1.鈍感。
コンコンコン──
病室の扉をノックする音が聞こえて、恭太郎は楓真との
話をやめると、顔を少しあげた。
「はい。どうぞ」
誰だろう?
それほど人付き合いが好きなタイプじゃない恭太郎に
とって、入院先と言えども、尋ねてくるような人間
には心当たりがない。
家族の中では乃維の姿をまだ見ていないけれど
きっと咲良のところだろうし、楓真は
目の前にいる。……とここまで考えて、じゃあ乃維と
咲良が来たんだな。と妙に納得する。
でも、咲良がわざわざ自分のお見舞いに来てくれる
だろうか? とも思う。そもそも咲良は未だもって
自分をライバルだと思っている節があるし。
「ふふ……」
「何笑ってんの?」
「え。いや、なんか可愛いなって思って必死でさ──って
あれ?」
「?」
けれど、申し訳なさそうに薄く開いた扉から顔を
覗かせたのは、意外にも咲良で、恭太郎は少し
驚いた。
そして楓真は、恭太郎のその表情よりもなによりも、
さっきの『可愛い』の言葉の意味が解せなくて
ムッとする。
「なにその『可愛い』って。誰のこと?」
「こら、掘り返すな。勘違い。勘違いだよ」
「勘違い?」
楓真は更に顔をしかめる。
確かにキョータロは『可愛い』って言った。可愛いなんて
興味のないものには使わない。それが人相手だとしたら
場合によっては恋愛対象になる。
で、現れたのが咲良。
「……っ、」
──キョータロ、やっぱり……。
そんな事を思うと、胸がモヤモヤと黒い霧に覆われる。
なんで来たんだ。来なくていいのに。
その間にも咲良はカラカラカラ……と横開きの扉を
開けて照れくさそうに入って来ようとした。けれど、
あいにくその扉は、先ほど恭太郎の伯母が無茶を
したせいで、壊れている。扉は途中ガコンと大きな
音を立てて途中で止まり、入ってこようとした咲良が
挟まりかけて、カエルが潰されたような変な声を上げた。
「ひぐっ」
「ぶっ! あはは、咲良。何やってんの? その声、笑えるん
だけど」
恭太郎はちょっと浮かれ気味にきゃらきゃらと笑った。
「う"ーなんなのこの扉。途中までスムーズに動いてた
のに、わたしが入ろうとすると閉まるのよ」
「ふふ。扉が咲良のこと嫌いって言ってるのよ。きっと」
後ろから現れた乃維もフフフと笑った。
「もう! ちょっと乃維。そんなことないし」
二人が持って来たお見舞いの花束から、優しい香りが
広がって、少し落ち込み気味だった病室が一気に
華やかになる。女の子がいると、やっぱり華やか
だよねーと思う恭太郎の反応に対して、楓真の顔は
かなり険しい。さっきの『可愛い』は、絶対今来た
咲良に対する言葉なのに違いないと思うと、咲良の
一挙一動が鼻につく。
なんで来たんだ。咲良、キョータロのこと嫌ってた
だろ? わざわざ来るなんて、まさかケガした
キョータロを笑いに来た!? そう思うと憎しみが募る。
そんな想いを全部込めて、楓真は咲良を睨んだ。
そしてそれに気づいた咲良は、困ったように足を止める。
「や、やだなぁ、楓ちゃん。そんなに睨まないでよ。別に
二人の邪魔しようとか、そんなの思っていないし……」
楓真の気持ちを知っている咲良は、ニヤリと言う。
その言葉に、楓真の顔が一気に赤くなる。
あ、真っ赤になった。と乃維は思う。
そう言えば咲良、楓真は恭ちゃんの事が好きなんだって
いうニュアンスの言葉を言ってたっけ。
そう思うと人の一挙一動が面白い。
そっかー。そうだったんだ。みんな異性とか同性とか
そんなの関係なしに、好きになっちゃうんだ。
で、あの楓ちゃんだって、フラれるの怖くって告白
できないでいるんだぁ。あんなに近くにいるのに。
そう思うとなんだか親近感が湧く。思わず生暖かい
目で見つめてしまう。頑張れ楓ちゃん。なんてね。
「ばっ、咲良、余計なこと言うな!」
更に赤くなる楓ちゃん可愛い。
「余計なこと? 余計じゃないだろ? 来てくれてオレはけど。
そもそも扉を壊した小百合さんのせいだし。咲良は悪く
ない」
気づかない恭ちゃんってホント残念。
乃維がそんな事を思っているなんて微塵も知らない楓真は
恭太郎の鈍感さに、ホッと息を吐く。
正直その鈍感さが有難いような、有難くないような……?




