1.おみくじの中身。
それを見つけたのは、本当に偶然だった。
見つけたのはどこだったけ?
それはまだ、思い出せない。
でも、少しずつ思い出せている。
そう。あれは咲良の物だ。
咲良がいつも持っていた、猫のハリボテ。すごく大切に
持っていたから、お気に入りなんだってのは分かったし
それがおみくじだっていう事も、オレは知ってた。
何故かって?
だって初詣に行った時、オレもそのおみくじを見た
ことがあったから。
招き猫のおみくじ。
可愛いなってオレも思ってた。
でもあれってさ、色んな猫がいて、おみくじ引く時
悩むんだよね。
黒猫にしようか、三毛猫にしようか。それとも
ハチワレ? 白猫もかわいいなって。
だからオレは引かなかった。正確には引けなかった。
どの猫も可愛くって選べない。結局、別のおみくじを
引いたっけ。
けれど咲良は、三毛猫のおみくじを選べたらしい。
で、その猫のおみくじをいつも大切に持っていたって
わけ。
三毛猫、可愛いんだよね。
何となく雰囲気が乃維に似てた。ふわって笑ってて、
他のよりちょっと丸っこくって。ホンワカしてて。
咲良に見せてって言ったけれど、絶対ダメだって、
めちゃくちゃ嫌がられた。『絶対イヤ!』必要以上に
嫌がるその姿が、まるで頼みに来たその事すらも
悪いみたいな言い方だったから、オレは思わずカチンと
きた。
だから、その猫のおみくじが落ちているのを見つけた時
ちょっと嫌がらせしてやろうと思ったんだ。
肌身離さず持っていたから、中身が大吉だってのは
何となく分かった。
でもそれにしても、遊びに来る時も持っているなんて事
ある? オレなら絶対落っことしちゃうと思うから、
持って来ない。持って来るとしたら、宝箱に入れて
絶対なくさないようにすると思う。
だけど咲良はそんな事しない。
そのままポケットに入れて、時々出しては嬉しそうに
撫でたり眺めたりしてた。
ホント有り得ない。
今だったら、『気持ち悪いやつ』って思ったに違いない。
でも、当時のオレは、そんな事思わずに『咲良は本当に
猫が好きなんだなぁって』思ってた。
そう、中身を見るまでは──。
『のいちゃんへ。
だいすきです。
さくらより』
『!』
ドキリとした。
いやむしろ、ぞくり?
あの時は深く考える事はなかったけど、おみくじの裏。
しかも肌身離さず……とか、これはもはや、
おまじないの次元を超えて、呪詛的な?
ま、やってる本人も、そんな気はなかったのかもだけど。
だけどオレは、少なからずとも嫌悪感を覚えたんだ。
面と向かって言うならわかる。でも、これってない。
オレは当然目を丸くする。
一瞬、意味が分からなかった。
だいすき?
だいすきってなんだっけ?
咲良にとって、乃維が一番ってこと?
オレの頭は混乱する。
大好きにも色々ある。
友だちに対しての大好きとか、家族に向けての大好き
とか。
でもこの時のオレは、咲良は男だって思っていたから、
純粋にこれはラブレターなんじゃないかって思った。
書く練習でおみくじを使った? もしくは大吉の
おみくじと共に、乃維にやろうとした?
