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さくらのさくら  作者: YUQARI
第1章 恭太郎
7/96

6.泣き落とし作戦。

※(以下略)

 乃維(のい)は「とにかく!」と叫びながら、オレの肩を(つか)む。

 その馬鹿力と言ったら!

 ニコニコ笑顔の魔王さまが、握力(あくりょく)全開で掴んできたから

 (かな)わない。乃維の細い指がオレの二の腕にグイッと

 くい込んできて地味に痛い。


 やめて。可哀想(かわいそう)だろ、オレがっ! それ、めちゃくちゃ

 痛いんだぞ!

 必死に抵抗して痛いアピールしたけれど、それでも乃維の

 力は(ゆる)まない。緩むどころか掴む力は

 だんだんと強くなる。

 え、なに? 何でそんなに力強いの? オレは(ひる)む。

 有無(うむ)を言わさないほどの(いきお)いで、乃維はオレに言ってきた。


「平野先生のところに、今すぐ行きなさい!

 すっごく心配しているんだからね。遅れてごめんなさいって

 ちゃんと(あやま)るんだよ!

 だいたい、新入生の代表って言っても、紙に書いてある

 ことを読むだけでいいんだよ? 妙な考えは起こさないで

 素直に(したが)うのが一番なんだからね!」

 言いながら更に物凄い力を肩に掛けてくる。このまま

 だとオレの腕はきっともげてしまう。

 オレは(あせ)った。

 痛い、痛い。肩が抜ける。本当に痛いんですぅうぅぅ。

 そして乃維さんうるさいです。耳元で(さけ)ばないでぇ。


 半泣きになりながら、オレは乃維を(うら)めしげに

 見上げた。無理だと分かっていても懇願(こんがん)せずには

 いられない。だってそうだろ? 無理なものは無理

 なんだ。

 紙に書いてあるの読むだけ? だったら誰でもいいだろ?

 こんなオレになにが出来るっていうんだよ!

 なんの奇跡か知らないけれど、このオレがみんなの代表

 なんて、有り得ない。そんなの務まるわけがないんだ。

 そもそもこうやって逃げてるくらいなんだよ? どう

 考えたって、無理がある。いじめ? いじめなの?

 オレがこれまで、ちゃらんぽらんに生きていたその報い?

 そうだ。きっとこれは、新手のいじめなのに違いない。

 不真面目なオレに、みんなが制裁を加える気なんだ──!



 確かにね、理不尽だとは思う。なんでオレなのって。

 だけどきっとこれは逃げられないヤツ。そんな風にも思う。

 ちゃんと分かってはいるんだ。駄々をこねるような

 やつじゃないって。だからこうやって、一人悩んでもみた。

 だけど、どうやったってやる気は出ないし、どうやったら

 気持ちが切り替わるのかも分からない。

 逃げたくて逃げたくてたまらない。

 やる気さえ出てくれればそれでいい。だけど足がすくむ。

 今まで人を避けてたオレが、まさかの壇上に立つんだよ?

 それってちょっと……いやかなり、ハードル高く

 ないですかね?


 そう思うと、本当に目の前がウルッと(かす)んでくる。

 なんでこんな事で悩まなくっちゃいけないんだ。

 しかもオレって、こんなに涙脆(なみだもろ)かったっけ? なんだか

 とても情けない。

 だけどそんな涙を取り(つくろ)う余裕もない。

 ぐずっと鼻を鳴らしてオレは開き直る。

 いいんだ別に。バカにされたって。嫌なものは

 嫌なんだから。

 それを言うのだって、勇気がいるんだ!

 オレはそう思って乃維を見上げる。

 見上げた乃維は、意外にもウッと息を()んだ。


 そこでオレは目を見開く。

 ん? これはもしかしなくても予想外の展開。

 これはアレだ。反抗的に怒鳴(どな)り返すより、泣き落とし

 の方が効果あるってヤツでしょうか?


 オレは微かな逃げ道を見つけ、ニヤリとほくそ笑む。

 今度は間違いなく心の中で。だけど本当に笑いそうに

 なったから、慌てて下を向く。

 ふふふ。危ない危ない

 また心を読まれてしまうところだった。でも今度は

 そうはいくもんか。

 勉強ばっかで世間から浮いてるこのオレだけど、でも

 人の機微(きび)くらいは、少しは読める。少しくらいは

 読める!オレは心の中で二度言って確信を強めてから

 心の中でニヤッと笑って、顔では泣きそうな表情を

 思いっきり作ってみせた。よし! 完璧。

 これで間違いない。


 うん。──まぁ、ちょっとやり過ぎ感は(いな)めない、か?

