5.ワガママ
わたしを振り切った乃維は、無邪気に二股の
杉の方へと駆けていく。
そして、その木の根っこ付近にしゃがみ込んだと
思ったら、そこに出来ていた木のウロに、突然手を
突っ込んだ。
わたしは驚いて悲鳴を上げた。
「なっ、ちょ乃維!? 何やってんの!?」
いくら整備されてる公園だからとは言っても、虫や蛇が
いないわけじゃない。穴があるからと不用意に手を
突っ込むのはいただけない。
もしかしたら何かの『巣』かもしれないのに……。
「え? だって思い出したんだもん。宝箱のありか。
この木の根っこの穴にね、太郎ちゃ──」
「ばっ! ムカデとか蛇とかいたらどうするの!」
「え。ムカデ? 蛇!?」
途端真っ青になって乃維は、手を引っ込めた。
けれど諦めきれないようで、恐る恐る穴を覗き込む。
……へっぴり腰って言うのは、今の乃維みたいな状況を
表現するのかもしれない。わたしは眉をひそめ
そんな事を思う。
「ううん。そんなのいないみたい」
「……見た目だけで判断しないの。あんなのって隅に
隠れているもんなんだから」
言ってわたしは持っていた風呂敷からお砂場セットを
取り出した。
こんな時のためにと思って、用意したお砂場セット。
ガチガチの土を掘るのは難しいけれど、木のウロを
つつくのには丁度いい。
おおー! と乃維から歓声と拍手があがった。さっき
まで落ち込んでいたとは思えないほどのテンションの
高さで、『さすが咲良さま、お砂場セット大活躍
ですね!』とか言ってる。けど、それってイヤミにしか
聞こえないからね? 乃維。昨日、乃維に笑われたのは
忘れていないんだからね。
でも今の状況だと、ホントめげずに持ってきて
良かったってつくづく思う。……まぁ、ムカデは
ともかくとして、蛇がいた時には、こんなオモチャの
スコップじゃ、何の役にも立たないんだけどね。
叫んで逃げるのが関の山? だけどないよりマシ。
「……とにかくどいて。わたしがするから」
言ってわたしは乃維にジェスチャーで『あっちいけ 』と
指図する。
実はわたし、小さい頃蛇に噛まれたことがある。
自分で言うのもあれだけど、わたしってかなりの
お転婆だったしね。室内で遊んでいる分には蛇とかに
出会わないけれど、どちらかと言うと外の方が好き
だった。
しかも家の庭とかじゃなくて、森みたいなトコ。
オママゴト遊びより外遊びで虫探しとか木登りとか、
そんな遊びを好んでしてた。
だから色んな生き物にも当然出会っていて、生傷も
絶えなかった。今思うとあれだけど、当時はもう
楽しくて仕方なかった。
そんなだから当然、蛇に噛まれた事もあるし、
ムカデに刺された事がある。毒のある生き物って怖い。
驚くほど噛まれた所が腫れて、熱を持つ。
幸いにも毒蛇に噛まれたことはないけれど、あれって
噛まれると呼吸困難に陥るらしい。
人気のないところで噛まれでもしたら、一巻の終わり。
だから、噛まれた経験があるから大丈夫……っていう
事は全くないんだけれど、乃維があんな目に遭うと
思うと血の気が引く。
痛い思いをするんだったら、わたしが受けて立てば
それでいい。
そう、思った。
そう……思ったんだけど──
「やだ」
「…………は?」
わたしは耳を疑う。
乃維、今なんて言った?
てか、そこって、あらがうとこなの?
「スコップ貸して。私がする」
穴を見ながら手を出して、乃維はクイックイッと
手を動かした。
……なにそれ。さっきの仕返し?
見た目的には凛々しい。でもさっき、怖がってたじゃん?
わたしは眉をしかめる。
「……。
いやいやいや、これ、わたしのだし。乃維はどいてて
欲しいんだけど?」
言ってお砂場セットのスコップを見る。
太郎ちゃんが言ってたみたいに、コレは思い出の品。
ホントは真っ先に、乃維に気づいて欲しかった。でも
昔のことだしね、覚えていないのは当たり前。
だけどちょっと悔しい。
そう思うと渡したくない。
意地悪……かも、しれない。
意固地になってるよね。そう思う。
そうは思っても、残念な事には変わりない。
乃維にとってわたしって、それだけの存在。
そんな存在なら、ケガしたっていいでしょ。──そう
不貞腐れた。
ほら、そこどいて! とわたしは再びジェスチャーで
乃維を追い出しに掛かる。
それなのに乃維はなかなか動いてくれない。
「ダメダメ。だって宝箱は恭ちゃんのだもん。
恭ちゃんは乃維のお兄ちゃんなんだよ。だから
私が先に見つけるの!」
「……」
えーっと、そー来る? 言い方がまるで子ども。可愛く
ないんだけど?
でも、あの頃からずいぶん年月は経ってしまったけれど
乃維は乃維なんだなーって、ちょっと嬉しくなる。
乃維は基本、天真爛漫で聞き分けのいい子。だけど
何故かわたしには時々ワガママを言った。
それが少し嬉しくもあり、少し不安でもあり。
もしかしたら乃維は、わたしの事が嫌いなのかなって
思ったりもしたっけ。だからワガママ言うのかなって。
わたしは乃維を見る。
その顔は口調とは裏腹に真剣そのもので、決心は
固いらしい。
──いやいやいや、こんなんで絆されたらダメだ。
わたしは頭を振って、乃維に向き直る。
「絶対ダメ。危険なんだよ?」
「危険なら、なおのこと私がする!」
「……」
駄々っ子ですか。
でも多分言い出したら聞かない。
わたしは深く溜め息を吐いて、手にしたスコップを
差し出した。
ホントばか。
わたしは基本、乃維には弱い。




