怪盗ナイトオウル 灯台もと暗しな関係
都心から離れた郊外の住宅街・・・そこで営業している知る人ぞ知る飲食店が、『洋食レストラン フクロウの巣』である。
店先にはコック帽を被ったかわいらしいフクロウがやって来たお客に向けて敬礼とウインクをしている姿が描かれた看板が掲げられており、洋風と和風が合わさったような・・・明治・大正頃のロマン溢れる雰囲気をかもし出す店の外観に不思議とマッチしており、
昼時ともなればご近所の奥様方やお年寄りはもちろんのこと、わざわざ都心部からやって来たサラリーマンや学生達で賑わいを見せる程であった。
「んっ・・・んっ・・・んっ・・・ぷっはー!!」
そんなフクロウの巣の常連の一人・・・警視庁の女刑事にして、巷で話題の怪盗ナイトオウルのライバルたる土方 サイミ警視は、フクロウの巣内のテーブル席で白ワインを一気飲みしていた。
テーブルの上には空っぽのワイングラスが既に7杯分置かれており、たった今土方警視が飲み干した分も合わせれば、8杯分のワイングラスが空っぽになっていたのだ。
「あ、あのぉ・・・警視殿、流石にもう止められた方が・・・まだ真っ昼間ですし、体に障るかと・・・」
「・・・なによぉ~沖田君?別に良いでしょう?今日は久々の休みなのよ」
「それはまぁ…そうですけど…」
「・・・フン」
休日にも関わらず、上司の酒盛りに付き合っている沖田 総一郎巡査からの意見を鼻で笑うと、土方警視は銀色に輝くフォークで酒のつまみである『ホウレン草とベーコンのバターソテー』を口に入れて頬張る。
噛む毎に程好いしょっぱさとホウレン草の苦味、ベーコンの肉汁とバターの甘さが口内全体へと広がっていき・・・飲み込む頃には無性に喉が乾いていった。
「かゆうちゃん!お酒おかわり!」
土方警視は空っぽのワイングラスを高く掲げ、おかわりを注文した・・・しかし、
「・・・あのさぁサイミちゃん、もういい加減にしなさいよ」
フクロウの巣のウェイトレスを勤める女性『命新かゆう』が、そのおかわりの注文に呆れたようにため息をついた。
瓶の底のように分厚い眼鏡をかけて、やぼったい化粧をした地味な外見をした女性だが・・・その胸部には、土方警視を『草原』か『まな板』に例えるなら、『富士山』か『エベレスト』くらいに豊満なバストをお持ちであった。
「ウチも客商売だし、あんまりこういう事をお客さんに言いたくは無いんだけど・・・貴女、一応『お巡りさん』でしょう?いくら『お休み』だからって、真っ昼間からそんなにお酒飲んで良い訳?」
「・・・固いこと言わないでよ。お巡りさんだって、昼間からお酒に溺れたい日だってあるのよ」
かゆうからのツッコミに土方警視は不満気に口をへの字に曲げ、また『ほうれん草とベーコンのバターソテー』を頬張る。
静かなBGMが流れる店内に他の客の談笑と食器同士がぶつかる音が響き、かゆうは目頭を抑えながらまたため息を漏らした。
「…じゃあ、せめてお酒以外の注文しなさいよ。ウチは一応『洋食レストラン』なんだから」
「ん?…じゃあ、今日のオススメは?」
「オムライスとハンバーグのお子様セット」
「ぷっ。いやいや、冗談よしてよ!私は立派な大人よ!」
かゆうの『オススメ料理』の内容に土方警視は笑いだす。
「ふ~ん…『立派な大人』、ねぇ…」
一方、かゆうの視線は土方警視の慎ましやかなバストに向けられていた。
「…お子様みたいな胸してる癖に、よく言うわね」
「ぬわんですってぇぇぇ!!?」
「あら気に障った?悔しかったら、毎日牛乳を飲んでよく胸を揉みなさい。まな板お巡りさん」
かゆうが脇に抱えていた白く円形のプラスチックトレイをアンダーバストの位置につけると、その富士山かエベレストの如く豊満なバストがトレイの上に載り、その大きさが殊更強調される。
「ぐぬぬぬ~」
かゆうの言動に、その半分以下のバストしかない土方警視は額に大量の青筋を浮かべながら悔し涙を流し、今にもかゆうに飛びかかりそうな程の怒りようだったが・・・
「ちょ・・・ちょっと警視殿!落ち着いて下さい!!他のお客さんもいるんですから!」
「うぅ…」
今まで黙ってカルボナーラスパゲッティとウーロン茶を食していた沖田巡査が止めに入り、土方警視が一線を越える事はなかった。
