3.恐怖の道田医院。
「あーはいはい。ごめん。ごめん」
自分の気持ちを悟られまいと、ぞんざいな言葉を返す。
「ちょ。何……その、気のない謝り方」
キョータロは髪を掻き上げながら、気だるそうに起き
上がる。
何気ない仕草なのに、相手がキョータロだと思うと
ドキッとする。
俺以外にもキョータロを見て、こんな風にドキッと
するヤツ、いるんだろうか?
思って、顔をしかめる。
──いない、とは言いきれない。きっとどこかにいる。
そしてその誰かに、俺は絶対負けたくない。
俺にとってキョータロが一番なように、キョータロに
とっても、俺が一番であって欲しいと思う。
けれどそれは、ワガママだろうか?
普通じゃないって分かってる。
身を引いた方がいいとも思う。
でも、──そんなこと出来ない。
「……」
結局、そこに行き着くんだよね。
キョータロの為にはならない。でも、離れられない。
かと言って、告白できるわけでもない。
宙ぶらりんの状態のまま、しがみつく。
迷惑な話、……だよね? 分かってる。でも今は
どうしようもない。
「で、ここって。──どこ?」
寝ぼけた目を瞬かせながら、キョータロは困った
ように言う。そりゃそうだよ。キョータロんち
じゃないし。病室だし。てか、自覚できてないとか
どういう事なの。
俺は軽く息を吐く。
多分、キョータロは、自分の身に何が起こったのか
理解出来ていない。いつもそうだ。後先考えずに
行動する。
それで学年首席とか笑わせる。いったいどれだけ
周りを振り回せばいいの。
せめて動く前に、俺に相談でもしてくれてたのなら
こんな事にはなっていなかった。絶対に俺が守り
抜いたのに。
そう思うと、苛立ちしかない。
「……どこだと思う?」
俺は寄せた眉を更に寄せ、キョータロを睨む。
キョータロは睨まれて、目を瞬かせた。
……やっと起きたか。
「じゃあヒント。三択ね。①キョータロの部屋。
②俺の部屋。そして③は病室。どれだと思う?」
「……え、っと。…………③?」
ベッドの上で正座をしながらキョータロは、ぽつんと
呟く。反省はしているらしい。
「ピンポーン正解デス。てなワケで、殴っていい?」
「え、ちょダメです。やめてください。ホント
ごめんなさい」
「何に謝ってんの?
何が悪かったって思ってる?」
「え。だから、心配させちゃったって事、に……?」
「」
なにその語尾のクエスチョン。
やっぱり全然理解してないじゃないか。
「殴る」
「わー! 待って待って……って、いっ。
胸、胸が痛……いぃっっっ!?」
身を捩った途端、体に痛みが出たのか、体を『く』の
字に曲げて、キョータロがうずくまる。
俺は焦る。
さっき投げ捨てた時は痛がらなかったのに、この
タイミングで?
「キョ、キョータロ!? 待ってて、今、看護師さん呼ぶから」
「えっ、ちょ待っ、ここって小百合さんとこだよね!?」
「小百合さん? 誰だよそれ、」
「誰って──」
ビ──ッ
キョータロの答えなんて、待ってる暇ない。
俺はすぐさま、ベッド横のナースボタンを押す。
──《はい。どうしましたか?》
すぐに看護師さんらしき人が出る。
「あの、キョータロが胸が痛いって──」
「ち、違う! 大丈夫、大丈夫です!」
叫ぶようにキョータロが声を張り上げた。
──《…………分かりました。すぐ行きます》
ガチャンと通信が切れる。
語尾、ちょっと不機嫌そうに聞こえたのは、気のせい
だろうか?
俺はキョータロに向き直る。
「キョータロ、なんで止めるの」
「いやだって、ヘーキだから。ほら、もう痛くない」
言いながらイテテテテと顔をしかめる。
──痛いんじゃん。
でもキョータロは、苦笑いを浮かべながら話を続ける。
「そしてここってさ、道田医院じゃないの?
この病室、見たことある……」
青くなってキョータロが聞く。
「え? そーだけど」
俺は答えた。
道田医院の病室は、病院らしくない。
できる限り自宅を再現した──というのを売りにして
いるから、パッと見、誰かの部屋に見える。だけど
病院ではあるから、独特のあの消毒液のような匂いが
充満していた。
だけどあれだよね。なんで大型病院にしなかったん
だろう? こんな地元の病院にキョータロ入院させる
なんて。大丈夫なんだろうか?
俺が眉をひそめた途端、キョータロは小さく縮こまる。
「だったら来るんだ。アレが。アレが来る──!」
「アレ?」
俺は聞き返す。
すると突然、ドタドタと物凄い足音と共に、バーンと
病室の扉が開いた。
「うわっ! 来たっ!!」
叫ぶなりキョータロは布団を頭から被る。
え、何? てかキョータロ? 胸の痛みは?
訝しく思ってドアの方を見ると、そこには
ふくよかな女性の看護師さんが立っていた。
とても、優しそうな人だ。
温和な微笑みをその顔にたたえていて、見た目的には
恵比寿顔?
でも、荒々しい。今、ドア力いっぱい開けましたよね?
ドア、歪んでないですかね?
心配して見てみた途端、ドアはミシッと音を立てる。
うん。ヤバい。外れないといいけど。




