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さくらのさくら  作者: YUQARI
終章
94/96

3.愛してる。

「やっと帰ってくれた……」

 病室の扉に手を掛け項垂(うなだ)れながら、楓真は溜め息を

 つく。

 せっかく二人きりになれたと思ったのに、こんな大事(おおごと)

 なるとは思ってもみなかった。時計見ると時計は既に

 四時を指している。そろそろ俺も帰らなくちゃなと

 楓真は残念に思う。

「ね。楓真、一緒にロールケーキ食べよ?」

 ニコニコしながら恭太郎は楓真に例の箱を持ち上げて

 見せた。

「……」

 けれど正直に言って、楓真は甘いのは苦手だ。

 はぁと息を吐いて咲良(さくら)が持ってきてくれた

 別のお見舞い品──林檎に手を掛ける。

「ダメだって。もうすぐごはんだから、それは冷蔵庫に

 しまって、明日食べな」

「えー」

「『えー』じゃない」

「じゃあ、明日も来る?」

「……」

 誰が? 咲良と乃維ちゃんが? もしかして俺のこと?

 俺に来て欲しいの? そう思って楓真はドキリとする。

 すると恭太郎がニヤリと笑った。

「楓真、明日来てくれる? だってオレ、ロールケーキ切るの

 苦手なんだよね。ほら、ぐちゃぐちゃになるだろ?」

「……ダメ。お前、明日が何曜日だか分かって言ってる?

 お前は病院で寝込んでればいいかも知れないけれど、

 俺は学校行くの。夕方は部活。だから来ない」

「えぇー。じゃあ今日食べたい。今すぐ食べたい。楓真と

 食べたい」

「駄々こねない!」

「嫌だァ、嫌だァ。今食べる!」

「子どもかっ! ……ったく。しょうがないなぁ。ちょっと

 だけだよ?」

「やったぁ。楓真さま愛してる」

「……」




 ──愛してる。




 冗談だって分かってる。でも、少し嬉しくなる。

「あ。楓真も食べるんだよ?」

「俺はいらない。甘いの嫌い」

「何言ってんの? イヤイヤ食べてる楓真の顔を見るのが

 面白いんだよ?」

「なに、刺されたいの?」

 言って楓真はナイフの先を恭太郎に向ける。


「ひぃ──ごめんなさい。オレが悪かったです」

「いいよ別に。──じゃキョータロに1cm。後の俺ね。

 頑張って全部イヤイヤ食べて見せるからね。あ、

 そうなるとキョータロのは果物なしってことか」

「え。ちょっとごめんってば。冗談だってば。

 なんなの楓真くん。冗談が通じないの?」

「ごめんね。話通じなくて」

 いいながら手際よくロールケーキを切っていく。形は──

 悪い。綺麗に切れるわけない。そもそもロールケーキを

 切るのなら、それなりの道具が必要になるけれど、

 いきなり病室でそれを用意するのは困難だ。望める

 べくもない。

「ね、林檎も剥いて」

「は?」

「ロールケーキも林檎も全部は食べない。冷蔵庫に

 入れとく。でも切ってて。オレ、切るの苦手だから

 食べたい時に食べれるように切ってて欲しい。

 それに楓真ってさ、手際がいいから見てて面白いんだ」

「……」

 褒められると悪い気はしない。

 料理をするのは嫌いじゃない。簡単なものだったら

 たまに作っている楓真は、何もしない恭太郎とは違い

 器用な方だ。

「……分かった」

 言って楓真は、ナイフについたクリームを綺麗に拭き

 取って、林檎に取り掛かった。


 楓真は左利き。しかも皮を剥くときだけ。

 普段はほとんどが右で、字を書くのも、ボールを

 投げるのも、ハサミを使うのも、みんな右でするけれど

 何故だか皮を剥くときだけ左手にナイフを持って

 器用に剥く。そして不器用な恭太郎には、それが

 不思議で面白い。

 ついつい見入ってしまう。


「ねえ、キョータロ」

「うん?」

 呼び掛けながら楓真は、手早くシュルシュルシュルー

 っと林檎の皮を剥いていく。

 手慣れたものだけど、正直見ていると怖くなる。怖い

 けれどそれが妙に目を引く。

 こればかりは、なかなか見慣れない。


「お前が二人をくっつけるように仕向けたの

 ……お前ってさ、咲良(さくら)のこと、好き

 だったんじゃないの?」

 剥いている林檎を見ながら、楓真は尋ねる。

 顔は見れない。そもそもこの質問は、少しだけ核心を

 ついている。もし、キョータロが咲良の事を好きって

 言ったら、俺はどうすればいいんだろ?

