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さくらのさくら  作者: YUQARI
第5章 咲良
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1.溢れ出る涙。

「でさ、いったい何を考えてるの? 咲良(さくら)


 二人きりになった教室で、机に置かれた例のノートを

 撫でながら、楓真(ふうま)はわたしに尋ねてくる。

 わたしは軽く下唇を噛む。

「楓真には関係ない」

 ムスッとしながら言うと、楓真は軽く笑った。


「あれ? いいの? そんなぞんざいな言葉使って。

『楓ちゃん』って言ってくれないと、乃維(のい)ちゃんどっかで

 聞いてるかもだよ?」

 ニヤッと笑う楓真が憎たらしい。

「……まさか同じクラスになるとか、思ってなかった」

「ふふ。キョータロと? それとも乃維ちゃんと?」

 言いながら楓真はいたずらっぽく笑う。

「まさか、ね? そんなわけない。

 俺と、同じクラスになるって思ってなかったんだろ?

 あの俺が城峰(しろみね)の特進クラスとか有り得ないってさ。

 俺だって必死なんだよ? しがみつくのに」

 なにに(・・・)しがみつくの? なんて聞かない。しがみつく

 対象は分かりきってる。

 わたしは口を開く。

「楓真──きもちわるい」

「それ、お前だけには言われたくない。その言葉そっくり

 そのまま返してやるよ。

 それともまさかの宗旨替え? 確か『太郎ちゃん』

 だっけか? あんなに(きら)ってたのに、ここにきて

 あんな呼び方すんの? 乃維に言われたから?

 まさかお前、キョータロ狙ってるんじゃないだろな。

 あぁ……それとも、別の意味(・・・・)で狙ってるの?

 そんなの、俺が許すとか思ったの?」

 楓真の顔が途端厳しくなる。

 わたしのこめかみがそれに反応して、ピクリ……と

 不快感を示す。

 相変わらず楓真の言葉には、棘がある。

 ホント嫌味なやつ。


「そんなんじゃ、ない……」

 唸るようにわたしは言う。

 宗旨替え?

 キョータロを狙ってる?

 そんなの、冗談にもならない。

 楓真だって分かってるでしょ? わたしの想いは

 小さい頃からずっと変わらない。

 ずっとずっと想い続けて、やっとここに来たん

 だから……!


 楓真は、そんなわたしを静かに見る。

「あぁそっか、確か親友と受験した──んだっけ?

 目的なんてあるわけないよな?

 その友だちが(・・・・)ここ城峰に来たかったんだろ? お前

 じゃなくて、その友だちが(・・・・)

 やけに『友だち』を強調する。そんな楓真のやり方に、

 わたしの不快感は更に募る。

「……っ」

「あぁそれとも、やっぱりそのお友だちは隠れ蓑(・・・)

 お前もよくやるよね?

 普通に素直に言えないの?わたしは乃維(のい)ちゃんが

 好──」「──やめて!」

 思わず声を荒らげた。


 それ以上言われるのには耐えられない。

 嫌味半分、からかい半分で、わたしがずっと想い続けて

 きたこの気持ちを茶化すなんて、そんなの許さない。

 黙れ黙れ黙れ、それ以上絶対なにも言わさない……っ!


 だけど、睨むつもりで見上げたその目から、ポロポロと

 涙が零れた。




 ──「あ」




 誰が言った『あ』なのか分からない。

 わたし自身、自分が出したその涙に戸惑った。泣くとか

 思ってなかったし、泣きたいとも思ってなかった。

 だから目の前の楓真だって、わたしが泣くなんて、

 これっぽっちも思っていなかったと思う。


 楓真との付き合いは長いけれど、鬼みたいなわたしが

 涙を流すとこなんて、楓真は一度も見たことがない。

 見せたこともない。

 驚いて当然だ。

 わたしだって驚いたから。

 わたしが泣くとか、有り得ない。

 そう──有り得ない。

 だってずっと、そうならないように頑張ってきたから。

「……」

 必死になってその涙を隠そうと手のひらで拭った。

 だけど涙は、後から後から溢れてきて止まって

 くれそうにない。わたしは手の指の間から、楓真の

 様子をそっと覗き見る。目を見張る楓真の顔が見えた。

 変な顔。

 柄にもなく困ってる。


 ……そう──だよね。

 可笑しいよね?

 うん。笑いたければ笑えばいいよ。

 自分だって、この気持ちが何なのか分からない。

 言葉にしてしまったら、何もかもが壊れてしまうような

 そんな想い。

 だから言えない。

 言う訳にはいかない。

 ずっと言えなかった。

 言えばきっと壊れてしまう。

 でも、壊したくない。

 そんな──『想い』。


 もちろん、勘違いだって思おうともした。

 気のせいだって。

 離れ離れになって、音信が途絶えたら、きっと忘れ

 られるって。

 だから苦しくないよって。

 自分に、言い聞かせて……。


 だけど、そうはならなかった。

 逢えないって分かると胸が締め付けられた。

 逢いたくてどうしようもなくて、叫びたくって

 泣きたくって、でも、あの時子どもだったわたしに何が

 出来るっていうの?

 どうしたらいいのか分からなくて、結局ここに来た。

 来てしまった──。




「咲良──」


 柄にもなく、気遣わしげな言葉を掛けてくる楓真が

 憎い。

 その声に、自分が情けなくなる。

 自分は同情される側なんだ。……そう実感した。

 笑われる事すらなくて、ただ同情されるだけの存在。

 それが許せない。

 そんな声を出す楓真が憎い。

 らしくないじゃん。そんな楓真は見たくない。


 だけど、

 自分がもっと憎い──。

「……」


R6.5.12書き直ししてます。半分に分けました。

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