9.謝罪と後悔。
「乃維ー。
乃維、どこに行ったの?」
わたしは展望エリアに続く道を駆け上がりながら、
遠慮がちに呟いた。
別に人目を気にして、声が小さくなっているわけじゃ
ない。そもそもわたしには、乃維を探さなくちゃ
いけない、ちゃんとした理由があるんだから。
──そう、自分に言い訳してみてはいるんだけれど、
けれどさっき、乃維から逃げ出した上に、隠れちゃっ
てた出前、ちょっとバツが悪い。
だいたい、どんな顔して会えばいいって言うんだろ。
どう考えても気まず過ぎる。
わたしは深く溜め息をつく。
──『宝箱、どうしても探して欲しいんだ』
苦しげな息をつきながら、太郎ちゃんはそう言った。
わたしはその言葉に、嫌だって言えなかった。
だってわたしは、太郎ちゃんに引け目があったし
どうにかして過去を吹っ切りたいと願っていたから。
だから、そのお願い事を叶えるのは、わたしに
とっては義務みたいなもので、ホントは太郎ちゃんが
お願いするような事じゃない。
むしろ『オレの言うことを聞け!』くらいの強気に
出ても、何の支障もないくらい、最もな言い分だと
わたしは思っている。
正直、公園の木は驚くほどの数があって、どこを
探せばいいのか分からないし、太郎ちゃんの過去の
記憶は不安定すぎて、宝箱自体存在するのか
どうかすら疑わしい。
でもわたしは見つけたいって思う。
太郎ちゃんの為とかじゃなくて、自分のため。
過去にわだかまりを持ってしまったわたしが、前に
進むためのキッカケにしたい。見つけたらもう、
全てをふっ切ろう。
過去に犯してしまった自分の過ちと、乃維への
想いを──。
フワッと優しい風が吹いて、わたしは眼下を
見下ろした。
少し高台になっているだけなのに、見晴らしがいい。
思ったよりも高低差があるのかな?
流石にわたしの家は見えないけれど、高校は見えた。
レンガ造りの図書棟がなかなか目立ってる。
わたしは……吹っ切れるのかな?
爽やかな春の風に吹かれながら、ふとそんな事を
思う。
乃維を忘れられる?
この想いをなかった事にする?
そんなのできっこない。
でも──やらなくちゃ。
自分のために。そして、乃維の為に。
宝箱を隠した木が特定出来ないんだったら、
わたしが公園の木を一本一本確認して回ったって
いいし、一生公園の宝箱探しをしてろって言われても
それを実行出来るくらいの覚悟はあるつもりだ。
と言うか、そこまでしないと忘れられない気がする。
何も考えきれないくらい、忙しくしていたら
きっと上手くいく。
だからそこに、乃維がいると困る。
乃維と一緒にいるのだけは嫌。
それだけは絶対に勘弁して欲しい。
そう思っていた。
こんな気持ちのまま、乃維の傍にいるのが辛い。
せめて……せめて、普通の友だちとして付き合える
ように、気持ちの切り替えが出来てから、それから
乃維とは向き合いたかった。
だからわたしは、太郎ちゃんに言ったの。
分かったって。
宝箱はわたし一人で見つけるから、太郎ちゃんは
乃維と一緒に帰ってって。
でも太郎ちゃんは、静かに首を振った。
『それはダメ。咲良は乃維と一緒にいてもらうのが
条件なんだ』
意味が分からない。
なに、『条件』って。
なんでそうなるの?
宝箱さえ見つかれば、それを見つけ出すのがわたし
だろうが乃維だろうが、はたまた太郎ちゃんだろうが
何も問題ない。わたしはともかくとして、太郎ちゃん
側からしたら、そんなの些細なことじゃないのって
思った。
だけど太郎ちゃんは言った。
宝箱の中に乃維の物が一つだけ、あるって。
乃維の物?
わたしは眉を寄せる。
わたしの反応を見て、太郎ちゃんはグッと息を呑む。
『そう。オレ、咲良と乃維に謝らなくっちゃいけなくて
でもその事ずっと忘れてた。忘れちゃダメだった事
今頃思い出したんだ』
絞り出すようなその言葉に、わたしは言葉をなくす。
そうだよね。だって太郎ちゃん、記憶なくしてた
から。
そしてそれは、わたしのせいでもあって──。
『………………』
わたしは、何も言えなくなる。
過ぎ去った過去は、もう元には戻らない。
あれから九年。
ずいぶん時間が経ってしまった。
謝っても謝っても謝り切れない。
でも、償いはしなくちゃいけない。
だって、わたしが全ての原因だったから。
確かに、覚悟はいるよね。
そのひとつの条件が、『乃維といること』なら、それを
受け入れる他ない。
嬉しいようで、悲しいようで、ぐちゃぐちゃになった
この気持ちを消化出来なくて、わたしは訳の分からない
心の重さを感じて、足を止めた。
さっきの太郎ちゃんの言葉が、耳に響く。
『ごめん、咲良。全部オレが悪かった』
言って太郎ちゃんは、真っ青な顔で頭を下げた。
後悔で血の気がないのか、体調が悪くてそうなのか
わたしには分からない。
分からないけど、
『え、何言って──』
わたしは焦る。
だってそうでしょ? 太郎ちゃんは、何も悪くない。
悪いのはわたしで……。
だけど太郎ちゃんの言葉は、わたしの話そうとする
気配を断ち切って、淡々と続く。
『……許してもらえないって分かってる。でも、ちゃんと
謝りたい。
謝るチャンスを、オレにくれないだろうか……?』
『……』
いや、もう謝ってるじゃない。
謝るチャンスってなに?
太郎ちゃんが何を考えているのか、読み取ろうと必死に
なっているところに、太郎ちゃんは畳み掛けるように
口を開く。
『ダメ……かな?』
ポツリと言ったその時の微笑みが、とても悲しそうで
思わずわたしは泣きたくなる。
なんでそんな事言うの?
これじゃ、わたしが謝る隙がないじゃない。
なんで乃維と同じ顔で泣こうとするの?
嫌だって言うことすら出来なくなるじゃない。
『……っ、どうすればいいのよ』
吐き出すように言ったその言葉に、太郎ちゃんの頬に
赤味が差す。
『良かった……っ』
少し顔色が良くなった太郎ちゃんが言った。
三人で宝箱、見つけたいんだ──。
無邪気に笑ってそう言った。
でも──。
だけどそれは無理そうだから、まずは乃維を見つけて。
『乃維を見つけて』
わたしは息を呑む。
いや、だからね。わたし逃げてるんだよ、今、
乃維から。いや太郎ちゃんからも逃げてたんだけど
こうして捕まっちゃったんだけど……。
訳の分からない言い訳が頭を巡る。
いやいや、今更もう、どうもがいても太郎ちゃんからは
逃げきれない。
そう。最初に捕まったヤツが『鬼』になるルール──。
「はぁ……」
わたしは大きく息を吐く。
走って来たから溜め息が出たのか、それとも鬼になった
重圧からなのか。
今のわたしは、ちょっとかっこ悪い。
乃維や太郎ちゃんから逃げ出したのに、今度はわたしが
追いかける番。
鬼ごっこだったら当たり前の状況だけど、今のわたしの
場合は。
「………………」
ホント、何やってんの?
バカなの? わたし。
でも、しょうがない。
しょうがないじゃない。
太郎ちゃんに改めてお願い事をされてしまったら
断れない。
でも絶対変だよね?
どんな顔して乃維と会えばいいって言うの?
「………………」
考えただけで溜め息が漏れた。