 林檎を剥く手が止まる。

 やっぱり聞かない方がよかったかな? でももう遅い。

 恭太郎は口を開く。


「んー。好きと言えば好きだよ? でも、俺、咲良は

『妹』として、好きだったから」


 ピタッと楓真の手が止まる。

「……は?」

 素っ頓狂な声を上げ、楓真はナイフを恭太郎に向け

 振り返る。血走った目で凄まれて、恭太郎は(おのの)いた。

「あ、……ちょ。刃物はおろして……っ」

 冷や汗を掻きながら恭太郎は、後ずさる。けれど

 派手に動くと、まだ胸が痛む。

「うぐっ……っ」

 

 まずった。と恭太郎は思う。

 小さい頃あの崖で、乃維(のい)も落ちた。

 けれどあの時は、こんな酷いケガじゃなくて、足を挫いた

 だけ。筋を痛めたのか精神的なものなのか、時々その

 足は動かなくなってしまうんだけど、骨を折って入院

 なんてしなかった。

 小さな子どもの体だったからだろうか?

 恭太郎は首を捻る。

 咲良を引っ張った反動と、体が大きくなったことで

 ほどよく体重が乗り、見事に肋骨を折ってしまった。

 加えて、母と伯母の過保護コンビ発動。本当ならもう

 家に帰れるハズなのに、用心して入院する羽目に

 なった。

 なんて間が悪いんだ。せっかく二人がくっついて

 くれたのに。

 痛みと情けなさで、思わず鼻がくすんと鳴る。


「……いや、おかしいよね? 『妹』として好きとか」

 意味わからんと言ったように、楓真は顔をしかめた。

「あ、もしかして楓真、二人のどっちかが、好きだった?

 ごめん。オレ、気づけなくって──」

 言い終わるか終わらないかの勢いで、楓真は恭太郎を

 睨む。睨んだついでに、持っていた林檎とナイフを

 放り投げた。


「ひっ……!」

 恭太郎は身構える。




 ──パシッ……!




 見事なコントロールで持ち替えた。

「俺は皮をむく時だけ(・・・・・・・)左利き。林檎を切る時は

 右利きなの」

「……いや、知ってたけどさ。ナイフ……投げなくていい

 だろ? 刺さったら、どーすんだよ」

 唸る恭太郎を無視して、今度は林檎を左手に乗せ

 上から半分に切ろうとする。

「待て待て待てーっ!! それは豆腐じゃない、手の上で

 切る、なぁ……あぁ、……痛ってぇ……っ!」

 ベッドの上でのたうち回る。

「お前は、じっとしてろって。大丈夫、これくらい

 家でよくやってる」

「バカ。絶対ケガするぞ」

「ケガしない。

 ほら、こうやって林檎の途中まで刃を入れて、後は少し

 寝かせて割るんだよ」

 すると林檎はパカッと二つに割れた。

「……」

「後は同じ要領で他のも切る。

 まあこれの欠点は、ベタベタ林檎を触ることだよね。

 はい、俺の指紋つき林檎をお食べ〜」

 言って楓真は恭太郎に剥きたての林檎を差し出した。

「えぇ〜。そんな事言われると食べづらい」

「何言ってんの? 俺のこと愛してくれてるんだよね?」

 笑顔が怖い。

 恭太郎は仕方なしに林檎を一切れ受け取って、

 シャクッと一口食べてみた。

「どう?」

「……美味しい」

 途端、ぐーっと恭太郎のお腹がなる。

「ふふ、お腹すいたの? でもあんまり食べちゃダメだよ?

 夕ごはん、入らなくなる」

「ん」

 言ってもう一切れに手を伸ばす。

 小動物みたいだ──なんて楓真は思う。

「ねぇ……」

「うん?」

「妹として好きって、なに?」

 シャクッと林檎をかじって恭太郎は楓真を見上げる。

「『なに』って。そのまんまだよ?

 あ。楓真には妹いないから分からないかもだけど、

 妹ってさ、思っていたよりずっと可愛いの。乃維には

 口が裂けても言えないけど、ちっこい時はさ、

 オレたちよりもアイツらの方が背丈が大きかったろう?

