4.答えられない想い。
「あ。あったあった! 咲良、あったよ。
大きい栗の木!」
乃維が嬉しそうに走ってくる。
え。ちょ、ちょっと待って。まだ心の準備が
出来ていない。
わたしは、どんな顔したらいいの?
戸惑ってわたしは目を逸らす。
目線を逸らしたせいか、乃維がわたしの傍に来る
速度が緩んだ。
「あ、のね。栗の木……あった」
少し俯き加減になって、乃維が教えてくれる。
笑顔が硬い。
あぁ、わたしが乃維にそんな顔をさせてるんだ。
そんな事を漠然と思った。
だってわたし、返事してないもの。
好きって言われたことの返事。
曖昧に言葉を濁して逃げちゃってる。
それに、乃維の『好き』が、友だちとしての『好き』
なのか、わたしと同じ『好き』なのか、それすらも
確認できていない。
そうだよね。返事しなくちゃ。言葉の意味だって
はっきりさせなくちゃ。
……でも、怖い。
タイミングだって逃してしまった。
今答えるのって、ちょっと変な気もする。
それに、 わたしの勘違いだったらどうするの?
『好き』なんて、意味はいっぱいあるんだから。
………………。
わたしは頭を振る。
ええい! 悩んでいても仕方ない。
「うん、分かった! その木、見に行こっ」
わたしは出来るだけ無邪気にそう言って、乃維の手を
掴んでみた。
ズルいけど、今のわたしに出来る精一杯。
わたしはやっぱり、誤魔化す方を選んだ。
乃維が少し驚いたように、身を強ばらせる。
う。警戒されてる。
そうだよね……不安になるよね。
ごめんね。返事できなくて。勇気がなくて。
だけど、だからって、このままでいい訳でもない。
今は、どうにかこの変な空気を払拭させないと。
「ほら、乃維。早く! どこにあったの?」
場所も分からないのに、わたしは乃維の腕を引いて走り
出す。
「あ。えっと……あっちの方」
困ったように乃維は指差した。
乃維の戸惑いが、繋いだ手からわたしへと伝染
していく。
そーだよね。不安、だよね?
わたしだって、どうしたらいいか分からない。
とにかく今は、何かで気を紛らわせたかった。
ズルいって思ったけど、それ以外思いつかなかった。
ホントわたしって嫌なヤツ。
乃維の手を引きながら、悩みながら、問題の場所へと
たどり着く。
「ほら。この木だよ」
言われて木を振り仰ぎ、そしてわたしは絶句する。
え? あー、……うん。
えっと、栗の木? だっけ? 探してたの。
だけど乃維?
これは、栗の木じゃないんだよ……。
心の中で否定する。
「……」
「ね? 大きな栗の木。スゴイでしょ?」
──いや、スゴイでしょって。乃維ってば、どんだけ
世間知らずなの?
思わず大きな溜め息が漏れた。
「え? あ……ち、違った? 違ったの?
これって栗の木じゃないの?」
「……」
ワタワタと慌てている乃維が、抱き締めたいほど
可愛い。
でも、出来ない。
だってわたし、告白の返事してないもの。そんな
資格ないよね?
何なのこれ。
拷問なの。
「……はぁ」
自分の気持ちを落ち着けるために、わたしは再度
大きく息を吐く。
「ご、ごめん。ごめんね? 私、植物とか興味なかった
から、よく分からなくって」
乃維がワタワタと焦り出す。
確かに、大きくはある。
見上げるほど高いその木は、大人が三人くらい
集まって腕を広げたくらい? そのくらいその木の
幹の太さは太い。そして幹が太い分だけあって、その
高さも見事なものだ。
もみじみたいな形の大きい葉っぱの間から、つんつんと
丸い緑色の木の実が幾つもついている。
あ、コレか。
だから乃維は栗の木って言ったのかな?