沖田巡査の言う通り、今フクロウの巣の店内にいる客は土方警視と沖田巡査だけではない。
カウンター隅の席では、サラリーマンらしき眼鏡とスーツ姿の中年男性が白飯とルーがこんもりとよそわれたカレーライスを食べており、
窓際のテーブル席ではポロシャツ姿の大学生らしき体育会系の青年が、金色に煌めくオムレツに包まれ、血のように赤いケチャップでデコレーションされた赤ん坊ほどの大きさがあるオムライスを頬張っており、
中央のテーブル席ではギャル風の化粧をしたブレザーの学生服姿の女子高生2人が、フルーツやスプリンクルで彩られたチョコレートパフェをスマートフォンで撮影してSNSに挙げており、
壁際のテーブル席では3、4人の主婦仲間らしき年配女性達が大盛のシーザーサラダを小皿に分けながら談笑をしていたのだ。
「うぅ~・・・」
土方警視は黄ばみも虫歯も一つもない真っ白な歯を食いしばり、女性的で小さな拳を血が流れ出る程に固く握りしめながら湧き上がる怒りを必死に飲み込み…
「き、今日のところは勘弁してあげるわ・・・今日のところは、ね!」
…何事もなかったように静かに椅子に腰を下ろしたのだった。
「はいはいはいはい・・・」
突如、正面出入口側のレジカウンターから拍手の音が響き渡る。
それは、レジカウンターに立っていた瓶の底のように分厚い眼鏡をかけた冴えない外見の青年が出していた音だった。
青年はレジカウンターから離れ、土方警視と沖田巡査が座るテーブル席へと歩いていった。
「いやぁ~すいませんね、土方さん!ウチの店員がとんだ粗相をいたしまして・・・」
「店長!」
土方に謝る瓶底眼鏡の青年の腹を、かゆうが小突いた。
この瓶底眼鏡の冴えない青年の名は『夜野 とばり』。
この『洋食レストラン フクロウの巣』の店長兼レジ打ち係である。
「かゆうちゃん、ここは僕がやるから、他のお客様の事、頼めるかい?」
「・・・はい、分かりました」
店長であるとばりからの指示に、かゆうは渋々といった様子で承諾した。
「それから・・・」
とばりはかゆうの耳元に口を寄せ、小声である指示をする。
「・・・あ~」
かゆうは何かに納得し、厨房へと向かっていった。
一方、とばりはウェイターの1人である『風間 太郎』青年を呼び止めた。
「太郎君、悪いけど、椅子一台持ってきてくれる?」
「・・・少々お待ちを」
太郎はカウンター席の隣に積まれている予備の椅子の中から一台を取り出し、土方警視達の座るテーブル席の脇に置く。
「・・・では、ごゆっくり」
太郎はそれだけ告げると、さっさと他のお客さんへの対応に戻って行ったのだった。
「・・・相変わらず『クール』ですよね、風間さんって」
一連の太郎の様子を見て、沖田巡査はそう評したが・・・
「そう?あれはどっちかって言ったら『無愛想』じゃないの?」
土方警視の方は否定的な感想を述べたのだった。
一方、とばりは慣れた様子で太郎の持ってきた椅子に腰掛け、土方警視達に向き直った。
「いやぁ~、毎度の事ながら荒れてますねぇ~。また、ナイトオウルに逃げられましたか?」
「・・・えぇ、口惜しい事にね・・・ハァ~」
とばりからの問いに力無く答えると、土方警視は深いため息を漏らした。
「・・・けど、代わりに以前から黒い噂のあった国原議員をしょっぴけたんですから・・・おあいこじゃないですか?」
「・・・甘いわよ、沖田君」
楽観的な沖田巡査の発言に、土方警視は眉をひそめながらピッ!という音を響かせながら沖田巡査に右手に持ったフォークの切っ先を向けた。
「私達はあくまでも『警視庁捜査三課・特殊窃盗犯対策班』の一員なのよ?児ポ法違反の国会議員を逮捕するのは、本来なら別の部署の仕事なんだから・・・私達が第一にしなければいけない事は『特殊窃盗犯』を逮捕する事、特に『怪盗ナイトオウルの逮捕』だって事を、忘れてはダメよ?」
「あ・・・は、ハァ・・・すみません警視殿・・・」
土方警視からの指摘を受けると、沖田巡査は恥ずかしげに赤くなった頬を掻いた。
「ハハハ!相変わらずナイトオウル一筋ですねぇ~土方さんは!もしかして土方さんも、ナイトオウルにハートを盗まれ・・・」
