軌跡を描いた物語である。


完全に趣味の少女小説です

恋愛は後の方です

お気軽にお読みいただけると嬉しいです

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