どっちにしても、モヤモヤが拭えない。
どっちにしろ、恋愛の対象として、将来結婚したい
相手として、咲良は乃維が好きなんだって、オレは
そう判断した。
実際咲良は、そのおみくじの入った三毛猫のハリボテを
大切に持ち歩いていた。そもそも、友だちに対する
『だいすき』だったのなら、いつでも言えばいい。
だけどそれをせずに、こっそり持ち歩いているって
ことは、そう言う『だいすき』なんじゃないかって
そう思った。
乃維に見つかったら、アイツのことだから、きっと
喜ぶ。だけどオレは嫌だった。
乃維を本当に取られるって思ったから。
だから隠した。拾ったあの時、オレの宝箱に。
猫のおみくじを──。
隠し場所は完璧だった。誰も触らない場所に置いて
ある。御神木の木のウロの中。
振り積もっている落ち葉で隠しているから見えないし、
大人だって御神木に隠してあるなんて、思いもしないに
違いない。見つかったことは一度もない。
乃維や楓真だって、きっと知らない。
だから大丈夫だって。咲良が見つけることはまず
ないってそう思って隠した。
あ、そっか。
すっかり忘れてた。
確か、──その日だ。
オレが、事故に遭ったのは。
──ズキッ。
「……痛っ」
痛む頭を押さえる。
もう、いい加減にしろよ。あれは嫌な記憶なんかじゃ
ない。
確かにオレは心配だった。
乃維が咲良に取られるんじゃないかって。
──恭太郎は、乃維のお兄ちゃんには相応しくない!
そう。あの時言われた。
咲良のあの言葉は、本当に傷ついた。
──咲が乃維のお兄ちゃんになる!
そうだ。
そうだった。
あの時のあの言葉は、そう言う意味だ。
オレから乃維を取るぞっていう脅し。
ん? でも待てよ。あれは確か、猫のおみくじを隠した
後だ。
咲良が怒ったのは、もっと別のこと──。
ズキンズキンと頭が痛む。
咲良は何に怒ったんだっけ?
頭が痛すぎて思い出せない。
「くそっ」
オレは、痛む頭をねじ伏せるように髪を掴む。
頭が痛い。
思い出すなって警告をしてくる。
だけどオレは、いったい何に、傷ついてるんだ? もう
全て解決してしまってるだろ? だって咲良は女の子。
どう足掻いても、乃維の兄ちゃんにはなれはしない。
なれたとしても、それは姉ちゃんでしかなくって、
法律上は家の養女になるか、オレと結婚するしかない。
「…………あー、それはない」
オレは否定する。
確かに咲良は美人だと思う。
いつも何故か目を引いた。
だけどそれだけ。
恋愛的な意味なんてない。
例えば咲良と乃維を天秤に掛けたとしたら、きっと
オレは迷わず乃維を選ぶ。
少しずつ、頭の中が整理されていく。
そうすると少しだけ、頭の痛みが引いた。
そう。オレはただ、乃維の兄ちゃんでいたかっただけ。
あの時の乃維は、明らかに咲良に好意を抱いていた。
子ども心に恋愛とか、そんなの考えてた訳じゃない。
だけど二人は、なんだか距離が近くていつも一緒にいて、
そしてとても仲が良かった。
だから嫉妬した。
だから、乃維を守ろうとした。
いつか咲良が、本当にオレに代わって乃維の兄ちゃんに
なるんじゃないかって。それがひどく──怖くて。
「バカだよなぁ。そんなの、なれるわけないじゃん」
オレは公園のベンチに寝そべって、ぼんやり呟く。
ホント有り得ない。
咲良は女の子で、そして家族じゃない。
どんなに兄ちゃんになりたくても、咲良は乃維の
兄貴にはなれない。
逆にオレは、それが嫌でも、もう生まれた時から
決まってしまっている。
頼りないとか、頼り甲斐あるとか、そんなの関係
ないんだ。悩むだけ、ムダだった。
「ふふ。……ふふふふふ」
わけも分からず、笑いが込み上げる。
「ホントばか。オレって本当にバカだよなぁ」
気分が良かった。
頭痛がもう消えていた。
木漏れ日がキラキラと眩しくて、さらさらと吹く風が
心地いい。
頭が少しずつ冴え渡る。
なに悩んでたんだろな、オレってば。
変な嫉妬までして本当にガキなんだから。
何も悩むことなんてなかったんだ。
「そうなると──」
二人を応援するのも悪くない、とオレは思う。
二人をくっつけるのも面白そうだ。
だから乃維には言った。
咲良よりも早く、宝箱を見つけろって。
猫のおみくじの中身を、必ず見るんだぞって。