「・・・それ以上言うと、セクハラの現行犯で逮捕するわよ」
「おぉ~怖い、怖い。けどたまには、ナイトオウル以外の男性を追いかけないと、寂しい老後が待っていますよ?」
「・・・大きなお世話よ」
とばりにそっぽを向くと、土方警視はまたホウレン草とベーコンのバターソテーを頬張ったのだった。
「・・・ダメですよ、とばりさん。冗談でも土方警視にあんな事言ったら・・・警視にとって、『ナイトオウル逮捕』は人生を掛けた目標なんですから」
「それはまぁ、知ってますけど・・・」
沖田巡査にやんわりとたしなみられ、とばりは肩をすくめた。
「なんたって土方警視は、『初代怪盗ナイトオウル』の終生のライバルだった伝説の鬼刑事・『土方 三郎警部』の一人娘ですからね・・・警視にとって、『ナイトオウル逮捕』は親子二代に渡る悲願でもあるんですよ」
しみじみと呟く沖田巡査の瞳には、目の前でホウレン草ソテーを食べている上司への、深い敬愛と尊敬の気持ちがこもっていた。
「・・・まぁ、それって言い方を変えれば、『親子二代に渡ってナイトオウルに煮え湯を飲まされている』って事でもありますよね?」
「・・・言わないでよ。気にしているんだから」
とばりの意地の悪い言葉に、土方警視は口の中でホウレン草を咀嚼しながらため息をついた。
「まぁ・・・でも、仕方ないとは思いますよ?なんたって、ナイトオウルはそこら辺のこそ泥とは格が違う泥棒ですからねぇ~」
とばりは腕組みをしてウンウンと頷くと、楽しそうに件の『怪盗ナイトオウル』について語りだした。
「正式名称『特殊窃盗犯296号』・・・通称『怪盗ナイトオウル』。昭和10年から2代に渡って活動している日本で最も名前の知られている怪盗の一人。『女性の心以外は、どんな物でも盗む』というモットー通り、例え『アメリカ国防総省』レベルの警備で守られている品であろうと、まるで魔法でも使ったかのように鮮やかに盗み出す神出鬼没の大泥棒・・・最近だと、ネットの怪盗ファンの間で『ヘルメスに愛されし者』、なぁ~んて呼ばれているそうですよ」
「・・・『ヘルメス』?」
とばりの口から放たれた聞き慣れない単語に、土方警視は眉をひそめた。
「ギリシャ神話の神様ですよ。神々の伝令にして、『旅人』と『商人』・・・そして、『盗賊』の守り神。つまり、『盗賊の守り神であるヘルメスからの加護を得ているとしか思えない程の、神懸かった泥棒』・・・って意味ですよ」
「フン・・・いかにもカッコつけたがりな中二病患者が考えそうな名前ね」
とばりからの説明を土方警視は小馬鹿にするように鼻で笑い、お冷やを啜る。
水滴の浮かんだガラスのコップに水と共に入れられている氷は、いつの間にか米粒のように小さくなっていた。
「・・・そう言えば、ナイトオウル君が乗り回しているフクロウ型飛行船の『ミネルヴァ号』・・・あれの名前も神話が元ネタじゃなかった?」
「あぁ、確かローマ神話に出てくる女神の名前ですよ。ちょっとお待ちを・・・」
土方警視の呟きに沖田巡査が答え、スマホの画面を見ながら解説を始める。
「えっと・・・『詩・医学・知恵・商業・製織・工芸・魔術を司るローマ神話の女神で、音楽の発明者。ギリシャ神話の戦いの女神アテナと同一視され、知恵の象徴であるフクロウを使いとしている』・・・と、ウィ○ペディ○には書かれていますね」
「・・・説明してくれるのはありがたいけど、せめてスマホは隠しなさい。あと、『ネットの情報』をさも『自分の知識』みたいに披露するのもどうかと思うわよ?」
苦笑いを浮かべる土方警視に、沖田巡査は「あ、すみません・・・」と恥ずかしそうな照れ笑いを浮かべたのだった。
「ギリシャでもローマでも北欧でもエジプトでも何でも良いけど・・・何で犯罪者が神話の神様にちなんだ異名や小道具なんて持っているのよ?カッコ付けるにも程があるでしょ?」
土方警視の感想に、とばりは苦笑する。
「まぁ・・・怪盗なんてやっている人間は、ナルシスト気味な人が多いと聞きますしねぇ・・・」
「まったく、良い大人が中二病なんて・・・親御さんが泣くわよ」
「ははは・・・」
疲れの混ざったため息を漏らす土方警視に対して、とばりは乾いた笑いをこぼしたのだった。
