表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さくらのさくら  作者: YUQARI
第9章 交錯する想い。
82/96

2.曖昧な記憶。

「うわ……ほんっと、おっきー……」

 咲良(さくら)が木を振り仰ぐように見る。

 恭ちゃんが言ってた、大きな栗の木。

 実際には栗の木なんかじゃなくって、プラタナスの木。

 別名スズカケノキ。


「ねー。おっきいよねー。プラタナスって、ほっとくと

 すぐにおっきくなるんだって。前に楓ちゃんが

 そう言ってた。しかも公園にあるから伸び放題だよね?

 剪定とかされるかもだけど、環境は抜群にいいはず」

 私がそう言うと、咲良がその言葉に笑う。

「ホントそうだよね。

 あ、でもね楓ちゃんはね、ホントは勉強嫌いなんだよ?」

 言いながらふふふと笑う。


 展望エリアには遊具がないので、あまり遊びに

 来たことがなかったけれど、おおきな木が何本も

 生えていて、隠れんぼには丁度いい。たまに来て

 遊ぶ程度だったから、恭ちゃんじゃないけど、私の

 記憶も曖昧。咲良もそうかな? 咲良は懐かしそうに

 近くの木の幹に触れながら歩いている。

 私はそれを少し小走りになって追う。


 二人で木の周りをぐるりと回る。

 なんでもない行動が、何だか嬉しい。

 告白した返事はもらえてない。

 でも、それでもいっかって思う。

 九年前の話だけど、お守りの中のラブレター? も

 見つけたし。

 咲良は、私がそれを見たのを知っているのに、否定は

 しなかった。

 それにこうして今、私は咲良の後ろをついて行っている

 けれど、来るな! とは言われない。嫌な顔ひとつせず

 時々私を待っててくれる。


 これって、嫌われてないって事だよね?

 付き合う事が無理でも、私はやっぱり咲良の傍にいたい。

 それがたとえ恋人同士じゃなくって、友だち同士でも

 この際構わない。

 一緒にいられたら、それでいい。

 私が今みたいに、追いかければいいんだもん。



 咲良の話は続いた。

「勉強、嫌いなはずなのに、何故か楓ちゃん、急に勉強

 し始めて、『キョータロのとこ行くんだーっ』て

 叫んでた。可笑しいよね? その時にはもう小学校の

 五年生だったかな? わたし、絶対無理って思ってた。

 ほら、城峰ってさ、すっごい人数募集するけど、県外

 からも来るから、結構偏差値高いじゃん。

 だから無理って、そう言ったの 」

「ぶふ。なに、それ? そんなこと言ったの?」

「そ。わたし、あの頃は嫌なヤツだった。

 わたし、四人兄妹(きょうだい)の末っ子で、いつも比べ

 られてた。お兄ちゃん達みたいに頑張りなさいって

 言うくせに、女の子だからお(しと)やかにしなさいって。

 いつもどっちだよ! って思ってた」

 咲良は顔をしかめる。

 私は、──そんな事言われたことがない。

 恭ちゃんみたいにしなさいって言うよりも、じゃあ

 乃維(のい)はどうする? って聞いてくれた。

 恭ちゃんは恭ちゃん。乃維は乃維。分けて考えて

 くれたから、不満はあまりない。


 どちらかと言うと恭ちゃんの方が、意識してたように

 思う。

 前から?

 ……ううん。そう、確かあの事故の日から。

 ──あ。いや、違うか。

 事故のちょっと前。

 そう言えば恭ちゃん、すごく泣いてた日があった。

 あれってなんだっけ?

 私は首を捻る。

 思い出せない。


 とにかく恭ちゃんは、前から『オレは乃維の兄ちゃん

 なんだぞ!』って言ってた。家にいる時はそんな事

 言わなかったのに、遊びに出ると途端威張ってた。

 だから私も面白くって、つい相手してた。

 ふたごだったから、兄とか妹とかあまり意識しては

 いなかったけれど、憧れはあった。

『お兄ちゃん』って呼ぶと恭ちゃんが嬉しそうだったから

 それだけで嬉しかった。


 ──だけど、それがおかしな方向にネジ曲がる。



 顕著になったのは事故が起こる数日前。

 そう、恭ちゃん泣いてた。

 何でだっけ?

 よく、思い出せない──。





 ──ズキッ。




「痛っ」

「! 乃維? どうしたの? ケガした?」

 頭を押さえた私を見て、咲良が心配気に私の顔を覗く。

 頭の痛みはすぐに引いた。

 だけど胸の中のモヤモヤが残る。

 なに──この気持ち。

 ギュッと胸の服を掴む。

「大、丈夫。ちょっと、昔のこと思い出してた」

「昔のこと?」

「うん。……咲良、あの時悩んでたんだなって。

 あんなに楽しそうだったのにって」

 話をズラして、少し笑う。

 あー、笑えてるかな?

 だけど咲良は、ホッとしたように息を吐いた。


「ま。それなりにね。

 みんなそうでしょ? 今思うとバカみたいな悩みなのに

 あの時は必死なの。

 必死でしがみつこうとするから、傷つけなくていい人

 まで傷つけた。

 わたしの場合は太郎ちゃん。

 わたしが乃維のお兄ちゃんになるって、そう言った

 から──」


 そこで咲良は言葉を切った。

 咲良はまだその言葉を後悔してる。

 言わなきゃ良かったって。

 言わなきゃ恭ちゃんは、事故にあわなかったって。

 でも私は──私は記憶にない。

 でも何か、別のことをしてる。

 そんな気がした。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