8.兄としての威厳。
※R6.7.11書き直しによる追加。
あの時のニコニコ笑顔の楓真の顔が脳裏に蘇る。
妙に嬉しそうな顔をして、乃維の姿でも想像していたに
違いない。けれど楓真は急にハッと我に返ると
とても真面目な顔をして、ブンブンと頭を振る。
『ダメダメ! そんなの他の奴らに見せ──いや、
そんな事したら、逆にキョータロ、目立っちゃうよ?
それでもいいの!?』と前のめりになって否定した。
……いや、だからオレ、着ないしねスカート。
オレのスカート姿想像したらしくって、楓真は秒で
却下しにかかってきた。オレだって嫌だし。
いやでも、それもちょっと、どうかあるよね。乃維は
OKで、オレはNGって事?
だけど後で思ったんだ。乃維の場合は女子用の
スラックスを買ってあるから、それを着れば全く
違和感ない。上着のデザインに男女差はないから。
制服のラインはさすがに違うけれど、デザインは
一応一緒。
で、そこで問題になるのはオレ。さすがに
スカートはキツイ。だからオレは、乃維の制服は
着ずに普通に自分のを着ればいいと思うわけで──。
そう言ったら、楓真は顔を顰めた。
『あのねぇ、そもそもそんなの論外なの。現実的に
有り得ないよね? いくらうちのクラスのメンバーが
ほぼ変わらないって言っても、外部からも入学者は
いるんだよ? そんな中、乃維ちゃんにお前の影武者
させる気なの? 務まると思ってんの?
乃維ちゃん、恭太郎の名前で呼ばれるんだよ? 髪の
長さだって違うだろ? その為に切らせるの? 自分が
嫌だからって乃維ちゃんそんな目に合わせて、お前は
普通に座って見てるだけ?
いやいや、さすがにそれはないよね? そんなんで
キョータロの良心は傷つかないの? だいたい
バレないって思ってるところがそもそもの間違え
なんだよね。バレないわけないでしょ。なに
考えてんの?』
──なんて、矢継ぎ早に言われて、オレは怯む。
確かにそうなんだよね。自分だけ余裕かまして座って
見てるなんて、オレには出来ないし、みんなを騙し
切れるとも思ってない。しかも乃維は次席じゃない。
次席のヤツからしたら、とんでもない身びいきに
見えるかもしんない。
うーん。どうしたものか……。
「ちょっと、恭ちゃん! 恭ちゃんの頭の中は
お花畑なの!?」
悩んでいたら乃維に一喝され、途端現実に
引き戻される。
あ。現実逃避してた。これはもう重症だな。
そして乃維は、そんなオレに向かって、例え炎で
あっても簡単に凍ってしまうんじゃないだろうかと
思うほどの冷たい目をオレに向ける。
やめて。オレ、凍っちゃうよ?
「……なに馬鹿なこと言ってんの? そんなこと出来る
わけないじゃない。そもそも私は受け入れないからね、
身代わりなんて。そんなの怒られるに決まってる
じゃない。
いい加減、腹を括りなさいよっ! お母さんだって
楽しみにしてるんだからね!」
うわぁーん。そうですよね。そう来ますよね?
間近でギロリ……と睨まれ、オレは息をするのすら
ままならない。
「──はひ」
変な声が出る。
「ほら、行くよ……っ! ちゃっちゃと立って! ったく
図体ばかり大っきくなって。重いったらないっ!」
言って乃維は、オレをズルズルと引き摺った。
ホント馬鹿力。そうやって引き摺られると、
立てないんだけども。
いやいやでも、ここで負けたら男がすたる。オレも
負けちゃいられないと、ぐぐぐっと踏ん張って、
どうにか連れていかれるのを阻止してみた。
ふふん。オレだってやる時にはやるんだかんね。
「乃維! お前なら絶対出来る。それにお前、一応
十番内には入ってたんだろ? 資格は十分にある!
見た目はオレとそう変わらないらしいし。
なんなら先生に言って、総代を乃維に代わって貰う
ように言えば……」
「変わるわっ! 美しい乙女を捕まえて、ガサツな男と
一緒にしないで欲しい」
再びギロッと睨まれる。
……あー……まず、そこに引っかかりましたか。代役の
方じゃないんですね。でもあれですよ? ホント
似てるってよく言われるもん。オレ、悪くないし。
──っと、目力凄いんですけど。
オレは思わず目を逸らす。
「それに初制服が自分のじゃないとか有り得ないし。
代役なんて更に有り得ない! 次席でもない私が出来る
わけないじゃん!
ほらっ! 大人しく立つの。……ったく、いい加減
諦めなさいよね! 」
どこが『美しい乙女』だよ。ガサツは、お前だろうが。
下手をしたら持ち上げられそうになるのを必死に堪え
オレはどうにか乃維の動きを止める。
いやだ、行きたくない! 絶対、いーやーだぁーーー
とゴネていたら、背後から可愛らしい声が降ってきた。
「あのー……もしかして、乃維先輩ですか……?」
「「!?」」
やった! これはもしかしなくても天の助け!?
これはアレだよアレ! 乃維のファンクラブ。
イヒヒヒ。なんていいタイミング。ここは一つ、その
隙を狙って──。
「……」
隙を狙って逃げようと思っていたけれど、無理
だった。どう考えても逃げられない。
しまった。ここって袋小路じゃね?
植木が邪魔で逃げられないってやつ──。
オレはげんなりと力をなくす。
これはもう、捕獲決定なのかもしれない。
オレはガックリと、頭を垂れた。