「大体・・・『魔法のように鮮やかな手口』って言えば聞こえは良いけど、彼一人でやっている訳じゃないわ・・・『4人の仲間』の協力があればこそでしょう?」
土方警視は自身の紫色のジャケットのポケットからスマホを取り出すと、画面を操作して『怪盗ナイトオウル 一味のメンバー表』というタイトルが付けられているアイコンをタップする。
すると、画面に怪盗ナイトオウルの仲間達に関する情報が次々に表示されていく。
最初に表示されたのは飛行船の操縦席に座っている頭部を覆面でスッポリと覆い隠した人物を写した写真だった。
望遠による隠し撮りなのか、その姿は所々ボヤけてはいるが、その人物の被っている覆面が白地に黒いインクの染みのような模様が浮かんでいる事はしっかりと見てとれた。
まるで精神鑑定などでよく使用される『ロールシャッハ・テスト』のカードのようだった。
「『特殊窃盗犯296号-R』、通称『ロールシャッハ』。本名・国籍・人種・性別・年齢、全て不明。怪盗ナイトオウル一味所有のフクロウ型飛行船『ミネルヴァ号』の操縦と一味の使用するガジェット類の開発を担当し、現場に姿を現すことは稀だが、卓越した格闘技能を持つ」
スマホの画面をスワイプすると、次はビルの屋上らしき場所からスナイパーライフルを構えた白髪白髭の初老の男性の写真が表示される。
夜にもかかわらず目元には黒いサングラスを着けており、老人のような外見に反して、まるでプロレスラーかボディビルダーのような筋肉質な体格をしていた。
「『特殊窃盗犯296号-C』、通称『コメディアン』。本名・不明、国籍・不明、人種・推定アジア系、性別・男性、年齢・推定70代。怪盗ナイトオウル一味の最古参メンバーで、百発百中の射撃の腕を持つ」
再びスマホの画面をスワイプすると、今度は黒い全身スーツと青いロングコート、大量のポケットが着いたベルトを着用し、口元を黒いマスクで隠して背中に日本刀の鞘を背負った20代くらいの青年が、日本刀を武器に黒服の暴力団員らしき集団と戦闘している姿を写した写真が表示される。
青年の目はまるで刃のように鋭く、気の弱い者ならば目を合わせただけで気絶してしまいそうだ。
「『特殊窃盗犯296号-K』、通称『コタロウ』。本名・不明、国籍・不明、人種・推定日本人、性別・男性、年齢・推定20代後半。戦国時代に活躍した伝説的忍者『風魔 小太郎』の25代目の子孫を自称しているが、事実かどうかは不明。『風間の太刀』なる日本刀を武器として愛用し、近接戦闘並びに白兵戦のプロフェッショナル」
最後にもう一度スマホの画面をスワイプすると、今度は白いブラウスとタータンチェックのスカートを着用した緑色のショートヘアーの女性が、白い日傘を差しながら微笑みを浮かべている写真が表示される。
ハリウッド女優も裸足で逃げ出してしまいそうな程の極上の美女で、その胸部には『富士山』か『エベレスト』並みに豊満なバストが存在していた。
「『特殊窃盗犯296号-YS』、『新命 ゆうか』。国籍・不明、人種・推定日本人、性別・女性、年齢・推定20代。怪盗ナイトオウル一味の紅一点。細身の体に似合わない怪力の持ち主で、常に所持している傘を鈍器として攻撃に使用する。ナイトオウルとは恋人関係にあると思われる・・・」
土方警視はスマホの画面を眺めながら頬杖をついた。
「・・・いつ見ても、『アルセーヌ・ルパンの3代目』の一味みたいな布陣よねぇ?モ○キー・パ○チ先生から告訴されそうだわ」
「警視殿・・・メタな発言は止めましょう。色々危ないので」
「ははは・・・」
土方警視と沖田巡査の会話を横から聞きながら、とばりはまた乾いた笑いをこぼす。
その額からは脂ぎった冷や汗が滝のように流れ出ており、ハンカチでいくら拭いても汗が止まることはなかった。
「・・・ナイトオウル君達だけじゃないわ」
土方警視はナイトオウル一味の資料を閉じ、また別のアイコンをタップした。
蝙蝠を思わせる黒一色のコスチュームを纏った男性とミニスカートのメイド服姿の女性の二人組が、蝙蝠を思わせる大型飛行機を操縦している姿。
