4.危険な場所。
わたしは、上を見上げる。
乃維が何故か、深刻な顔をしてる。
それを見て、わたしは思う。
乃維にもきっと、後悔するような何かがあったんだ
なって。
だけど乃維? それってさ、もう過去の事なんだよ?
九年前の事故を引きずってるわたしが言うのも
なんだけど……ううん、わたしだからこそ言うけれど
もう、過ぎ去ったあの日は戻ってこない。
どんなに戻ってくれって頼んでも、わたしが
悪かったって一生懸命謝っても、何をしてももう
戻って来ない。
今の私たちに出来るのは、同じ間違いをしないように
過去を心の中に留めておく事くらい。
だけどそれを思い出すのが辛くて、逃げ出したくなる。
逃げ場なんてない。
だって後悔は自分の中にあるから。
「……」
救えない。
わたしは乃維を守ろうと決心したけれど、もう既に
起こってしまった事からは、守れない。
だから話題を変えようと思った。
「あ……」
わたしは声を上げる。
それに釣られて乃維も顔を上げた。
「?」
わたしは小さく笑って指差した。
木に下がる栗のみたいな形の小さな実。
この木がスズカケノキと呼ばれる所以。
鈴が掛けてあるように見える面白い木。
手の届きそうな、ちょうどいい高さに、可愛い木の実が
コロンとなっている。乃維に取ってきてやろうかなって
思った。
あいにくその木はロープの向こう側にある。入っちゃ
ダメなのかな? でもロープはボロボロで、所々
切れてしまっている。入っちゃダメって言うより、
区切りみたいな?
ロープの向こう側は、草で覆われている。
基本、入らないようにはしてるみたいだけど、でも
問題ない。草むらに入ったことなんて、何度もあるし
お転婆で通したわたしの瞬発力は、多分、クラスでも
一位、二位を争うほど。あぶないようだったら、
回避すればいいだけの事。
わたしはそう思って、張ってあるロープを飛び越えて
手を伸ばす。
乃維が不安そうに呼び掛ける。
「ねぇ、そこって、入っちゃダメな場所なんじゃ?」
「え? 大丈夫。大丈夫。ロープ張ってあるみたいだけど
もうボロボロだから、入っちゃダメって訳でも
なさそうだし。
それにあの木の実、すぐ届く場所にあるから、少しだけ
入るくらい問題ないでしょ」
言ってうーんと唸って手を伸ばす。
うん。届かないし。コレはもう少し前に出るべきだ。
そう思ってわたしは足を踏み出した。
「え、ちょっ待って! 咲良! 下っ!!」
乃維の悲鳴が上がる。
──え……?
思った時にはもう遅い。
途端、ガクンと体が落ちた。
血の気が引く。
何これ。ここ、結構高い。
下をよく見ると崖のように抉れている。
草が生い茂っていて、よく見えなかった。
ゾクッと寒気がした。
やだ。落ちる──!
「──っ!」
悲鳴をあげた。
だけど、声にならない。
落ちる……っ!
そう思って身構えた瞬間、強く手を引かれた。
「え?」
なに?
「咲良っ!」
声が聞こえた。
でも、乃維じゃない。
誰?
太郎、ちゃん……?
──ドサッ……!!
ザザザザザ──ッ!
間髪入れずに、物凄い音が響いた。
近くにいた人たちが何事かと近づいてきて、辺りは
騒然となる。
「うぐぅ……」
わたしは起き上がる。
崖下……じゃない。
咄嗟に誰が手を引いてくれたから。
倒れた時に擦ったのか、腕から血が出てた。
「痛たた」
とんだ失敗。
やっぱりあのロープは、安全柵のつもりだったのか。
それにしても杜撰。
もっとしっかり──
「さ、咲良、咲良……恭ちゃん、恭ちゃんが」
真っ青な顔の乃維を見て、わたしは気づく。
あぁそうか。わたし、助けられた。
多分、太郎ちゃんに。
でも、太郎ちゃんは?
わたしは辺りを見回した。
太郎ちゃんはいない。
代わりに数人の人が崖下を覗き込んで、『おい救急車を
呼べ!』『いや、工作車だ!』と騒いでいる。
え。もしかして。
サッと血の気が引いた。
乃維が、そんなわたしの手を掴む。
微かに震えているのを感じた。
「さ、咲良ぁ。どうしよう。恭ちゃ、……お兄ちゃんが
お兄ちゃんが落ちちゃったよぅ」
真っ青になって、小刻みに震える乃維を見て、わたしは
何が起こったのか自覚した。




