6.別腹。
ホテルのケーキバイキングブースにつくと甘い香りが
漂ってくる。
やったっ!! 今回のケーキバイキングは苺と抹茶が
メイン。甘~い苺とほろ苦の抹茶なんて、想像する
だけでテンションが上がる。
ここテリジアホテルのいいところは、大安売りの
ケーキバイキングと言えども手を抜かないところ。
ケーキの飾りつけはもちろんだけど、会場設定も手が
込んでいる。
大人向けのシックなデザインもいいけれど、今日は
ケーキバイキングという事もあって、対象は子どもや
女の子。さらに今回は、春のバイキングってことで
テーマカラーがピンク。
ふわふわのクッションやレースをふんだんにあしらった
内装に、男性陣は二の足を踏む。全くいないわけじゃ
ないけれど、他の季節のケーキバイキングよりも
男の人の数は少ない。恭ちゃんもそのクチだしね。
だから思う存分ケーキを堪能できる。
男女平等とはいうけれど、やっぱりふわふわ可愛い
ものに女の子は惹かれるし、男の子は少し恥ずかしく
なってしまう。
ただの色に過ぎないのに、不思議だよね。
あれかな? 先入観だとか思い込み? こうだ! と
決めつけられた事柄を刷り込まれ過ぎて、自由が
なくなってるってやつ。もっと自分の好きなものに
自信を持って『好き』って言えればいいのに、
なかなかそうはいかない。言ってみたい。だけど
言えない。
恥ずかしいんだよね。好きって言うの。
──でもさ、なんで恥ずかしいんだろ?
好きなものがあるってことはいい事なのにね。
何はともあれ、夏の青、秋のオレンジ、冬の白は
ともかくとして、春のピンクだらけのケーキ
バイキングは、恭ちゃんにはハードルが高いらしい。
大好きなイチゴのケーキがたくさん出るのに行き辛い。
だから私も控えてたんだけどね。春のバイキング。
まさかこんな形で来れるとは。
「ひゃ~ん! 美味しそう!」
思わず悲鳴をあげる。だって本当に美味しそう
なんだもん。
小さく切り取られた、色とりどりの可愛いケーキたちが
トレイの上に綺麗に並んでいる。
イチゴだけじゃなくて桃やグレープフルーツ。キウイや
枇杷なんてものもある。
ああ、どれから食べよう……!
私たちは、ウエイトレスさんに席まで連れて行かれるや
否や、ケーキを取りに行った。当然ですよ。たくさん
食べますよ?
苺のミルフィーユに、ショートケーキ。
苺ムースにゼリー。
それから苺のプディングタルト!
赤い苺が見た目にも鮮やかに彩られ、食欲をそそる。
「ねぇねぇ、抹茶チーズケーキも美味しそうだよ」
咲良が感嘆の声をあげる。
そう! そうなのです抹茶!
今回は苺と抹茶のフェア。
抹茶のお菓子もあるのだけれど、なんとここテリジア
ホテルでは、抹茶を点ててくれるの! もちろんこれは
注文してから点ててくれるから、すぐには出てこない。
知っている人は知っている、裏メニュー。
私はさっそく抹茶を頼む。早く頼んでおかないと
時間内に飲めなくなっちゃうの。
「かしこまりました」
執事のような格好をしたウエイターさんが品良く頭を
下げる。
実は、このウエイター、ウエイトレスさんも高評価。
ケーキバイキングの日にはタキシードとメイド服に
なるのです!
密かにメイド服に憧れる女子は、このテリジアホテルの
ケーキバイキングの時期を狙ってアルバイトに来る子も
多い。審査は厳しいらしいんだけど、時給も高いし
学校からの許可も出やすいってことでかなりの倍率に
なっている。
ま、私は色気より食い気だけどね。
メイド服着るチャンスよりも、バイキングに参加出来る
チャンスの方が重要だ。……ん? いや待てよ?
もしかするとバイトで来たら、タダでケーキ食べ
られたり?
「」
そこは盲点だった。再考が必要だ。
けれどさすがに抹茶までは点ててはくれまい。となると
その選択肢はない。
ほろ苦抹茶を飲みながらケーキを頂く。
なんて贅沢なんだろう!
ただね、綺麗に飾られた店内で、お嬢さま気分……
なんて事はあるわけなくて、ひたすら食べるのに
没頭する。
あー、アレですよ。人には見せられないってヤツ?
だって、抹茶の他にも珈琲やジュース各種も完全完備。
その上、抹茶を使ったケーキもたくさんある。これは
目移りしてしまうのは必須案件。こんな中で優雅に
お茶して時間過ぎるとか勿体ないしね? 欲望丸出し
ですよ。
ちなみに私は、悩みに悩み抜いて苺のミルクレープと
抹茶プリンをチョイス。
小ぶりに作られているから、たくさん持ってきても
いいんだけど、ケーキだしね。太るのも必須。ここは
慎重にお腹と相談しつつ食べるのを決めて
いかないと……
「ひっ」
思わず口から悲鳴がほとばしる。
そういや、いたっけ強者が。
そう。咲良デス。
えー、嘘でしょう? なにあのお皿。
有り得ないケーキの量なんですけど?
私の目が点になる。
だってすごいんだもん。
初っ端から飛ばす気だ。
前から咲良の甘いもの好きは知っていたけれど、あれ
ほどとは。
「……」
王道の苺のショートケーキから始まり、変わり種の
キャラメル胡麻入り抹茶ムースケーキ、それに
イチゴ抹茶クレープとプリン。フルーツタルトも
あるし、桃のフルーツパフェも乗っている。多種多様の
ケーキたちを器用にお皿に盛って持って来た。
……身のこなしの優雅さは認めるよ?
だけどそれはない。
それはないよ! 咲良。
「……相変わらず、よく食べるんだ」
呆れて私がそう言うと、
「甘いものは、別腹なのです」
と、すました顔で言った。
いや、別腹っていくつ腹あんの?
……まぁいい。どの道私もそのくらいは食べちゃう
かもだし、ね。