目元を隠すワニ型の仮面にワニ革の黒いレザースーツを装着した艶のある黒髪を地面スレスレまで伸ばした美女と、全身がワニのような鱗で覆われた大男とガビアルの口のように細長い鼻をした細身の男性の三人組が、サンタクロースが持っていそうな大きな布袋を背負ってワニをモチーフにした戦車のような乗り物に乗り込む瞬間を捉えた写真。
お祭りの屋台で売っていそうなプラスチック製の安っぽいフェレットのお面と濃い藍色のパーカーのフードで顔を隠した小柄な人物が、繁華街に立つビルの屋上から福沢諭吉と樋口一葉の団体さんを眼下の街に大量にばらまいている姿。
ミラーボール状のヘルメットで顔をスッポリと覆い隠し、タキシードとマントを纏った人物が、舞台挨拶をする役者のように両腕を広げている姿、等々・・・。
そこにはナイトオウルと同等か、それ以上に奇抜で個性的なコスチュームに身を包んだ多種多様な怪盗達の姿が映し出されていた。
「『ダークバット&ダークメイド』、『レディ・クロコダイル一味』、『フェレット小僧』、『ミリオンフェイス』・・・海外でも、フランスの『カリーヌ・ルパン』に、アメリカの『魔術師ナブー』・・・世界中のあらゆる先進国、あらゆる大都市で『特殊窃盗犯』・・・俗に言う『怪盗』が確認されているわ」
「うーん・・・『大海賊時代』ならぬ『大怪盗時代』って感じですねぇ~」
「あ、なるほど!上手い事言いますね~とばりさん?」
とばりのウィットの効いた発言に沖田巡査が楽しそうに笑ったが・・・
「・・・感心している場合じゃないでしょ!?」
・・・土方警視はそんな二人の様子に青筋を浮かべながら声を荒げた。
その様子にとばりと沖田巡査はビクリ!と震え上がった。
「怪盗達は、警察を小馬鹿にして法律を嘲笑いながら堂々と盗みを繰り返す・・・卑劣な犯罪者達なのよ。だってのに、世間の連中は怪盗達をスターかヒーローみたいに応援して・・・」
「あぁ~・・・まぁ怪盗が盗みの標的にするのは、『悪どい手段で私腹を肥やす金持ち』か『法律で裁けない犯罪組織の大物』ばかりですからねぇ・・・そういう連中が嫌いな人達からすれば、『義賊』とか『ダークヒーロー』扱いして褒め称えたくもなると思いますよ?」
とばりからの意見を土方警視は大きく首を横に振りながら「いいえ!」と否定する。
「・・・例え被害を受けるのがヤクザやマフィアの幹部だったとしても『人の物を盗むのは犯罪』なの!小学生でも分かる理屈よ!犯罪者を英雄扱いするなんて間違っているし、『神様に愛されている』なんて褒め称えるのは言語道断よ!!そんな事を放っておいたら、法律を守る人間なんていなくなるわよ!!」
「ひ、土方さん・・・」
「土方警視・・・」
「だからこそ、私達警察には怪盗を捕まえなければいけないのよ!どんな事情や理由があろうと、犯罪者を捕まえるのが警察の仕事なんだもの!!」
土方警視の剣幕に、とばりや沖田巡査のみならず、店内にいる他の客達まで推されてしまったのだった。
「・・・でも結局、ナイトオウル一味はおろか、他の怪盗も一人として捕まえた試しがないですよね?」
「グハッ!?」
とばりの一言は鋭いアッパーカットとなって土方警視を直撃し、土方警視に多大な精神的ダメージを与えたのだった。
「け、警視殿しっかり!傷は浅いです!!」
沖田巡査は慌てて土方警視に駆け寄り、その肩を支えたのであった。
「・・・お待たせしましたぁ~」
とばりと土方警視達がコント染みた事をしていると、先程厨房に下がった筈のかゆうがトレイに新しい料理を載せてやって来た。
「フクロウの巣特製パフェ、大盛で~す♪」
「・・・えっ?」
テーブルに置かれたパフェに土方警視は目を丸くした。
バニラとストロベリー、そしてチョコレートがミックスされた白とピンクと黒のソフトクリームの上からカラフルなスプリンクルが振りかけられ、カップの縁には切り分けられたバナナとリンゴとオレンジが等違いに飾られており、アクセントとしてチョコレートでできている小さなフクロウの人形が置かれているという、食べるのがなんだか勿体なく感じてしまう程に可愛らしく、SNSに投稿すればバズり間違いなしなパフェだ。
「ではごゆっくり」
「うん、ありがとうかゆうちゃん♪」
恭しく一礼してテーブルから離れるかゆうに向けて、とばりはにこやかに手を降る。