 でもこの位やり過ぎ方がちょうどいい。──多分。

 多分、ね。

 でもオレの場合、こうでもしないとすぐにバレちゃう

 からね、本音が。


「乃維……オレ、どうしたらいいの?

 だって本当に無理だろ? オレだよ? 出来ると本当に

 思ってるの?

 平野だって、無理って思ってるんだろ? だったら

 オレじゃなくても、次席でも事足りるだろ?」

 口をへの字に曲げて、首を(かし)げてみせた。うんと

 可愛く。

 ここでのポイントは、クリクリお目目と、同情を引く

 可愛らしさだ!

 男だとか女だとか関係ない! キモくても、可愛いに

 分類される事もある。そこを攻撃する!


 案の定、乃維は情けない顔のオレに見上げられて

 うぐっと息を呑む。

「……きょ、恭ちゃん。そんな可愛い顔してもダメです。

 もう決まってしまっているの。

 それに『平野』ではなくて『平野先生(・・)』!

 先生に無理だって思い込ませてしまったのは、

 恭ちゃんの日頃の行いが悪いから。

 高校生になったんだから、少しは大人にならなくちゃ

 いけないんだよ?

 ほら、恭ちゃんだってやれば出来る子なんだから、ね?

 今回は、それをみんなにアピールする絶好の機会なの!

 だから頑張ろ。ね?

 新しい恭ちゃん。きっと輝かしい未来が、高校生活が

 待ってるんだから! だから今日は絶対に、

 逃がさないんだからねっ!」

 言って軽々と抱き起こされる。


 ぬぉぉおおぉ!? ちょ、ちょっと計画があらぬ方向に

 飛んじゃったんですけど!? ……てか、さすが乃維さん。

 男前。何なのその腕力。分けて欲しいんだけど?

 これが恋人ならリア充まっしぐら……ってとこなんだ

 ろうけれど、悲しいかなコイツはふたごの妹で、

 オレはその兄貴なんだよね。リア充どころか下僕(げぼく)生活

 送っているこの身がとても(なげ)かわしい。くそ。

 引っ掛からなかったか。なにその『ね?』って。可愛くも

 何ともないんだからなっ!


「チッ。もういっそ、お前がやれよ。……挨拶」

 ポロッと本音が()れる。

 言ってから、しまったと思った。

 あぁ、やばい。もうちょっと策を()ってから言うはず

 だったのに!

 ほぼゼロ距離から聞いてしまったその言葉に、乃維の

 顔から色が消え失せる。

「……うわぁ」

 思わずオレは唸った。

 そう。本当に綺麗に色がなくなった。見事なまでに。

 ──乃維が、怒った。


 そう思った時にはもう遅い。これはもう、完全に

 怒ってる。

 オレは乃維の腕の中で(おのの)いた。




 だけどさ、問題はそこなんだよね。

 新入生総代。


 例年、中等部──しかも進学組からそいつは選ばれる。

 年明けすぐに行われた、校内卒業試験。卒業試験なんて

 名ばかりで、実際は居残り組の入試。当然他校を受ける

 生徒は受けても受けなくてもいい事になってる。だけど

 この学院に居残るからには必ず受けろよ! と言うのが

 このテスト。

 その結果、入学の合否と、そのおまけで新入生総代が

 決まる。新入生総代? なにそれ? って思うよね。

 オレだって思ったよ? それ、何する人なのって。

 説明聞くと『あぁ、なるほど』って思う。要は、入学式で

 新入生側の挨拶を言う人なんだってさ。

 聞いてからオレは目を丸くする。




 ──は? いやオレ、そんなの聞いてないんですけども?




 そう言ったけれど、誰も相手にしてくれない。

 知らないのが悪い……の一点張り。

 いやいやその前に、説明とかしておくべきだったんじゃ

 ないの?

 だけど既に後の祭り。

 決まっちゃったんだからしょうがないだろ! って逆に

 オレが、先生から怒られた。

 

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