4.このままずっと。
「……いや、普通におかしいよね? 『妹』として好きとか」
意味わからんと言ったように、楓真は顔をしかめた。
「あ、もしかして楓真、二人のどっちかが、好きだった?
ごめん。オレ、気づけなくって──」
言い終わるか終わらないかの勢いで、楓真は恭太郎を
睨む。睨んだついでに、持っていた林檎とナイフを
放り投げた。
「ひっ……!」
恭太郎は身構える。
──パシッ……!
見事なコントロールで持ち替えた。
「俺は皮をむく時だけ左利き。林檎を切る時は
右利きなの」
「……いや、知ってたけどさ。ナイフ……投げなくていい
だろ? 刺さったら、どーすんだよ」
唸る恭太郎を無視して、今度は林檎を左手に乗せ
上から半分に切ろうとする。
「待て待て待てーっ!! それは豆腐じゃない、手の上で
切る、なぁ……あぁ、……痛ってぇ……っ!」
ベッドの上でのたうち回る。
「お前は、じっとしてろって。大丈夫、これくらい
家でよくやってる」
「バカ。絶対ケガするぞ」
「ケガしない。
ほら、こうやって林檎の途中まで刃を入れて、後は少し
寝かせて割るんだよ」
すると林檎はパカッと二つに割れた。
「……」
「後は同じ要領で他のも切る。
まあこれの欠点は、ベタベタ林檎を触ることだよね。
はい、俺の指紋つき林檎をお食べ〜」
言って楓真は恭太郎に剥きたての林檎を差し出した。
「えぇ〜。そんな事言われると食べづらい」
「何言ってんの? 俺のこと愛してくれてるんだよね?」
笑顔が怖い。
恭太郎は仕方なしに林檎を一切れ受け取って、
シャクッと一口食べてみた。
「どう?」
「……美味しい」
途端、ぐーっと恭太郎のお腹がなる。
「ふふ、お腹すいたの? でもあんまり食べちゃダメだよ?
夕ごはん、入らなくなる」
「ん」
言ってもう一切れに手を伸ばす。
小動物みたいだ──なんて楓真は思う。
「ねぇ……」
「うん?」
「妹として好きって、なに?」
シャクッと林檎をかじって恭太郎は楓真を見上げる。
「『なに』って。そのまんまだよ?
あ。楓真には妹いないから分からないかもだけど、
妹ってさ、思っていたよりずっと可愛いの。乃維には
口が裂けても言えないけど、ちっこい時はさ、
オレたちよりもアイツらの方が背丈が大きかったろう?
あの時は兄ちゃんらしくあることに必死だったけれど
今は違う。気づけば身長追い抜いていて、体力だって
オレの方が上。運動だって部活だってしてないオレが
いつも動き回ってるアイツより上なんだ。それって
凄いよね?」
恭太郎はニコニコと笑って言う。
「頑張って守ってたあの頃とは違って、今は余裕で守れる。
心の余裕が出てきたら、改めて乃維の事を見ることが
出来てこんなに乃維って、ちっさかったんだなって、
そう思ったんだ」
「……」
聞きながら楓真は、少し嫌な予感がする。
それって無自覚なんだろうけど、シスコンってヤツ
なんじゃないだろうか? いやいや、でも恭太郎に限って
それは無い──と思いたい。
「そしたら咲良に出会っただろ?
乃維の事を可愛いって思うくらい可愛いって思えた。
学校にもたくさん女の子がいて、可愛い子も
ちっちゃい子もたくさんいるけれど、ちょっと生意気な
咲良が妹だったらいいなって思ったんだ」
「……」
これは重症だ。楓真は確定する。
「妹にするにはどうしたらいいのかって思って、家の養女
とかも考えたんだよ? でもそれって現実的じゃ
ないだろ? しかもさ、産まれた日によって、下手したら
オレが弟だよ? それは困るだろ?」
「……」
待て待て待て。だからくっつけようと思ったのか?
乃維ちゃんに? それはいくら何でも……と楓真は人知れず
冷や汗をかく。
「だけど乃維に相談されたんだ。咲良が好きって。
どうしたらいいのって。
そしたらさ、いい考え思いついたの。そっか、乃維が
咲良と結婚したら、自然咲良はオレの妹じゃんって。
ほら今は同性婚とかも認められてるから、二人が
結婚するのもありかなって」
楓真は軽く頭を抱える。
やっぱりそう考えたのか。──恭太郎は、頭がいいのか
悪いのか、サッパリ分からない。
楓真は頭を抱えながら口を開く。
「えっと。キョータロ?」
「うん?」
「知ってるとは思うんだけど、一応教えるんだけど」
「うん」
「うちの県って、同性婚、認めてないよ?」
「……え?」
「『え?』じゃない。……知らなかったの? 隣の県では
認められてるから、まぁ、二人は引っ越す事には
なるよね。結婚したいならだけど」
楓真が恭太郎を見つめると、恭太郎の目が次第に丸くなる。
これは知らなかったんだな……と楓真は息を吐く。
俺は調べた。夢だと思ってはいたけれど、でも恭太郎と
一緒になれたらいいなって。もしも一緒に慣れるん
だったら、どの程度認められるんだろうって、興味が
出た。だけどやっぱり現実は厳しい。
はぁ……と楓真は溜め息をつく。
認められるのは結婚だけ。男女の夫婦が持てる権限の
ほとんどは、認められない。扶養のこととか養子縁組の
親権だとか。要は籍が入れられるだけ。
「まぁさ、結婚するにしてもまだ時間はあるんだし、
その間に法も改正するかもだし」
自分に言い聞かせるように楓真は言う。
「それに結局は、心の問題だよ?
キョータロが、咲良は妹だって思うんだったら、
それでいいんじゃない? 咲良だって乃維ちゃんだって
認められる事になるんだから、嬉しいって思うよ?
それじゃ、ダメ?」
言って楓真は恭太郎を見る。
窓から差し込んだ夕焼けが、恭太郎を赤く染めた。
びっくり顔だった恭太郎の顔は楓真のその言葉で少し
穏やかになり、そして微笑んだ。
「うん。そうだな。それでいい」
その笑顔を見ると、楓真も『あぁやっぱり、今の
ままがいい』と思ってしまう。
咲良と乃維が帰りがけに言った言葉が蘇る。
──楓ちゃん、心配しなくていいんだよ。
友情が消えることはないから。
だから思い切って言ってみて?
だけど、そんな勇気なんてない。
まだ、ない。
まだ、このままでいたい──。
ねぇ、キョータロ? このままでいいよね?