 あの時は兄ちゃんらしくあることに必死だったけれど

 今は違う。気づけば身長追い抜いていて、体力だって

 オレの方が上。運動だって部活だってしてないオレが

 いつも動き回ってるアイツより上なんだ。それって

 凄いよね?」

 恭太郎はニコニコと笑って言う。

「頑張って守ってたあの頃とは違って、今は余裕で守れる。

 心の余裕が出てきたら、改めて乃維の事を見ることが

 出来てこんなに乃維って、ちっさかったんだなって、

 そう思ったんだ」

「……」

 聞きながら楓真は、少し嫌な予感がする。

 それって無自覚なんだろうけど、シスコンってヤツ

 なんじゃないだろうか? いやいや、でも恭太郎に限って

 それは無い──と思いたい。

「そしたら咲良に出会っただろ?

 乃維の事を可愛いって思うくらい可愛いって思えた。

 学校にもたくさん女の子がいて、可愛い子も

 ちっちゃい子もたくさんいるけれど、ちょっと生意気な

 咲良が妹だったらいいなって思ったんだ」

「……」

 これは重症だ。楓真は確定する。

「妹にするにはどうしたらいいのかって思って、家の養女

 とかも考えたんだよ? でもそれって現実的じゃ

 ないだろ? しかもさ、産まれた日によって、下手したら

 オレが弟だよ? それは困るだろ?」

「……」

 待て待て待て。だからくっつけようと思ったのか?

 乃維ちゃんに? それはいくら何でも……と楓真は人知れず

 冷や汗をかく。

「だけど乃維に相談されたんだ。咲良が好きって。

 どうしたらいいのって。

 そしたらさ、いい考え思いついたの。そっか、乃維が

 咲良と結婚したら、自然咲良はオレの妹じゃんって。

 ほら今は同性婚とかも認められてるから、二人が

 結婚するのもありかなって」

 楓真は軽く頭を抱える。

 やっぱりそう考えたのか。──恭太郎は、頭がいいのか

 悪いのか、サッパリ分からない。

 楓真は頭を抱えながら口を開く。

「えっと。キョータロ?」

「うん?」

「知ってるとは思うんだけど、一応教えるんだけど」

「うん」

「うちの県って、同性婚、認めてないよ?」

「……え?」

「『え?』じゃない。……知らなかったの? 隣の県では

 認められてるから、まぁ、二人は引っ越す事には

 なるよね。結婚したいならだけど」

 楓真が恭太郎を見つめると、恭太郎の目が次第に丸くなる。

 これは知らなかったんだな……と楓真は息を吐く。

 俺は調べた。夢だと思ってはいたけれど、でも恭太郎と

 一緒になれたらいいなって。もしも一緒に慣れるん

 だったら、どの程度認められるんだろうって、興味が

 出た。だけどやっぱり現実は厳しい。

 はぁ……と楓真は溜め息をつく。


 認められるのは結婚だけ。男女の夫婦が持てる権限の

 ほとんどは、認められない。扶養のこととか養子縁組の

 親権だとか。要は籍が入れられるだけ。

「まぁさ、結婚するにしてもまだ時間はあるんだし、

 その間に法も改正するかもだし」

 自分に言い聞かせるように楓真は言う。

「それに結局は、心の問題だよ?

 キョータロが、咲良は妹だって思うんだったら、

 それでいいんじゃない? 咲良だって乃維ちゃんだって

 認められる事になるんだから、嬉しいって思うよ?

 それじゃ、ダメ?」

 言って楓真は恭太郎を見る。

 窓から差し込んだ夕焼けが、恭太郎を赤く染めた。

 びっくり顔だった恭太郎の顔は楓真のその言葉で少し

 穏やかになり、そして微笑んだ。

「うん。そうだな。それでいい」


 その笑顔を見ると、楓真も『あぁやっぱり、今の

 ままがいい』と思ってしまう。

 咲良と乃維が帰りがけに言った言葉が蘇る。




 ──楓ちゃん、心配しなくていいんだよ。

   友情が消えることはないから。

   だから思い切って言ってみて?




 だけど、そんな勇気なんてない。

 まだ、ない。


 まだ、このままでいたい──。

 ねぇ、キョータロ? このままでいいよね?

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