一方の土方警視は目に見えて混乱気味だった。
「あの・・・私これ、頼んでないけど?」
目の前に置かれたパフェを指差しながら、土方警視はニコニコと笑っているとばりに顔を向ける。
とばりは笑顔を崩す事なく答えた。
「・・・店のおごりですよ。毎日身を粉にして市民の安全と平和を守っているお巡りさんへの、ささやかなお礼です」
とばりは座っていた椅子から立ち上がると、まるで中世ヨーロッパの貴族を思わせる優雅な一礼をする。
「・・・ではごゆっくり」
そのままとばりはレジへと戻っていってしまった。
「ち、ちょっと待ちなさいよ!こんなの、受け取る訳には・・・」
「まぁまぁ警視殿!良いじゃないですかこのくらい」
土方警視はパフェを突き返そうとしたが、沖田巡査がそれを制止した。
「せっかくのとばりさんからのご好意なんですから、ありがたくいただきましょうよ?」
「いや、けど・・・警官が一般市民から『お礼の品』を受け取る訳には・・・」
「気にしすぎですって。別に『現金』や『貴金属類』を渡された訳じゃないんですし」
「そりゃあまあ・・・そうだけど・・・」
土方警視はしばらくパフェを眺めながら躊躇していたものの・・・結局『食べ物を粗末にはできないし』と心の中で言い訳をしながらパフェを食べる事にした。
「・・・あっ美味しい」
恐る恐るパフェを一口すると、アイスクリームの冷たさとまろやかな甘味、果物の甘酸っぱさが口の中でワルツを踊るように広がっていった。
「まぁ・・・たまには良いわよね。『お礼』を貰うのも」
「そうそう!安月給だけじゃ体が持ちませんもの!」
そうして土方警視が特製パフェに舌鼓を打っていた時だった。
テーブルの上に置きっぱなしになっていた土方警視のスマホがバイブし始めた。
スマホの画面を見てみると、そこには『近藤課長』の名が表示されている。
土方警視と沖田巡査の上司だ。
土方警視はパフェのスプーンを置いてスマホに出ることにした。
「はい、土方ですが・・・なんですって!?」
土方警視の目の色が一瞬にして獲物を見つけたハンターのように変わった。
「はい・・・はい!すぐ向かいます!」
土方警視は通話を切ると、グラスに残っていたパフェを一口で飲み込んで安産型の尻・・・もとい、重い腰を上げた。
「け、警視殿・・・どうしたんですか?」
先程まで飲んだくれて愚痴をこぼしていた女性と同一人物とは思えない土方警視の変わりように、同席していた沖田巡査も驚いていた。
土方警視は叫ぶ。
「来たのよ!ナイトオウル君からの『予告状』が!」
「えぇっ!?」
土方警視の返答を聞き、沖田巡査も目の色を変えて椅子から立ち上がった。
「沖田君、お勘定お願い!」
「は、はい!」
上司からの指示を受けて、沖田巡査は自分の座っていた椅子の背もたれに掛けていたトレンチコートと、机の上の伝票を手にレジへと向かっていった。
「すいませんとばりさん!お勘定お願いします!」
「はいは~い。毎度の事ながらお巡りさんも大変ですねぇ」
沖田巡査から伝票を受け取ったとばりは、慣れた手つきで伝票の内容をレジに打ち込んでいく。
とばりがレジを打ち込んでいく合間に沖田巡査はトレンチコートを着て、ポケットからがま口の財布を取り出していった。
「領収書もお願いします!宛名は『警視庁・捜査三課』で!」
「・・・いつも思うんですけど、食事代って経費で落とせるんですか?てか、『落としても』良いんですか?」
「・・・すいません。やっぱり無しで」
とばりからの質問に沖田巡査は苦笑いを浮かべる。
「・・・4,200円になりま~す♪」
「あ、5,000円でお釣り下さい」
沖田巡査はガマ口の財布から樋口一葉を一枚取り出してとばりに手渡し、とばりはその樋口一葉のお釣りとしてレジから五百円玉と百円玉を取り出した。
「800円のお返しです」
「あぁどうも・・・」
「沖田君!支払い位で何手間取ってるの!?早くしなさい!」
「あぁはい!すみません!!」
土方警視に急かされながら、沖田巡査はお釣りと領収書をガマ口の財布にしまった。
「じゃあとばりさん!これで!」
「とばり君!また来るわ!!」
最後にとばりに向けて敬礼し、沖田巡査と土方警視はフクロウの巣を後にしたのだった。