「……ふふ」
わたしは思わず笑ってしまう。
そう言えばわたしも、子どもの頃はそんな風に思って
たっけ。待ってたらこの実はどんどん大きくなって
茶色になって、栗の実が出来るって。
だけど、そうはならなかった。
大きさはそのままで茶色にくすんで……だから、あぁ
コレって栗の木じゃないのかもって気がついた。
「ほ、ほら。だって、ちっちゃな栗の実だって
ついてるし」
まだ言うか。
わたしは乃維に向き直る。
「あのね、乃維。コレはね、栗の木じゃなくて、
プラタナスって言うのよ?」
「プラタナス?」
「そう。別名、スズカケノキ」
「鈴掛け……?」
「鈴を掛けてるみたいに、たくさん実がなって
いるでしょう? だからスズカケノキ。
正確には、山伏の衣装についているポンポンの事みたい」
「ポンポン……。え? じゃあ、あれって栗の実じゃ
ないの?」
「そう。栗の木は今、実じゃなくて花が咲いてるの。
花って言うよりも、猫じゃらしみたいなのが何本も
ぶら下がってる状態」
「猫じゃらし……。咲良、よく知ってるのね」
乃維が目を丸くしてわたしを見る。
鳶色の目が、太陽に照らされて更に薄い色に染まる。
目の中の瞳がしっかり見えて、まるで心の中まで
見透かされているような気持ちになって落ち着かない。
思わず目を逸らす。
途端、泣きそうな溜め息が乃維から漏れる。
わたしの方こそ泣きたいよ。
わたしは苦し紛れに呟いた。
「宝箱、見つけよ。この近くかも。
子どもの頃の記憶だし。乃維が間違えたくらいだもん。
太郎ちゃんだって、プラタナスを栗の木に間違えた
可能性あるから」
「うん。……そだね」
乃維の声も小さい。
あぁ、もう! どうしよう。どうしたらいい?
もう言えばいいじゃない。好きだって。
友だちの好きだろうが恋愛の好きだろうが、この際
どっちでもいいじゃない!
──だけど、言えない。
言えるわけない。
だってわたし、女の子なんだよ? 乃維と同性だよ?
有り得ないでしょ。
しかもわたしだよ? ガサツなわたし。
絶対、乃維の勘違いに違いない。
今は良くっても、絶対、捨てられる。
それが怖い。
当然だよねって思うのに、捨てられたくない。
乃維の気持ちが離れていくその時が、恐ろしくて
たまらない。
わたしは……わたしのは勘違いとかじゃない。
ちゃんと乃維が好き。
乃維の今後とか、そんな事すら考えてしまうほど乃維が
好き。
だから、軽はずみな事は言えない。
本当に大切だと思っているから。
「……」
泣きたくなる思いを抱えてわたしは前に進む。
プラタナスの木の近くには、別の大きな木があった。
あれは、杉……かな?
二股に割れてて、いわゆる夫婦杉とか言うやつかも
しれない。御神木とかにつける縄が掛けてあって
近くには小さな祠があった。
「あ。思い出した」
乃維が呟いて、わたしの手を振り切って先に走った。
不安が現実になる暗示。
乃維の何気ないその行動をうけて、わたしはそんな
風に感じて、少し、ショックを受ける。
「……」
でも。うん。そうだよねって納得する。
そう。
きっとこうなる。
将来乃維はきっと、わたしの手を振り切って走って
行ってしまうんだ。たとえ今、上手くいったとしても
きっとわたしは捨てられる。だって乃維は可愛いもの。
きっといつか、ちゃんと大好きな男の人を見つけて、
わたしに笑ってサヨナラを言うの。
わたしじゃなくても、多くの人から愛される乃維。
選ぶのはわたしじゃなくて、乃維。
今もこれからも、選ぶのは乃維。
だから乃維?
わたしは乃維の想いには、答えられない。
だって、傷つくって分かってるから。
きっといつか捨てられる。
それが怖い。
だから答えられない。
乃維の将来の為とか、そんなのウソだ。
自分の心を守るために、だからわたしは、答え
られないんだ。
そう──気がついた。




