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さくらのさくら  作者: YUQARI
第7章 咲良再び。
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3.お膳立て。

「恭ちゃん、大丈夫? 今からでも帰る?」

 気遣わしげな乃維の言葉が聞こえて、わたしは

 顔を上げた。太郎ちゃんの顔色は、その言葉通り

 青い。もしかしたら本当に無理して来たのかもしれない。

 だったら、来なければ良かったのに。

 わたしは、はぁ……と息を吐く。


「調子、悪くなるって分かってて来たの?」

 言うと太郎ちゃんは、物憂げな顔でわたしを見る。

「ん。──いや、大丈夫だって思ったんだ。

 それはホント」

 じゃあ、ウソはどれ。

 と思ったけどスルーする。

「本当はさ、心配だったんだ」

 ぼそりと言う。

「心配?」

「そ。心配。

 乃維と咲良、ちゃんとやってるかなって」

「え、何それ。ひどい」

 太郎ちゃんの言葉にムスッとしながら乃維が答える。

 し始めた。

 いや、でも確かに、頼まれたことは何一つしてない。

 昨日は買い物に行って、ケーキを食べただけ。

「……」

 思わず顔を背ける。

「あ。ほら。咲良は思い当たる事あるみたいだぞ」

 言って太郎ちゃんはクククと笑う。

「え? 咲良!?

 ──っ! あ、でも恭ちゃん? 昨日はケーキ、買って

 帰ったでしょ? 何もしてなかったわけじゃ

 ないから!」

 乃維が必死になって言う。

 だけど太郎ちゃんは頭を振る。

「いや、そーゆー事じゃないんだなー。

 なにも(・・・)してない。せっかくお膳立てして

 やったのに」

「……お膳立て?」

 ──お膳立て。


 その言葉が妙に頭の端に引っかかる。


 ちょっと待って。

 わたしも何か、忘れてない?

『今』の話じゃなくって、『昔』の話。

 子どもの頃あった何気ないひとコマ。

「……」

 考えても、思い出せない。

 何かあった。乃維に知られたくない何か。

「うーん」

「え、咲良までどうしちゃったの? 気分悪くなった?

 今日はやめとく?」

「あ、うん。そうじゃなくて、何か思い出せそうだったの。

 子どもの頃のこと……何か、忘れてる気がするんだよね」

 目の端で、太郎ちゃんがニンマリと笑う。

 笑ったはずなのに、その口から出たきた言葉は

「はぁ……しんど。じゃ、オレ……もういいかな?

 もう家に帰っても。

 釘はちゃんと刺したから。後は上手くやれるだろ?」

 だった。


 釘? 釘ってなんの事? 太郎ちゃん、いったいなにを

 考えてるの? と言うか、何しに来たの。

 ツッコミたいけれど突っ込めない。

 わたしは少し不安になる。

 不意に思い出しそうになったものがなんなのか、よく

 分からない。だから尚更不安になる。


「ダメ! ダメだよ! よく考えてみたら、場所がよく

 分からない! だから太郎ちゃんも来てっ!」

 わたしはそう言った。

 太郎ちゃんの目が丸くなる。

 だよね、わたしも驚きだよ。太郎ちゃん引き止める

 とか。有り得ない。

 そこで太郎ちゃんの口許の笑みが、初めて消えた。


「はぁ? なに言ってんの?

 ……だから、大きい木だよ。一番でっかいの。

 乃維が分かるから。秘密基地にしていた大きな木」

「公園に何本木があると思ってるの。あの公園は元々

 山だったんだよ? 秘密基地いっぱい作ったじゃん。

 どの秘密基地?」

「どのって──」

 太郎ちゃんの余裕が消えて、慌て出す。

 ふん。いい気味。どうせわたしが自分の言葉に

 素直に従うとか、そんな風に思ってたんだろうけど

 わたしだって馬鹿じゃない。ちょっとは抗って

 太郎ちゃん困らせること出来るんだから。

 太郎ちゃんは口を開く。

「だけど伐採もされてるだろ? 乃維が言ってたぞ?

 だから探す場所は限られて──」

「知らないの? 伐採されたのはアスレチックエリアだけ。

 あとの木は伐採じゃなくて、保全されてて手入れ

 されてるから、むしろ大きくなってる!」

 は? 何それ……と呟いて太郎ちゃんは公園のある

 方向を見た。

 そして唸る。

「うっ。やっぱ無理っぽい。気持ち悪い」

「ウソ言ってもダメなんだからね。絶対もう、平気

 なんでしょ」

 言ってわたしは太郎ちゃんの腕を引っ張った。

「ち、違う。ウソじゃない。

 咲良、ホントにダメなんだって」

 真っ青になって抵抗する。

 イヤイヤする太郎ちゃんが面白くて、わたしは心の

 中でしめしめと思う。

 そうか、この方法があったのか。


 太郎ちゃんの強いところでケンカしても勝ち目

 なんてない。だったら弱いところを見つけるべきだ。

 だけど太郎ちゃんは基本、弱味を見せないし、

 唯一の弱点である『過去の記憶』をほじくるのは

 気が引けた。

「あ、そっか──」

 思わず声に出る。


「『そっか』って? なにが『そっか』?」

 太郎ちゃんがフルフル震えながらわたしを見る。

 子どもの頃苦手だった太郎ちゃんが、まるで

 可愛い子犬に見えた。

 少し、微笑ましい。そっか。太郎ちゃんからは、

 逃げて行こうとすると追いかけて来る。だから

 こっちから甘えて行けばいいんだ。

 基本、人が苦手な太郎ちゃんは、近づいて来る

 人間に弱い。そーゆー事。

 逃げればついてくる。でも追いかければ──


「……。ううん。なんでもない。

 とーにーかーく、太郎ちゃんには来てもらいますからね。

 場所の把握は必須なんです」

「え!? いーやーだあぁぁ。乃維助けて。

 咲良が、咲良がオレをイジめるんだぁ」

「ふふ、良かった。恭ちゃんと咲良が仲良くなって」

「はぁ? 乃維、どこ見てるの?

 オレ、イジメられてるんだよ?」

「太郎ちゃん? これはイジメじゃないの。だって、

 太郎ちゃんが初めに言い出した事なんだよ? 宝箱を

 探してって──」

「いや、そーゆー意味じゃ……」

お兄ちゃん(・・・・・)、良かったね」

 にこやかな乃維がとどめを刺す。

「乃維ぃぃぃ……」

 お兄ちゃん(・・・・・)という言葉に、太郎ちゃんは弱い。

 力を無くした太郎ちゃんは、仕方なしについてきた。


 太郎ちゃん、こんな可愛いところもあるんだ。いがみ

 合ってたから全然知らなかった。

 そっか。楓ちゃんはこれを知ってたんだね。

 わたしは、ほくそ笑む。


 楓ちゃんはなんで太郎ちゃんの過去なんてほじくり

 出そうとするんだろうって思ってた。だけど今は

 分からなくもない。

 楓ちゃん、ああ見えてSっ気あるから。太郎ちゃんを

 いじろうと、あえて話題に出したのかもしれない。


「……」

 わたしは哀れみの目を太郎ちゃんに向ける。

「な、なに……」

 太郎ちゃんは泣きそうな顔でわたしを見た。

「ううん。なんでもない。

 ただ、……太郎ちゃんも大変だなぁって。そう思って」

「──だったら帰してくれればいいのに」

 ブツブツと言う。

 それが可笑しくてわたしは微笑んだ。


「やっと仲良し四人組になれるね」

 わたし達を見て、無邪気に乃維がそう言った。

 

 

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