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さくらのさくら  作者: YUQARI
第5章 咲良
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9.宝物。


 ──『あのさ、咲良(さくら)


 図書館で、太郎ちゃんが言った。

『オレ、思い出したんだよね』

「……っ、」

 その言葉に、わたしは息を呑む。




 ──思い出した(・・・・・)




 何を?

 わたしは尋ねるように目を太郎ちゃんを凝視する。

 結局のところ、わたしは太郎ちゃんの記憶を取り戻す

 事に否定的だった。だってそれは、わたしのした事が

 暴露されるって事だから。

 誰にも知られたくない、わたしの秘密。


 あの頃のわたしは、本当に嫌なヤツだった。

 嫌な事があると、平気で当たり散らしたし、口も

 悪かったって自覚してる。

 自分は可愛くないから、オシャレしても同じだって

 思ってたから、うちのお兄ちゃんのお下がり着て、髪

 なんてすっごく短くして、手入れが楽だって逆に

 喜んでた。

 乃維(のい)や太郎ちゃんに会ったのは、そんな時。

 二人はふたごだったけれど、うちと同じ兄と妹。だけど

 全然違う。

 太郎ちゃんは乃維に『お兄ちゃんって言え!』なんて

 言っていたけれど、偉そうなうちのお兄ちゃんみたい

 じゃなくて、ちゃんと乃維を気遣ってた。

 乃維もその事に気づいていたから、太郎ちゃんの言う

 ワガママにも笑って付き合ってた。


 いいな、って思った。

 二人の、その関係が。


 だから乃維は、あんなに可愛いのかなって。

 周りの人たちから愛されている人は、たいてい可愛い

 かったから、きっとそうなんだって。

 だからわたしは、可愛くないんだって。


 二人を見るとイライラした。

 いつも幸せそうな二人。同い年なのに、なんで

 わたしだけ、こんなにも必死なんだろ?


 当時、わたしはピアノを習っていて、遊ぶ時間すら

 ままならない。同い年の太郎ちゃんや乃維、それから

 楓ちゃんは、好きなだけ遊べるのにわたしだけなんで

 遊んじゃダメなの?

 羨ましくて羨ましくて仕方なくって、色んなものに

 当たり散らした。


 特にその八つ当たりの対象になったのが、太郎ちゃん。

 で、その事に気づいていたのが楓ちゃん。

 でも多分、乃維は知らない。

 鈍感だったのか、太郎ちゃんと楓ちゃんが言わなかった

 からか、理由はしらないけれど乃維だけは、相変わらず

 わたしに優しく笑いかけてくれて、荒れた心が癒された。

 だから好きになった。

 多分、わたしも隠していたんだと思う。太郎ちゃんと

 わたしが本当は仲が悪いって事。

 だから勘違いしてた。あんなに仲良かったじゃない

 って。

 本当は、そんなんじゃない。

 わたしが騙してた。 大好きな乃維を。

 だけど乃維のその笑顔を失いたくなくって、わたしは

 必死だったの。

 乃維が好き。

 だからわたしも乃維を守ろうって思ってた。乃維を

 守れるのはわたしだけなんだって。


 だけど事態は急変する。

 あの事故で。

 楓ちゃんに『もう二度と会うな!』と念を押された。

 悔しかったけれど、会う術すらない。だけどきっとまた

 会えるに違いない。そう信じた。

 わたしが覚えていれば、いつかどこかで乃維に会えるに

 違いないって。


 離れ離れになったあと、わたしは心に誓う。

 今度会う時は、乃維に相応しいわたしになっていよう

 って。嫌われないように自分を磨こうって。

 だから人に優しくしたし、オシャレだってした。

 友だちも増えたけれど、でも、わたしの心の中には

 乃維だけがいた。

 乃維が全て。

 乃維の為に頑張った。

 だから──


 子どもの頃の嫌な自分を乃維に知られたくない。

 知られるのが怖い。

 やっと再会出来たのに。少なくとも前よりもいい関係が

 築けそうなのに。

 それなのに全てがまた、ゼロになる──。


 そんな事にはしたくない。

 だからわたしは、子どもの頃の事を『思い出した』って

 言う太郎ちゃんのその顔を、血の気の引く想いで見上げた。

 乃維と同じ顔が笑った。

 けれど乃維とは違う、悪魔のように何かを企んでいる

 嫌な顔。人形のように整った太郎ちゃんのその顔が

 余計不気味さを際立たせる。




『な、何を思い出したの?』




 わたしは絞り出すように、そう聞いた。

 太郎ちゃんは微笑む。

『うん? もちろん大切な宝物を、だよ?』

『たから……もの?』


 思っていたのとは違う答えに、わたしの警戒が少し

 緩む。ホッとした……まではいかないにしても、まだ

 危機的な状況じゃないみたい。

 だけどいったい、何を思い出したんだろ?


 そう思って見ていると、太郎ちゃんは再び何かを

 思い出すように、うーんと唸って口を開く。

『そう。でもまぁ、思い出したって言っても、まだ

 部分的になんだけどね。

 だから全部じゃない。

 でもね、確かにオレって、宝物を持ってたと思うんだ。

 クッキーの小さな缶々に色々入れて宝物って言ってた。

 そんな気がするんだ』




 ──ねぇ、咲良。




 呼ばれてわたしは太郎ちゃんを見る。

 太郎ちゃんもわたしを見る。そしてニヤリと笑う。

 全部は思い出していないって言う割には、悪どい顔を

 してた。

 太郎ちゃんって、こんな人だったっけ──?

 そんな疑問が、全身を支配した。

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