3.些細な出会い。
待って。
待って待って待って。
わたしは乃維と離れて、別のところの木の影に
隠れる。
えっとえっとさっき乃維ってば、なんて言った?
思考回路が追いつかない。
これはわたしの妄想?
乃維が好き過ぎて、勝手に乃維の言葉を解釈
しちゃってる?
もしかしてわたし、公園のどこかで倒れて気絶
しちゃってるとか?
でなきゃベンチに押し掛けた後、居眠りしてるとか?
居眠りしちゃって夢見てるとか。
あぁ、きっとそうだ。わたし、たまにあるもの。
動き過ぎて電池切れたみたいに眠る時。
母さんが言ってた『この子はもう、ホントに誰に
似たのかしら』って。
女の子らしくなくってガサツで暴れん坊でじっとして
いないって。後先考えずに動き回るから、こんな
ところで眠くなるんですよって。
それから母さんは溜め息混じりに、床に寝落ち
しかけてるわたしに、毛布を掛けてくれる。
本当は布団まで、抱っこで連れて行ってくれてた
みたいだけど、そんな事すると逆に目覚めて
しまって、後がうるさいからって、そのまま寝かし
つけられるようになった。
床は硬いけれど、冷たくて気持ちいい。
その上、母さんが掛けてくれる毛布が嬉しくって、
ワザと床で寝ることもあったっけ。
わたしはウフウフって笑ってその毛布にくるまって
眠ってた。
ホントやりたい放題だった子どもの頃。
小学校に上がるんだから、いい加減落ち着きなさいって
怒られてシュンとなって、その時この公園で乃維と
出会った。
ううん。正確には、もっと前から知ってた。
ふわふわの髪の可愛い女の子。
でも最初は、子ども心にちょっと近寄り難いなって
思っていたのを覚えてる。
だって乃維ってば、見るからにお嬢さまなんだもん。
動きやすそうな服を着てはいるけれど、近くの量販店に
あるようなやつじゃない。あからさまにロゴがついてる
ブランド品でもない。
でも多分、ちゃんとした一点物。
デザインが明らかに可愛かったから。
通ってた保育園にもいた。
どこどこのデパートで買ったのよ。可愛いでしょって
自慢するあのタイプの女の子。
はっきり言って、わたしの苦手なヤツだ。
だから近づかなかった。
わたし的には、男の子たちとつるんでいた方が楽しいし
気が楽だった。
洋服の事なんて気にせずに、木登りしたり川遊び
したり。
可愛い服?
そんなの着てて遊べるの? なんて言い合って。
泥んこになって帰って怒られたりもするけれど、でも
楽しかったのならそれでいいじゃない。
綺麗な可愛い服にも憧れるけれど、でもわたしは
思う存分遊んでいたい。
そう──思ってた。
だから乃維には近づかなかった。
言われるのが嫌だった。
何で男みたいな格好してるのって。
ウチは男ばっかりだから、お下がりも兄ちゃんたちのが
たくさんあった。
スカートが欲しいって言えば買ってくれたと思う。
でも、照れくさかった。
ふりふりフワフワのスカート。
でもね、その時気づいたの。
あ、あの子と一緒にいる男の子って、見たことある。
あれって……。
よくよく見たら、一緒にいるのって楓真じゃない?
わたしは目を見張った。
楓ちゃんは、わたしの家の近くに住んでいる男の子で
当然、わたしだって遊んだことある。
遊んだことある……くらいの仲じゃない。
幼なじみ? 腐れ縁? 通っていた保育園も一緒だったし
暇な時はどっちからともなく『遊ぼう』って声
掛けてた。
そんな楓ちゃん、
だから、翌日早速捕まえて、話を聞いた。
『え? 公園の男の子と女の子?
あぁ……キョータロと乃維ちゃんの事? 二人はね、
ボクのお母さんの知り合い。
キョータロのお母さんとボクのお母さんが
子どもの頃のお友だちなんだって』
楓ちゃんはそう言ってニコニコ笑った。
え? 嫌なヤツかって? なにそれ。咲良、面白いこと
いうよね? そんな事ないし。キョータロも
乃維ちゃんもいいヤツだよ?
──乃維。
乃維って言うんだあの子。
ぼんやりとその子の姿を思い出す。
可愛い名前。あの子にピッタリ。
そんな事を思う。
確かに見た目的には、嫌な感じはしなかった。
楓ちゃんと気が合うのなら、わたしとも遊んで
くれるかな?
保育園にいる例のあの子は遊んでくれない。
お高く止まっていて、似たような友だち引き連れて、
いつもブランコを占領してる。誰かが使っていたら
どきなさいよって言って、奪ってしまう。とっても
嫌なヤツ。
でもあんなじゃないなら、一緒に遊べる。
楓ちゃんがいいヤツって言うのなら、そうなんだと
思う。だけど──
『ボク、紹介してやろうか?』
『え、紹介?』
『そ、紹介。
お母さん達が話してた。いい学校があるから、紹介
するって。
紹介って言葉さ、なんだかちょっとカッコイイよね?
ボクね、一回使ってみたかったの』
楓ちゃんはヘヘヘと笑う。
『学校? 楓ちゃん、違う学校行っちゃうの?』
それは嫌だった。
楓ちゃんとは気があったから、ずっと一緒にいたい。
楓ちゃんは笑って首を振る。
『ううん。ボクは咲良と西小に行くよ? 家から近いし。
違う学校に行くのはキョータロと乃維ちゃん』
言って少し悲しそうな顔をする。
『ボクね、キョータロに一緒に西小行こうって
誘ったんだ。そしたらたくさん遊べるだろ?
だけどあの二人、今城峰って言う幼稚園に行って
るから、それは無理かなって』
『城峰?』
『うん。私立の幼稚園。知らない?
そこ小学校も中学校も高校も大学もあって、テスト
受けて受かったら入れるの』
『へー。スゴいね』
凄いって言いながら、他人事だった。
『誘われたけど、ボクには無理だから』
『無理?』
『うん。すっごく難しいってお母さん言ってた。ボク
まだ平仮名読めないし。行きたいなら字のお勉強
しなさいって』
『え? そうなの? 咲、教えてあげるよ? 面白いよ?』
『えー……ボク、あんまり好きじゃない。
あ。でも今度、二人を紹介するね』
『うん! 楽しみにしてる』
そんな話を楓ちゃんとした。
でも結局、自分からアプローチした。
だって、楓ちゃん忘れちゃってたんだもん。
そして乃維に鬼ごっこの鬼を押し付けて、二人で
きゃらきゃら笑って逃げてった。
乃維は乃維で地面に座り込んで泣いていた。
可愛いワンピースは、文字通り泥だらけ。
だからほっとけなかった。
置いてけぼりにされた乃維は、捨てられた子犬みたいに
震えてた。
何もかも、自分とは違う女の子な乃維。
憧れるのを通り越して、好きになっちゃうなんて
その時は思ってもみなかった。




