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さくらのさくら  作者: YUQARI
第8章 ワタシのオモイ。
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6.あの頃の『咲』。

 咲良(さくら)がしぶしぶ差し出すスコップを、私は

 奪うように手にする。

 元は鮮やかな水色のスコップ。

 だけど今は、私たちが小さい頃たくさん遊んだからか

 少しくすんだ色になっている。

 子どもの頃の記憶って、案外頼りないものなのね。

 そう思って、咲良に気づかれないようにスコップの

 表面を撫でる。

 たくさん遊んだハズなのに、すっかり忘れてた。

 恭ちゃんに言われるまで、全然気づけなかった。

 咲良は何を思ってコレを持ってきたんだろ? 少しでも

 私との思い出を大切に想ってくれたのかな?


 ザラっとした感触。咲良の使い方が荒かったからか

 スコップにはいくつもの傷が入っていて、滑らか

 だったその表面は、少し毛羽立っていた。

 やっぱり咲良だ。咲良なんだなって思う。


 高校に入って来た咲良を見て、すぐに気がついた。

 気がついて驚く。なんで女の子になってるのって。

 可笑しいよね。咲良はもともと女の子なのに。

 だけど私はそれまで、純粋に咲良の事を男の子だ

 なんて勘違いしてた。

 あぁ、女の子だったんだなって。

 男の子だって思ってた時はカッコイイって思っていた

 けど、女の子の咲良は、美人なんだなって。


 クスッと笑うと、咲良が唇を尖らせた。

「乃維? なに笑ってるの?」

「ふふ。んーん、なんでもない」

 変なのって思う。

 ショックって言うより納得? だからあんなに

 惹かれたのかなって。

 漠然と感じてた違和感。

 普通とは違う何か。そこに何故なのか惹かれてしまう。

 だから私は咲良が気になったのかなって。

 だけどこの想いに嘘はない。

 初めはどうだったのかは思い出せないけれど、でも今は

 咲良が好き。ずっと一緒にいたいって思ってる。


 はぁ……と溜め息を吐きながら、杉の根っこにある

 ウロをスコップでつつく。

 ウロとは言っても、正確にはウロじゃない。

 二本の杉の木が近くにありすぎて、成長途中で

 くっついてしまった為にできた空洞。

 子どもの頃だったら、屈めば中に入れるくらいの大きな

 穴だった。でも今は──

「こんなに小さな穴だったっけ……」

 ぼんやりと呟く。

 私もずいぶん大きくなったんだな。

 妙に実感が湧く。

 九年も経ってるんだし、しょうがないよね。


「確かこの辺……」

 穴の中央に手を差し入れてホジホジするけれど、

 手応えがない。

 もっと奥かな? でもこれ以上は、膝をつかないと

 届かない。あーあ、今日のワンピースもお気に入りの

 やつだったのに……なんて心の中でボヤいてみる。

 だけど今はそれどころじゃない。

 咲良よりも早く、例のあれ(・・)をゲットしなくちゃ

 いけないから。

 私は意を決して膝をつく。


 腐葉土と言うんだろうか。気の近くの土は落ち葉を

 含んだフワフワの土。穴の中も同じで、スコップで

 削るようにすると、簡単に穴が掘れた。




 ──カツン。




「──!」

 手応えがあった。

 私はそっと咲良を見る。

 咲良は眼下に見える街中を見てた。よし、チャンスは

 今しかない。

 私は意を決して、手応えのあった場所に手を伸ばす。

 間違いない。恭ちゃんの宝箱。見慣れたクッキーの

 缶々は、所々錆びてはいるけれど、私と恭ちゃんの

 お気に入りのクッキーの缶。

 遠くに住んでる叔母ちゃんが、遊びに来る時よく

 お土産に持ってきてくれた。

 この辺では手に入らないから、まず恭ちゃんの物と見て

 間違いない。

「……」

 音がしないように慎重に手繰(たぐ)り寄せる。


 宝箱は、土には埋めてはいなかった。多分、ただ

 置いていただけなんだろうと思う。後からその上に

 落ち葉が散って、土になったのかもしれない。缶は

 少しだけ埋もれていてパッと見、そこには何も

 ないように見えた。

 宝箱は思っていたよりも簡単に手に入った。

 私は手で、土を払い除ける。

 開くかな?

 蓋に手をかける。ギギギッと嫌な音が鳴る。

 だけど、開いた──


「乃維? ──見つかった?」


 見つかった!

 私の心臓が跳ね上がる。

 咲良に、咲良に見つかった!

 私は返事をせず力を込めて蓋を開けた──。



 カラカラ……。

 中に入ってたビー玉が転がって、軽い音を立てる。

 ビー玉にミニカー。小さくなった消しゴムに、

 ツルツルの石。それから、それから──

「!」

 私は目当てのものを見つけて手に取った。

 ハリボテの猫。


 手のひらに納まるその小さな猫は、神社のおみくじ

 のひとつでもある。

 招き猫のようになっている猫をひっくり返すと、

 おしりのところにおみくじが筒状に丸めて入れてある。

 わたしはそれを引き出した。

 何の変哲もないおみくじ。だけど、だけど──


「え? ちょっ待っ、それわたしの──」

 咲良の声がするのと、私がおみくじの中身を見るの

 とが一緒だった。

「!」

 思わず顔がにやけてしまう。わたしはソレを慌てて

 ポケットにしまい込む。

「違う。コレは私のだよ」

 杉の木を背にして咲良に向き直る。

 顔が熱い。どうしょう。嬉しい。そして私、ちゃんと

 笑えてるかな?

 私は咲良に向かって、微笑んだ。

 咲良の顔が、泣きそうな程に歪む。

「それ、私の。──私の、だよね?」

「う……ん? それはどうかな?」

 私は笑って首を傾げる。

「えっと、あの。あー……っと、もしかしてそれ、

 読んだ、の?」

 上目遣いで私を見る咲良が、何だかあの頃の小さな

 咲良に見えて可笑しくなる。

 可笑しくて、愛おしい。


「うん。見た。

 恭ちゃんがね、咲良より早く見ろって言ってたから」

 その言葉に、咲良はチッと舌打ちをした。

「あの野郎……」

 ボソリと言ったその言葉は正に、あの時の『咲』。

 男の子だって思ってた、あの頃の咲そのものだった。

 私は可笑しくて、思わず声を立てて笑ってしまった。





 

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