「・・・またのお越しを~♪」
足早に退店していく土方警視達に手を振りながら・・・とばりの口元には不敵な笑みが浮かんでいた。
☆☆☆
「ありがとうございましたー」
時計の短い針が10を指す頃・・・その日の最後の客がフクロウの巣を退店していく。
辺り一帯はすっかり暗くなっており、真っ黒になった空には太陽の代わりに月と星が輝いていた。
最後の客の見送りが済むと、とばりは店のドアの前に『本日の営業は終了しました。またのお越しをお待ちしています』という文章とコック帽を被ったフクロウがお辞儀をしているイラストが書かれたプレートを掛け、フクロウの巣は閉店したのだった。
「ん~!ようやく終わったわね」
「・・・そうだな」
店内では1日の仕事を終えたかゆうが伸びをし、風間太郎は口数も少なめにテーブルを拭いていく。
かゆうが体を伸ばすと、その豊満な胸が強調されて中々にセクシーな光景だったが、太郎はそれに全く興味を示さなかった。
「よぉー、お疲れさん!」
「お疲れー」
厨房の方からエプロン姿の二人の人物が姿を現した。
一人は白い髪に白い髭、老眼鏡が印象的な格闘家かスポーツ選手のように体格の良い初老の日本人男性で、もう一人は対称的に細い体をしたとばりや太郎と同い年くらいの赤毛の白人男性だ。
初老の男性の名は海堂 不動。
この洋食レストランフクロウの巣のコック長である。
そして、赤毛の白人男性はアール。
不動と同じくフクロウの巣のコックで、デザート担当のパティシエである。
伸びをしていたかゆうが厨房から出てきた不動とアールに気づくと、笑顔で手を振った。
「あ、不動さんお疲れ様~♪」
「こらっ!店では『シェフ』って呼べって言ってるだろう?」
「あら?別に良いじゃない。今日のお店は終わったんだから。私、公私はしっかり分ける主義なの」
不動とかゆうの会話をよそに、アールは一人壁際にもたれつつ、懐からタバコを取り出した。
「・・・」
アールがタバコを一本咥えると、すかさず太郎が100円ライターでそのタバコに火を着けた。
「・・・ありがとよ」
「・・・どういたしまして」
無駄口の全く無い二人の会話は、一仕事を終えた職人のそれのようだった。
「は~い♪皆、今日もお疲れ様~♪」
そこへレジ打ち係兼この店の店長であるとばりが、笑顔で店員達に労いの言葉をかける。
「さてと、それじゃあ・・・」
とばりはおもむろにかけていたビンの底のように分厚い眼鏡を外し・・・
「・・・『本業』のお時間といこうか」
・・・代わりにフクロウを思わせる仮面を装着する。
それは・・・あの怪盗ナイトオウルが装着している物と全く同じ仮面だった。
同時にかゆうや太郎、不動とアールの雰囲気も一瞬にして変化した。
フクロウの巣の内部・・・客の立ち入らない従業員専用スペースには、横一列に用途不明な5つの穴が存在している。
大人一人が楽に通り抜けられるくらいに大きな穴だ。
とばりを初めとするフクロウの巣の店員達は、次々にその穴へと入っていく。
穴の中はちょうど大型プールにあるウォータースライダーのような滑り台状になっており、遥か地下へと繋がっていた。
そのスライダーを滑っていく内に、とばり達の服装が少しずつ変化していき・・・
「・・・よっと!」
なんという事だろう。
出口から飛び出してきた時、とばりの姿は仮面にタキシードにマントを纏った怪盗ナイトオウルへと変化していたのだ。
とばりだけではない。
アールはロールシャッハテストのような模様が描かれたマスクを装着したミネルヴァ号操縦士・ロールシャッハへ、
不動はサングラスにコート、ライフル銃を装備した銃の名手・コメディアンへ、
太郎は黒い繋ぎに青いコート、大量のポケットがついたベルトを身に纏い、背中に日本刀を背負った風魔小太郎の子孫・コタロウへ、
最後にかゆうは白いブラウスにタータンチェックのスカートを身に纏い、白い日傘を携えた美女・新命ゆうかへと・・・それぞれ変貌していたのだ。
賢明なる読者の皆様はもうお分かりだろう・・・。
『洋食レストラン フクロウの巣』の店員とは世を忍ぶ仮の姿・・・その正体は、巷で話題の『怪盗ナイトオウル一味』なのである!
