2.言い訳の材料。
R6.5.12書き直ししてます。
前回書いてたのを半分にしました。
──『俺さ、城峰受かったんだ』
三年前、楓真が急にそんな事を言ってきた。
小学校の卒業式の数日前。
わたしはハンマーで頭を殴られたような、そんな衝撃を
受けた。
え? なに? 受かった? 受かったって、いったい
どこに?
疑問がムクムクと膨れ上がる。
楓真は笑って言った。
『だから、来月から俺、城峰に行くの。
キョータロに逢いに』
満面の笑顔で言う楓真が、悪魔に見えた。
なに、その裏切り──。
『そんなの……聞いてない』
絞り出すようにわたしは言った。
きっとあの時のわたしは、ものすごい顔だったんじゃ
ないかなって思う。だけど、なりふり構ってられな
かった。
とにかく、ズルいって思った。
抜け駆けだって。
言ってくれれば、わたしだって頑張ったのに。
楓真とわたしとの学力差は、そんなにない。体力だって
楓真には負けない。
楓真にできる事なら、わたしだって出来る。
──ずっと、そう思ってた。それなのに、これは
ズルい。
抜け駆けされたら、出来ることも出来ないじゃない!
『うん。だって言ってないし。言ってたら、咲良もついて
くるだろ?』
『……』
当然だ。
当然だよ? そんなの分かりきってるじゃない!
楓真なに言ってるの。
わたしは、楓真が言ってることの意味がわからず、
目を見開いて楓真を見た。
楓真は笑った。
『咲良。俺、知ってるんだよ?
お前がキョータロにした事』
息を呑んだ。
まさか知られてたとか。
楓真の目が細くなる。
顔から笑みが消えた。
『だから言わなかった。知られたくなかった。
だからギリギリまで、黙ってた。
誰にも言わないでって、親や先生に口止めもしたんだ。
咲良、分かるよね? この意味』
楓真が笑う。
無言の圧力。
まるで城峰には、絶対来るなと言わんばかりの圧。
だけど、そんな訳にはいかない。
わたしだって追い掛けたかった。城峰──ううん。
城峰にいる、わたしの大切な──
「咲良」
さっきとは全然違う、強い口調で楓真がわたしの名を
呼んだ。そうだよそれだよ。それこそ楓真だよ。
だけど心が縮む。
楓真は続けた。
「あの時俺さ『城峰には来るな』って、牽制したつもりで
言ったんだけど、分かんなかった?」
お前、バカなの? と言わんばかりの口調。
「──っ、」
楓真の目が冷たい。
悔しい。
言い返したい。
でも──
言葉が、出ない。
「………………」
下を向くと、涙がポタポタと落ちてきた。
自分の手なのにぼやけて全然見えない。
あぁ、泣くって、こーゆー事なんだって、妙に納得
する。
黙り込んだわたしを見て、楓真は『はぁ』と息を吐く。
「咲良ってさ、なんか変わったよね」
吐き出すように言ったその言葉に、わたしは頭の中が
真っ白になる。
変わった? なにが?
……あぁ、わたしの見た目──?
そりゃ頑張ったもの。
「──見た目じゃなくて、中身が」
「……」
なんなの楓真。エスパーなの。
頭の中を読まれたみたいになって、わたしは眉を
寄せる。
「中身?」
「そう。中身」
楓真は言った。
「正直、咲良とはもうあわないって思ったんだよね。
卒業したあの日から」
──あわない。
あわないってなんだろ?
『会わない』なのかな?
『合わない』なのかな。
きっと、後者だなって、訳の分からないことをわたしは
思う。
だけどショックじゃない。わたしも思った。
楓真とわたしは水と油。
だけど同じ液体。
絶対に混じり合わないのに、同じ仲間。
それがひどく
キモチワルイ──。
多分それは楓真だって、同じように思ってるのに
違いない。
だからこそ城峰受けるって教えてくれなかったし、
だからこそ水野家のその後を教えてくれた。
ポロポロと涙が零れる。
ひどく遠回りをした。
そう。あれは言い訳だった。
ちょうどいいタイミングで、城峰受けたいって子が
いた。
だからそれに乗っかった。
わたしも受けてみようかなって。
一緒に頑張ろうよって。
わたし、知ってた。
あの子には無理だって。
だって実力が、全然伴っていなかったから。
でも、黙ってた。
楓真は来るなって言った。
でもしょうがないでしょ? 友だちの付き合いだったん
だよ。
そう、言い訳にする為に。




