5.記憶違い。
「あのさ。小百合さんに会って思ったんだけど……」
と、俺は口を開く。
キョータロは『ん?』と小さく答えながら、こっちに
顔を向けた。
「キョータロが今の城峰の小等部に通うことに
なったのって、あれって誰の希望だったの?」
ずっと思ってた疑問。
だけど直接誰かに聞くことなんてなかった。
純粋に事故のせいだと思っていたから。
咲良とキョータロが言い合って、それが原因で
キョータロは道に飛び出し事故を起こした。
うちの子に、ひどい事を言う子どもがいる公立学校
には入れられない。櫻子さんはそう思ったんじゃ
ないかって、そうずっと思ってた。
──でも櫻子さん。キョータロと咲良の仲を知って
いたんだろうか?
キョータロや乃維ちゃんが家で言っていたのなら
頷ける。でもあの二人は、人の悪口を言うタイプ
じゃない。キョータロはまだしも、乃維ちゃんと
咲良はかなり仲がよくって、一緒の学校に行くことを
凄く楽しみにしてた。
だったら、沙苗さんじゃないかもしれない。
もしかしたらキョータロ?
キョータロ自身が、城峰を選んだ?
そう思うと怖かった。
もしかしたら公園に来なくなったのも、なかなか
会えなくなったのも、全部キョータロの希望だった
かもしれない。
俺がベタベタ近づいたから? もしかしたら俺の
気持ちに気づいて、気持ち悪いって思った?
だから怖かった。
本当の事を聞かされるのが。
キョータロは知らないかもしれない。だって記憶を
無くしていたわけだし。覚えていたとしても、
小さかった子どもの頃。何も理解していなかった
可能性だってある。
でも、気になった。
櫻子さんじゃなくって、小百合さんの存在を見て
思った。もしかしたら、大人側の都合だったの
かもって。
そしたらキョータロは、意外にも『あー、それね』
と頭を搔いた。
「本当はさ、子どもの頃にも言ったろ? 小学校は
公立に行くはずだったって。
そもそもさ、オレたちが城峰受けたのも、ちょっと
した冗談だったみたい。
あの当時、小さい子のお受験とか早期教育とかが
流行ってて、母さんと小百合さんが例に漏れず盛り
上がっちゃったらしくってさ、近くにいい学校が
あるし、どうせ受からないだろうから、試しにって
応募して、まさかの二人同時合格。
せっかく受かったんだから行かないと損でしょって
わけで、幼稚園は城峰に通ったんだ。
だけど城峰は私立だからお金がね。結構かかるから
父さんと母さんが相談して、小学校は公立にしよう
って、ホントはそうなってた。オレにはお前がいたし、
乃維には咲良がいた。
あ、最近知ったんだけど、母さん達、咲良が女の子って
ちゃんと知ってた。知らないのって、オレと乃維だけ
だった。笑えるよな?」
キョータロは頭を掻きながら苦笑する。
「だから公立小学校って決まってた。下見とかにも
行ったんだ。城峰よりも落ちるけれど、でもこれ
くらいがいいって。のびのび過ごせそうだって。
でも──」
キョータロの顔が曇る。
その表情を見ればわかる。
ホントに来たかったんだって。
キョータロは、ちゃんと俺のとこに来たかったん
だって、そう思うと嬉しくなる。嬉しくなる反面、
曇った今のキョータロの表情に不安を覚えた。




