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さくらのさくら  作者: YUQARI
第5章 咲良
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4.不器用なやさしい手。

「楓ちゃ……楓ちゃん」

 思わずそんな言葉が出る。

 今までみんな自分より下だって、無意識に見くびって

 た。だけどその事に気づいた今、『楓真』なんて呼べ

 やしない。

 すがるようにその名前を呼ぶ。

 呼んでみると、心が軽くなった。

 あぁ何でわたしは気づかなかったんだろ? こんなにも

 周りには人がいたのに。素直に頼れば良かったんだ。

 こんなにもバカだったんだ。わたしって。


 見上げると、気持ち悪そうにそんなわたしを見下ろす

 楓ちゃんの顔が見えた。

 涙が溢れて止まらない。

 誰だっけ? 上を向けば涙は流れないって。あれ絶対

 嘘だし。止まらないじゃない。


「いやいやいや、『楓ちゃん』って言われるの、地味に

 キモチワルイからやめてね」

 楓ちゃんは嫌そうにそう言って、泣きじゃくるわたしの

 背中を撫でてくれた。それがとても心地いい。

「楓ちゃ……、ごめん。ごめんなさい。

 すごく。すごく不安で堪らなかった……」

 本音が溢れた。

 涙も更に溢れてくる。

 止め方なんて、もう分からない。


 そう。本当はもう、ずっと前から辛かった。

 それを言えば侮られるって思ったから、言えなかった。

 自分が誰よりも上の立場でいる為に、必死になって

 もがいてた。

 負けない。

 誰にもわたしは負けないって、そう思って。


 でももう、頑張るのは止める。

 意地張って強がって見せても、所詮わたしはわたし。

 根本的なものは何ひとつ変わらない。

 楓ちゃんに来るなって雰囲気出されて、必死になった。

 負けられないって思った。どうにかして城峰に行って

 やるぞって思った。


 だけど怖くもある。

 ずっと罪悪感があったから。

 恭太郎(きょうたろう)……太郎ちゃんが事故ったのは、わたしの

 せいなんだって、そう思ってたもの。

 別に交差点で背中押したとか、飛び出せと言ったとか、

 そんな直接的な事じゃなくて、間接的な事。

 太郎ちゃんが気にしてたあの一言。




 ──恭太郎は…………らしくない。




 その一言が太郎ちゃんを傷つけた。

 あの子と一緒。受験を一緒に受けた、あの子と一緒。

 太郎ちゃんだって頑張ってた。

 届かないって分かってても、必死に背伸びして手を

 伸ばして自分の理想に追いつこうとしてたのに、それを

 わたしが蹴落とした。

 だからきっと、自分もそうなるって思ってた。

 油断してたら、わたしもあぁなるんだって。


 そう思っていたからこそ、わたしは恐れた。

 きっと言われるって思ってた。『なんでお前が城峰(ここ)

 来たんだ』って。お前なんか呼んでない。来なくて

 良かったのにって。

 そう、言われるんじゃないかって。



 でも、太郎ちゃんは──。




「だから言ったろ? キョータロ、記憶なくしてるん

 だって。拒むわけないだろ?」

 忌々しげに楓ちゃんが言う。


「うん。そだね。ホントだった」

「……嘘って思ってたの!? あんだけ言ったよね? 事故で

 記憶失くしたって。だからそっとしておけって」

「う……ん。でも、嘘だって思ってた。

 来るなって言ったのも、独り占めしたいからって」

「なにそれ。やっぱり宗旨替え──」

「違う。……そんなんじゃないし。

 楓ちゃん、太郎ちゃんの事傷つけた人、絶対許さない

 って思ってたから」

「うん。許さないけど?」

「……」

「けどアイツ、お前に興味持っちゃったから、しょうが

 ないだろ?」

「興味?」

「そ。興味。

 癪だけどキョータロ、お前に興味持っちゃってる」

「え"。うそ」

「」

「ないない。それはない。

 楓ちゃん、知ってるでしょ? わたし恨まれてるはず

 だよ? それなのに興味?」

 わたしの対応に、楓ちゃんは苛立たしげに溜め息を

 ついた。

「だーかーら、さっきから何回も言ってるだろ?

 キョータロは無くしてるの。記憶を無くしてるの!

 好きとか嫌いとか、恨みとか好意とか、そんなの全部

 ……全部なくなってるの。だから危うい。

 だから今度は、俺がお前を利用する──」

「──利用」

 怒りを抑えるような溜め息。

 その音を聞くだけで、気分が滅入る。

「そ。利用」

 言って楓ちゃんは笑顔を向ける。

「」

「お前はさ、キョータロ、好きにはならないだろ?」

 言われてわたしは考える。


 まぁ……そうだ。わたしが好きなのは、少なくとも

 太郎ちゃんじゃない。

 だからこくりと頷く。

 それを見て楓ちゃんは満足気に笑う。

「だよね。だから安心。

 手、組むよね?」

「……」

 言われて戸惑う。

 この悪魔と手を組んでいいものか。

 そう悩んでいたら、楓ちゃんが続けた。


「だから俺も、手を出さない」

「──っ」

 その言い方にゾクリとする。

 何に? わたしに? それとも──

「なにそれ。脅してるの?」

「」

 楓ちゃんはわたしを睨む。

「俺はね、咲良。お前のことホントは信用してない。

 お前もそうだろ? 基本、人を信用できない」

「……っ」

 その言葉が、ズキリと胸に刺さる。

 だよね。そうだと思う。

 どんなに変わろうと願っても、心の奥底の疑いは消そうと

 思っても消すことなんて出来ない。

 楓ちゃんは多分その事を言ってる。

 だけど多分、わたしが乃維を好きな事と楓ちゃんが

 太郎ちゃんを好きな事は同じ次元の話で、例えばそれが

 ふたごで似てるからって、逆になる事なんて有り得ない。

 有り得ていたなら、とっくにそうなってた。

 同性愛が認められる世の中にはなってきたけれど、でも

 結局のところわたし達は異分子でしかない。

 でもその異分子同士で手を組む。

 それは多分最強で──。


 楓ちゃんの表情が穏やかになる。

「脅されたくなかったら、も少し周りも見ろよ」

「……っ。うん」

 頷いたと同時に、涙が溢れた。

 多分これは脅しなんかじゃなくって、楓ちゃんの

 優しさなんだって思った。

 ぽんぽんってわたしの頭を叩く楓ちゃんの手は、言った

 言葉に反して、妙に優しかった。

 

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