7.本音。
「なんでって──」
わたしは言い淀む。
だから言ってるでしょう? 太郎ちゃん傷つけたのは
わたしだって。あの事故は、わたしのせいなんだって。
だけど太郎ちゃんも乃維も笑い飛ばした。
でもね、笑い飛ばされたら、謝ることすら出来ない
じゃない。
「……」
わたしはそっぽを向く。
そしたら太郎ちゃんは大きく鼻で息を吐いて、わたしの
隣の椅子に座った。いやいやいや、落ち着かないで
くれるかな?
わたしは別に、太郎ちゃんと話したいわけじゃない。
あの日のことは悪かったなって思う。だけど前ほどでは
なくても、太郎ちゃんに対しての想いは複雑だ。
わたしは眉を寄せた。
「ここってさ、」
不意に太郎ちゃんが口を開いた。
「え?」
「ここってさ、思ってたよりも居心地いいんだね」
言って辺りを見回した。
ここは図書館……と言っても小中高校舎にある小さな
図書室とかではなくて、別棟に建てられた図書館に
なる。
元はここが一番古い学び舎だったらしくて、新しく
出来た校舎によって、使われなくなったこの旧校舎を
壊すには忍びないと図書棟として復活させたもの
みたい。
学校にあった歴史的文化財なんかを展示してある他、
一階部分はカフェになっていて、ちょっとオシャレな
雰囲気を醸し出している。
椅子なんかも、わたし達が座っているのは一般的な
木の椅子だけど、ソファなんかも置いてあって
くつろげる空間になっている。
一般にも解放してあって、お茶を楽しみながら本が
読める。そんな憩いの場となっている。
レトロな雰囲気……と言うか、そもそも建物が古い。
赤レンガの建物の内部には、当時使われていた家具や
照明が今なお健在で、歴史好きのわたしとしては
ヨダレが出るほど魅力的な場所。
だから入学してから今まで、一人になりたい時とか
考え事をしたい時には、ここを利用していた。
そんな図書館があるこの学院に、通算十二……いや
十三年間か? を過ごしてきた太郎ちゃんが吐く言葉
とも思えない。
わたしは眉を寄せる。もしかして知らなかった?
──まさか、ね?
そんなわたしに気づいて、太郎ちゃんは困ったように
自分の頭を撫でた。
「えっとさ、初めて入ったんだ。この図書館──」
「──え、えぇぇえぇ!? ……はぐっ」
思わず叫び声を上げて、慌てて口にふたをする。
目だけでキョロキョロ辺りを見回したけれど、過剰反応
する人はなくて、みんな静かに本を読んでいたり
談笑してたりしていて、なんだか少しホッとする。
思わず大きく息を吐いた。
信じらんない。十三年もいて、一回も来たこと
ないとか。
呆れてわたしは、まじまじと太郎ちゃんを見る。
そしたら太郎ちゃんは、更に困ったような顔をした。
「あー……だよね。確かに説明は受けてたよ?
歴史的文化財で蔵書数もかなりあって、プチ博物館に
なってるからって、一回くらいは見に行けよって
中学の担任とかに。
でも校舎にも図書室あるし、調べ物あったとしても
その図書室で足りるだろ? わざわざここ来る必要も
ないし、蔵書数あっても全部読むわけじゃないし」
太郎ちゃんのその言葉に、私はあー、うん。そりゃ
そうだ。と心の中で呟いた。
例え蔵書数が少なくても、定期的にどの図書館も
入れ替えがあるし、基本的なものはおさえてある。
図書館のすべて読みつくせ──なんてうちのお父さんは
言ってたけれど、それはどだい無理な話。
本は嫌いじゃないけど、そんなに悪食じゃない。
好きなものはすぐに読んでしまうけれど、嫌いな分野は
一行読んでも頭に入って来ない。だからどうしても
偏ってしまう。
私は少し頷いて見せる。
「そ、だけどさ、好きなジャンルは読み尽くしちゃうん
だよね。ラノベとか物語のところとか特に」
わたしは言って、目の前に置いた本を撫でる。
わたしは物語が好き。
恋愛ものに推理小説。異世界ものに妖怪とかお化けの
話。
だけど哲学とか数学とか、手作り系の本や辞書図鑑は
ほとんど借りたことがない。そもそも全部制覇する
人たちって、そこも読むのかな? なんて思ったりも
する。
そう言えばわたしの友だちに、広辞苑読んでた子が
いたっけ。それ面白いの? って聞いたら意外に
面白いのよって言って勧めてきた。
読んでみたけれど、まあそれなりに?
