6.隠れんぼ。
はぁ。
はぁ……はぁ。
ここまで来れば、もう諦めてくれるかな?
わたしはそっと公園の木の影に隠れた。
荒い息をできるだけ隠して、整える。
この公園は確かに広い。
アスレチックエリアや運動エリア、それから街を
見下ろす展望エリアがあるけれど、大都市にある
ような、巨大な公園でもない。
所詮、街中に造られた公園だから、二人がかりで
探されたら見つかってしまう。
闇雲に逃げるよりかは、隠れんぼみたいに身を
隠す方が逃げられる。
「はぁ。しんど……」
自分だけに言うようにわたしは呟いて、その場に
しゃがみ込む。
遠くの方で、乃維がわたしを探す声が聞こえはした
けれど、今はもうしない。全然別の場所に行って
わたしを探してるに違いない。
『ねぇ、今度は隠れんぼしよ』
『うん! じゃあ、ボク鬼になるよ』
『十秒数えてからもういいかいって聞いてね?』
『分かってる!』
『目を開けちゃダメなんだよ?』
『知ってるって! もう数えるからな』
『あ、待って待って、わたしも入れて』
子どもたちの無邪気な声が聞こえた。
そう──今わたしはアスレチックエリアにいる。
宝箱は確か展望エリア。
だから見つかりっこない。
だって反対方向なんだもん。
わたしは木にもたれながら空を見る。
「すっごい晴れてる」
木漏れ日が心地いい。
目をつぶると優しい風が吹いた。
懐かしい匂い。
木の香りのする公園の風。
そう言えばあの時も隠れんぼをしてたなぁ。
ふと、そんな事を思う。
太郎ちゃんが事故にあったあの日。
わたし達は隠れんぼをしていた。
日も暮れかけていて、そろそろ帰る時間だったけど
でもまだ帰りたくなくって、最後に隠れんぼしよう
ってわたしから言い出した。
隠れんぼは、言い出しっぺのわたしが鬼。
わたし達のちょっとした時短ルール。
鬼を決める時間がもったいない。だったら
言い出しっぺが鬼をするといい。そんな安直な考え。
後は普通の鬼ごっこ。
最初に見つかった子が、次の鬼をする事になっている。
わたしはあの時、ズルして太郎ちゃんが隠れるところを
こっそり見てた。
だって話があったから。
大切な話。
大切?
ううん。今思えばくだらない話。
乃維のお兄ちゃんには咲がなる! って言う
あのバカみたいな子どものケンカ。
いつもなら言い返すはずの太郎ちゃんが、あの日は
言い返す事なく、真っ青になってわたしを睨んでた。
近くの滑り台から、楓ちゃんがそれを見てたのを
わたしは知っている。でも、そんなのどうでも
良かった。
鬼ごっこは続いた。
わたしの次に鬼になった太郎ちゃんは、みんなが
隠れた後、勝手に家に帰り始めた。
本当は迎えが来るはずだった。
お父さんとかお母さんが。
子どもだけで遊ぶっていうのも、今思えば危ない気も
するけれど、あの時はそれが普通だった。
街中の公園。
近くには交番もあったし、車の流れも緩やかだった。
近所の人たちも顔見知りで優しくて、誰かが
子ども達を見てる。
多分、そんなのそんな心の緩みがあの事故を起こして
しまったんだと思う。大人が見ていたのなら、
あんな事故は防げたかもしれない。
そしてわたし達だって、大丈夫だって思ってた。
もう子どもじゃない。
子どもだけど、そんなに子どもじゃないもんって
思ってた。
──公園に行ってきます!
行先さえ言えば、大抵は許された。
大きな国道に近づかなければ。
遠くに行かなければ。
そんなわたし達の子どもの頃。
「咲良。みーつけた」
不意に声が降ってきた。
わたしは息を呑む。
恐る恐る声の方を振り返った。
見上げてみれば太郎ちゃんが、木に腕をもたせ掛けて
嬉しそうにこっちを見下ろしている。
「ひっ……」
思わず変な声が出て、口を押さえる。
え、なんで?
何で太郎ちゃんがここにいるの?
「いや、『ひっ』って……それ酷くない?」
太郎ちゃんは困ったように頭を掻いて隣に座る。
「え、ちょ、なに?」
わたしは身構える。
すると太郎ちゃんは困ったように笑った。
「ホント咲良って、オレには容赦ないよね?
そんなに嫌い? ……オレのこと」
「……っ、嫌いって言うか、苦手って言うか」
むしろ正直嫉妬心しかない。
口ごもるわたしを見て、太郎ちゃんは薄く笑う。
「咲良、小さい頃から変わらない。
あ、見た目はすごく変わったよ? オレ、お前のこと
男だって思ってたし」
でも──と太郎ちゃんはクスクスと笑った。
「隠れんぼの時、いっつもここに隠れてただろ?」
「!」
その言葉にドキリとする。
「思い……出したの?」
「ん? あぁ、だから1部だけ。
四人で遊んでいた事とか、咲良がオレを嫌ってたって
事とか、それから公園の様子?
オレね、実はすっごい方向音痴。直ぐに迷子に
なるからって、母さんが乃維に『絶対目を離しちゃ
だめだから』って言ってるの聞いちゃった。
酷いだろ?まるで赤ちゃん扱い。オレの方が
お兄ちゃんなのにって膨れた事あってさ、でもこの
公園だけは行ってもいいってお許しが出てたんだ。
近くだし交番あるし、親戚のおじちゃんちが近くに
あるし。
あ、ほら。オレが事故にあった時、通報してくれた
おじちゃん」
「あ、あの」
だからか、とても親身に対応してくれたように思う。
「そ。今でも会うと必ずあの時の話になって、記憶は
戻ったかーってしつこいの。
ガキん頃の記憶なんて、無くても困らないって
言ったら、あぁ、そりゃそうだっていつも高笑い。
そんだけ言えるなら大丈夫大丈夫って……結局オレ
たくさんの人に迷惑掛けちゃった」
言って太郎ちゃんは、わたしの顔を覗き込む。
やっぱりふたごだ。仕草が乃維に似ていてドキリと
する。




