8.降ってわいた幸運。と、不幸。
「ごめん……待った……?」
息を切らしながら、乃維が駆けてくる。
うわ、なんだろ。このラッキーな展開は。
思わず口を手で隠してしまう。
乃維が可愛い。めちゃくちゃ可愛い。
淡いフワフワのワンピースに、少し肌寒いからか
ニットのボレロをその上からそっと纏っている。
緩やかなデザインのそのボレロは、乃維の手のひらを
半分隠せるくらい袖は長くて、そこから見える
桜貝色の細い指先が、ひどく繊細に見えた。
これは、ずるい。
学校ではむしろ、しっかり者の乃維なのに、私服に
なると途端趣きが変わる。
少し癖のある髪は絹糸みたいに細く艶やかで、毛先が
ふわりと舞っていて、思わず触りたくなってしまう。
「ごめん。ごめんね、待ったよね?」
声まで可愛い。
どうしよう。好き。好きすぎてどうにかなってしまい
そう。
わたしは跳ね上がる心臓を押さえながら、慌てて
乃維を見た。
「う。ううん。わたしも今来たとこだから」
「良かった。──あ、あっちの方にね、可愛いお店が
出来たんだって! 行ってみてもいいかな?」
言って有無を言わさずわたしの手を握る。
わたしは慌てる。
乃維は何でこんなにも無防備なんだろ? わたしが
どんな想いを抱いているかなんて、ちっとも
知らない。もし、バレたらどうなるんだろう?
それを思うとひどく怖かった。
フワッと笑って、軽く首を傾げるその仕草が、
泣きたくなるほど可愛い。
わたしはメロメロになる。
可愛いホントに可愛い。
好き。
好きで好きでどうしようもない。
どうして、こんなにも好きになってしまったんだろう?
どう足掻いても、不幸になるって分かってるのに。
「──っ」
わたしの心がズキリと痛んだ。
乃維は女の子。わたしと同じ女の子。だからきっと
どこかで別れが来る。
それは分かってる。それなりに覚悟はしている。
だけど最悪なのは、乃維と友だちだって事。
わたしの恋が敗れても、友だちとしての絆はきっと
切れない。
そしてその事実が、わたしを更なる地獄へと突き
落とす。
いっそ異性同士の失恋の方がまだよかった。すっぱり
縁を切ればいいもの。
でも同性同士で、親友だったらそうはいかない。
好きだと告白すら出来ずに失恋して、そしてずっと
傍に居続けるのかな?
大好きな人が、別の誰かといるところを、ずっとみ続け
なくちゃいけないの? わたしは耐えられるのかな?
耐えられなくなったら縁を切る? わたしから?
それは──有り得ない。
好きになったその瞬間から、失恋を覚悟して、別れを
自分から言い出す──なんて、不毛なんだろ。
バカなわたし。
乃維なんて好きにならなければ良かった。
乃維じゃなくて、太郎ちゃん好きになれば
良かったのに。
離れ離れになったあの時に、キッパリ諦めちゃえば
良かったのに。
そしたら楽だった。
傷つかずにすんだのに。
でも、無理だった。
だって好きだもの。
本当に、好き……だから。
諦めきれなかった。
わたしは必死に笑みを浮かべ、言葉を絞り出す。
「うん。もちろんいいよ!」
どんなに悩んだとしても、今がラッキーな展開なのは
間違いない。でも、──悲しい気持ちになっているのも
本当。いっそ泣いてしまえたら、どんなに楽だろう?
だって目の前の大好きな人は、どんなに想っていたと
しても、きっといつか男の人に、取られてしまうん
だから。




