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さくらのさくら  作者: YUQARI
第7章 咲良再び。
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10.誤解。

 いた──。

 

 長い坂道を必死の思いで走り抜き、ようやく展望

 エリアに到達したわたしは、思わず息を呑む。

 すっり油断してた。

 そうだよね、追いかけてるんだから、いつかは

 追いつく。

 だけど目の前に乃維(のい)(とら)えた瞬間、

 わたしの思考は停止した。


 だって、なんて声をかければいい?

 太郎ちゃんに頼まれたから来たけれど、どう声を

 掛けるかなんて、考えていなかった。

 だって最初に逃げたのはわたし。

 それを引き留めようと乃維は必死になって追い掛けて

 くれたのに、わたしは隠れて息を潜めてた。

 もし、わたしが乃維で、そんな事されたらどう思う?

「……」

 きっと嫌だ。

 逃げ出した理由すら分からない。

 なんで自分を避けるのか、理解できない。

 わたしは乃維に対して恋愛感情があるから、多少の

 ことは許してしまえる。でも、乃維は──?


 頭の中が真っ白になった。

 これって、答えを間違えたらヤバいやつだ。

 怒らせてしまったらどうしよう?

 修復不可能? そんなの嫌だ。


 乃維は結構、近くにいる。

 見晴らしのいい展望エリアには、いくつかのベンチが

 設置してあって、そのひとつに、乃維は座っていた。

 しかも、わたしのすぐ目の前。

 幸いにも乃維は街の方を見ていて、わたしには気づいて

 いない。

 あまりにも静か過ぎて、見えなかった。

「……」

 ──ううん。違う。

 そうじゃなくて、もう、いないって思ってた。


 きっと乃維は凄く怒ってもう帰ってしまったんじゃ

 ないかって。

 だから、ここにはもういない。

 太郎ちゃんに言われて追い掛けはしたけれど、でも

 もう、帰ってしまったはずって、勝手に思ってた。


 だからわたしは、乃維に気づかず、そのままベンチに

 腰掛けるところだった。

 ……うん。有り得ない。有り得ないよね、その状況。

 ふぅーと息をついてベンチに座って、横を見たらそこに

 乃維がいるとか。

 恐ろしくてお笑いのコントにもなりはしない。

 あぁ、でもどうしよう。

 バカなこと考えてないで、ちゃんと現実を

 見なくっちゃ。

 わたしは乃維に気づかれないように、大きく息を吐く。


 太郎ちゃんに頼まれたから仕方なく……じゃ、なんだか

 イヤイヤ来たみたいに思われるし、ワザと隠れて

 みたのーなんて、嘘でも言えない。

 どうしよう。ホント、なんて言おう。


 戸惑っていたら、目の前の乃維が、ぐずっと鼻を

 鳴らした。

 それを見て思わず息を呑む。


 え、もしかして泣いてたりする?

 ズキッと心が痛んだ。わたしのせいだ。わたしが乃維を

 置いてけぼりにしちゃったから……。


 後悔が波のように押し寄せる。

 泣かせようと思ったわけじゃない。

 離れなきゃって思ったのは、自分のこの想いのせいで、

 乃維が悪いわけじゃない。でもどうしよう? このまま

 見てる? それとも──


 悩んでいたら、乃維の手が動いた。

 目を擦るような、涙を拭くような仕草。

 そしてすぐ、両手で顔を隠した。

 本格的に、泣き始める。


「──っ」

 無理、もう無理だ。

 見てるだけとか出来るわけない。

 わたしの足は動いた。

「乃維!」

 考えるより先に声が出た。

 自分で自分が止められない。

 でも、後悔もしない。

 もういい。どうとでもなれ!


 乃維が振り返る。

 短めに切りそろえた、少しクセのある髪がふわりと

 舞った。

 不安げで涙いっぱいだったその顔が、途端笑顔に

 なった。

 う。可愛い。

 可愛すぎて目が離せない。


咲良(さくら)ぁ」

 わたしを呼んだ途端、乃維の微笑みがぐしゃっと

 崩れた。

 あ、うん。ブサイク。

 ブサイクだ。

 前言撤回。乃維はかなりブサイク。

 だけどそれがまた可愛くて、わたしはどうしたら

 いいのか分からなくなる。

 抱きしめたい。

 だけど、抱きしめて良いのかな?


 そう思いながらわたしは乃維の傍に駆け寄った。

 近づくにつれて、乃維がわたしに両手を差し出す。

『抱っこして』って言うようなその素振りに、わたしは

 のってしまう。

 だってわたしだって、抱きしめたかったから。


 そして抱きしめて、初めて気づく。

 いい匂い。可愛い。柔らかい。暖かい。ホント大好き。

 好きで好きでたまらない。離したくない。

 近くで見る乃維の髪色は淡い亜麻色の髪。

 ふわふわで癖があって、触れると少しくすぐったい。

 本当に可愛い。

 どうしよう。想いが加速する──。


 

「乃維……」

 呟きながら、乃維の髪に顔を埋めてみる。サラサラの

 髪。悔しいけれど、太郎ちゃんと同じ匂い。きっと

 シャンプーとか柔軟剤が一緒だからだろうな。

 ──当たり前だけど。それが悔しい。

「さ、咲良? くすぐったいよぅ」

 乃維がウフウフと笑う。

 目からポロポロと涙が落ちる。

「……乃維、泣いてたの?」

 泣き笑いみたいになってるその涙を、わたしは掬い

 取る。

「だ、だってだって咲良、急にいなくなるから……」

「……ごめん」

「どうしていなくなっちゃったの? 嫌になっちゃった?

 私と恭ちゃんが、わがまま言ったせい?」

 不安げにわたしを見上げて、乃維は首を傾げる。

「どうし、てって……」

 答えは決まってる。

 乃維が好きで好きでたまらなかった。

 でも、わたしはその想いを伝えられない。

 この関係が壊れるのが怖い。

 乃維を失いたくない。だから言えない。

 でも、言わなければきっと、この関係は終わって

 しまう──。

 どうしよう。言いたい。でも言えない。

 理由なんて言えるわけないじゃない。

「私のこと、嫌い?」

 悲鳴のように乃維が言う。

「」

 わたしは何も言えない。


「嫌いだから逃げたの?

 後ろから来たって事は、隠れてたってこと?

 来るのに時間が掛かったのは、もしかしたら恭ちゃんと

 話してたから?」

 う、鋭い。

 わたしは目を逸らす。

「なんで目を逸らすの──あ、もしかしたら咲良は

 恭ちゃんが好き?」

 そんなわけない。

 わたしが好きなのは、乃維だから。

 わたしは乃維を見る。

「──っ」

 途端、息が止まった。

 乃維の目には、零れ落ちそうな程の涙の玉が光って

 見えた。

「乃維」

 悲鳴のように呟きながら、わたしはハンカチを出して

 その涙を奪い去る。

 乃維はイヤイヤするみたいに首を振った。

「咲良は恭ちゃんが好き。だから、私が邪魔だったんだ。

 咲良が走り出したら私が追い掛けるの分かってて

 走った? だから途中で隠れて恭ちゃんのところに

 戻ったの? 二人っきりになりたくて? 邪魔者の私を

 振り切る為に!?」

 一息で乃維はまくし立てる。

「ちが。乃維、それは違う──」

「──何がどう、違うの!?」

 乃維はぎゅっと、わたしの服を掴んだ。

 見上げる乃維が、なんだか嫉妬しているみたいに

 見えた。


 

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