国語辞書と違って詳しく説明が載ってて、読み応えは
ある。あるけどあの分厚い本を読破しようとかは
絶対に思わない。
「ふーん。じゃあ、咲良としては、蔵書数が多い方が
いいんだ?」
太郎ちゃんは無邪気に聞く。
事故の後、記憶をなくした上に、ひどい人見知りに
なったって乃維は言ってたけれど、この人懐っこい
笑みは今も昔も変わらない。
わたしは諦めの溜め息を吐く。
これのどこが人見知りなのよ。記憶なくしてほぼほぼ
初対面のわたしに、ついてきちゃったんだけど。
「……分かんない。
ぶっちゃけね、蔵書数多くても、少ない図書館に置いて
ある本がなかったりもするんだよね」
「──え?」
太郎ちゃんは目を丸くする。
わたしは笑った。
「そりゃそうでしょ? 世の中、どんだけ本があると
思ってるの?
どんなに蔵書数が多くったって、その全てを網羅
するとか絶対無理だから」
「──あ、そっか」
太郎ちゃんは頷いた。
さすが。理解力はあるんだ。妙なところで感心する。
基本、素直なのかもしれない。
顔良し。頭良し。性格良し。そして多分、お金持ち。
ここまで来ると、太郎ちゃんはかなり優良物件だ。
わたしは笑いながら太郎ちゃんを覗き込む。
「ね、太郎ちゃんってさ、モテるでしょ」
少し意地悪をする。
間違いない。こいつはモテる。
だけどわたしは興味ない。
むしろ、わだかまりしかない。
わたしが好きなのは、あくまで乃維だから。
でも不思議だな。
──と、わたしは思う。
乃維は好きなのに、乃維と同じ環境にいて、見た目
そっくりな太郎ちゃんを忌み嫌ってたんだから。
本当なら太郎ちゃん好きになった方が健全だとは思う。
だって男の子だし。
自分が女の子なのに、同じ女の子好きになるとか
どうかしてる。なんでこんな事になったのって思う。
どんなに男の子っぽい格好をしても、どんなに男の子
っぽい言動や行動を取ってみても、わたしは女で
どう足掻いても、絶対に男にはなれない。
だから太郎ちゃんが羨ましいとは思う。
男の子で乃維と一緒に過ごせる太郎ちゃんが。
でも、女の子でいるのが嫌ってわけでもない。
事故があって乃維と離れ離れになっちゃって、やけ
起こして女の子らしくなろうと努力したけど、でも
それは苦痛じゃなかった。
むしろ楽しかった。
あぁわたしはやっぱり、女の子なんだなって。
人によっては自分の性別に違和感を覚える人もいる
みたいだけど、わたしはそんな事はなくて、女の子
としてのオシャレも楽しめた。
変だよね、わたしって。
だったらいっそ、ふたごの太郎ちゃんの方に乗り換え
ればいいのに。ライバル意識燃やすんじゃなくって
好きになってしまえって。
その方が断然楽で、健全だから。
いがみ合うより分かり合える方が、いい事なんだよ
って。
「……」
でも違う。
でも、違った。
乃維が男の子だったら……なんて思ったこともない。
女の子の乃維だからこそ大好きで、女の子だからこそ
わたしは悩んだ。どうして好きになったのかなって。
勘違いかなとも思った。
気のせいだって。
離れていれば、忘れるって。
でも──
「それは無い」
「!」
キッパリと言い切った太郎ちゃんの声に驚いた。
思わず目を見張る。
……えっと、なんだっけ。
そうだ、聞いてたんだ『モテるでしょ』って。
太郎ちゃんが言ったのは、その答えか。
わたしは目を逸らす。
一瞬、自分に言われてるかと思った。
動揺で心臓がバクバクと音を立てた。
乃維が好きなのは、勘違いじゃないんだって。
そう──言われた気がした。




