1.非情に過ぎていく時間。
「ごめん……待った……?」
言いながら私は咲良の傍へと駆け寄った。
咲良は何も言わず手を口に当て、そっと下を向く。
うわ、怒らせちゃったかな?
慌ててスマホの液晶を見る。液晶画面に表示されて
いる時間は十時三十分。うわ、三十分の遅刻って。そりゃ
怒るよね?
私は慌てて咲良の顔を覗き見る。
「ごめん。ごめんね、待ったよね?」
遅刻したのには理由がある。単純だけど洋服を選んで
いたから。
だって今日は、太郎ちゃんの隠した宝箱を公園に探しに
行くって話だったから、汚れてもいい服がいい
だろうって思って、パンツスタイルでガッツリ
決めていた。汚れてもいいように黒っぽいやつ。しかも
動きやすいように伸縮自在のパンツ履いてたら、
恭ちゃんに思いっきり溜め息をつかれた。
『はぁ。お前ってさ、どーしてそう色気ないの?』
私はムッとする。
色気ってなに。
宝探しに色気っているの?
てか、このパンツだって履けば足が細く見える
優れものなんだから!
睨んでると恭ちゃんが呆れた声で言った。
『あのね、宝探しっつっても、本格的なのじゃなくて
むしろ忘れ物取りに行くくらいの状況なの。土の中に
埋めてるわけじゃないし』
『え? そうなの?』
私は素っ頓狂な声を上げる。
だってさ、考えてみてもみてよ。十年くらい前のもの
なんだよ? 土に埋めてなかったら、誰かに取られる
とか、捨てられるとかしてて当然。だから基本土の中
だって思うのが一般的。そして土を掘り返すなら
やっぱりパンツ姿だと思うわけで……。
なので私は反論する。
『そしたら残ってないかもだよ? あの公園って、市が管理
してるから、清掃作業とかも充実してるし』
『大丈夫。大きな木のウロに隠したから』
『ウロ?』
『そう。ウロ』
『……? ね、恭ちゃん。ウロって何』
『…………そこからか』
恭ちゃんは大きな溜め息を吐く。
ごめんね。バカで。
『ウロって言うのはな、木の内部が腐ってなくなったり
小動物なんかが穴を掘って出来たりする木の空洞のこと。
ほら、あの公園大きな木がたくさんあったろ?
その中のどこかだったと思うんだ。
ウロの中に木の葉がいっぱいあったから、埋める必要も
なかったし、ウロだから雨風もしのげそうだったから、
そこに入れたの。
多分今もそこにあるんじゃないかな? あんなとこ
誰かが触るとか思えないし』
なんて言い出す始末。
いやいやいや、そんなこと言うけど恭ちゃん?
恭ちゃんはしっかり触ってんだよ? あの後あそこで
恭ちゃんみたいな子が来て、遊ばなかった……っていう
保証はどこにもない。
『なかったらどうするの? 確実に持って帰る自信なんて
ないからね』
私は弱音を吐く。
絶対ない。私はそう確信してる。だってもう十二年前?
そんな昔のこと、覚えていたのにもビックリだ。
いや、それを私たちは思い出させようとしてるん
だけど……。
だけど恭ちゃんは笑った。
『別にいいよ。なくったって。
だけどあったらあったで、都合がいいんだ』
『都合?』
『……それは、こっちの話。
とにかく、咲良はオレに引け目を感じてる。楓真が
一生懸命、気にするなって諭しても、聞かなかったのは
咲良の方なんだぞ? これはもう、それなりの罰を
与えないとアイツは納得しない。
だからこれは、その時の罰なの』
──罰。
その言葉を聞くと、咲良が余程のことをしたように
聞こえてしまう。
だけど咲良がしたのは、恭ちゃんと子どもじみた
言い合いだけ。まだ小さかった咲良に、その罪を
問うのは酷なような気がした。
『だから、お前にも行ってもらうの』
恭ちゃんは私の頭をぽんぽんと叩く。
『罰半分、遊び半分。……それなら良いだろ?』
『……え。うん。それなら』
『だから、着替えろ。それ、可愛くない』
『……(怒)』
そんなこんなで、私はお気に入りのワンピースを着た。
基本、ワンピースが好き。コーディネートが楽だし
着心地も楽。こんなに重宝するものはない。
だけど問題は──。
『お前さぁ……』
クローゼットを目の前に、恭ちゃんが唸る。
いやいや待て待て。一応乙女のクローゼットなん
ですけど、覗かないでくれますかね。
ムッと睨んでみるけれど、恭ちゃんは屁でもない。
掛けてあるワンピースの1枚の裾を摘んで持ち上げる。
『これって、いったい何着あるの……』
『じゅ、……十二枚』
答えた途端、はぁ、と恭ちゃんが溜め息を吐く。
『なんなの月一ペースなの? どんだけワンピース好きなの。
前はこんなになかっただろ?』
前──とは、恭ちゃん発狂事件の時だ。何を思ったのか、
私のワンピースを着て破った事がある。
あの時もそうだけど、ホント女の子のクローゼット
開けるとか、有り得ないからね!
『もう! いいでしょ! 好きなものは好きなんです!』
言って部屋から追い出した。
そんなこんなで三十分。
慌てて飛び出して来たんだけれど、やっぱり
間に合わなかった。
大丈夫って思ったんだけどね。
時間って、ホント非情だよね。