「さて・・・それじゃあ行こうか皆。『醜いブタさん』から宝物を取り上げに」
『おぉ!!』
ナイトオウルの言葉に一味のメンバーはそれぞれの得物を掲げて答えたのだった。
☆☆☆
フクロウの巣の地下に位置するナイトオウル一味のアジト。
その最奥に、ナイトオウル一味の代名詞的乗り物であるフクロウ型飛行船『ミネルヴァ号』の格納庫が存在する。
ナイトオウル達がミネルヴァ号に乗り込むと同時にけたたましいサイレンを響かせながら格納庫の扉が開き、ミネルヴァ号の50m級の船体がスライダーによって格納庫から運び出されていく。
ミネルヴァ号の動きに合わせるように『4th gate open!4th gate open!』というアナウンスが通路内に響き渡り、ミネルヴァ号側部のウイングが展開していった。
「・・・」
ミネルヴァ号ゴンドラ内のコックピットでは、操縦席に座ったロールシャッハが計器類のスイッチをONにしていった。
ミネルヴァ号のコックピットはちょうどライブハウスくらいの広さがあり、フロント部と左右にガラス窓が、天井部には大型モニターが備え付けられており、今ロールシャッハが座っている操縦席はちょうど天井から釣り下がるような形で中央に配置されている。
一味の他のメンバー達もコックピット内におり、コメディアンはライフル銃の照準合わせとマガジンのセットを、コタロウは愛刀『風間の太刀』の手入れを、ゆうかはコンパクトを片手に化粧直しをしていた。
「・・・」
そしてナイトオウルは、壁際に寄りかかりながら腕を組み、物思いに耽っていた。
ナイトオウルの脳内で昼間の土方警視の言葉が繰り返されていく。
『・・・例え被害を受けるのがヤクザやマフィアの幹部だったとしても『人の物を盗むのは犯罪』なの!小学生でも分かる理屈よ!』
『犯罪者を英雄扱いするなんて間違っているし、『神様に愛されている』なんて褒め称えるのは言語道断よ!!』
(・・・分かってないなぁ~。土方さんは)
ナイトオウルは仮面から覗く口元に不敵な笑みを浮かべた。
(『怪盗の盗み』とは、『世間の人々に煩わしい現実を忘れさせ、一時の夢を見せる最高のエンターテイメント』・・・例え犯罪者と言われようと、それがお祖父様より受け継いだ僕の信念。曲げるつもりはありませんよ)
しばらくするとミネルヴァ号を載せたスライダーが停止し、ミサイル発射施設のような巨大な円筒状の空間についた。
ナイトオウルはコックピット中央に立ち、号令を挙げる。
「・・・発進!」
ナイトオウルの号令と共にロールシャッハがレバーを倒すと、ミネルヴァ号の翼に備え付けられているダクテッドファンが回転を始める。
次第に回転は激しさを増し、ミネルヴァ号の船体は浮遊を開始した。
円筒状の空間をゆっくりと上昇していくと、頭上の発進ゲートが観音開きに開いていく。
奥多摩の山林にカモフラージュされている発進ゲートを抜けると、ミネルヴァ号は満天の星空と月の光を背景とスポットライト代わりにして夜空を進んでいくのであった・・・。
fin.
オマケ
「・・・さて、では仕事前にいつもの儀式を。ミュージック・スタート!」
ナイトオウルがマイクを片手に指を鳴らすと、操縦席のロールシャッハが備え付けられている音楽プレイヤーを起動させ、ある歌がコックピット内に響き渡る・・・。
アニメ『タイムボカン2000 怪盗きらめきマン』のオープニング主題歌『怪盗きらめきマンの歌』だ。
マイクを持ったナイトオウルがボーカルを、ロールシャッハ以外の一味のメンバーがコーラス兼バックダンサーを担当して『きらめきマン』の歌を歌い踊る・・・まるでアイドル歌手のコンサートさながらだ。
しかし、これはふざけている訳ではない。
至って真面目な『仕事前の儀式』なのだ。
ナイトオウル一味は『怪盗としての仕事』に取りかかる前には、必ず『きらめきマン』の歌を歌い踊って気分を盛り上げ、仕事へのモチベーションを維持するのだ。
無観客のコンサートは目的地に着くまでフルコーラスで続いたのだった・・・。
怪盗ナイトオウル キャラクターイメージCV一覧
〈ナイトオウル一味〉
怪盗ナイトオウル/夜野とばり:福山潤
ロールシャッハ/アール:山路和弘
コメディアン/海堂不動:土師孝也
コタロウ/風間太郎:鳥海浩輔
新命ゆうか/命新かゆう:田中理恵
〈警察〉
土方サイミ:折笠愛
沖田総一郎:山下大輝
あくまで『作者のイメージ』+『願望』ですので、実際に映像化されるまでは読者の皆様の脳内で好きな声優さんの声で再生してください(* ̄∇ ̄*)