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さくらのさくら  作者: YUQARI
第4章 乃維
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9.闇、病み、yummy。

「さてと。じゃあ、どこからいこうかな……っと」


 楓ちゃんは、言いながら自分のカバンから紙とペンを

 取り出した。

 チラッと見えたそのノートの表紙には『キョータロ

 観察日記』なる題名が書かれている。


 ──ん?


 私は目を見張る。

 えっと、ちょっと待て。今、なんて書いてあった?

 まさかの見間違えか?


 そう思って改めて見たけれど、間違いなく書いてある。

『キョータロ観察日記』。思わず恭ちゃんの反応が

 気になって恭ちゃんを見た。けど、当の本人は全く

 その事に気づいていない。そもそも恭ちゃんは窓の

 外ばかりを見ていて、こっちの状況なんて興味なさ

 そうだ。


 おいおい恭ちゃん……? 全くのやる気無し?

 そんなんでいいの? 自分のことでしょ?

 楓ちゃんやりたい放題やっちゃうよ?


「はあ……」

 思わず大きな溜め息が漏れる。

 この人間にこの親友あり。

 類は友を呼ぶ?

 ホントどこから突っ込めばいいのか。


 ただアレなんだよね。そーゆー二人だから見ていて

 飽きない。何かしらやらかしてくれるから、だから

 目が離せないって言うか、なに仕出かしてくれるのか

 ワクワクしている自分がいるのは確か。


 あ、でも、この二人……というか、どちらかと言うと

 楓ちゃんからの圧が強い気もする。

 楓ちゃんが恭ちゃんに関わろうとするその距離感が

 なんだか近過ぎるなって、いつも思ってた。

 例えばこのノートもそうだけど、入学式に恭ちゃんを

 撮るために、式場にカメラを持ち込む交渉をしたり、

 実際に持ち込んだカメラがガッツリ一眼レフだったり。

 あ、あと恭ちゃん追い掛けて、城峰(しろみね)を受験したりも

 したんだっけ。


「……」

 たまに思うんだよね。もしかしたら楓ちゃん、恭ちゃん

 のこと好きなんじゃないのかなって。

 親友としてじゃなくて、もっと別の感情。

 例えばそう──。




『恋』……とか?




「……」

 その場合って、普通、どんな反応するんだろ?

 応援する?

 それとも恭ちゃんに逢わせないようにする?

 あー……後のはないな。同じクラスだし。そもそも

 そんな事できるわけない。

 それに、そんな事したら楓ちゃんに恨まれる。

 楓ちゃんあぁ見えて執念深いから、そんな事

 しちゃった日には、きっと楓ちゃんの生霊とかに取り

 憑かれる羽目になるに違いない。

 途端、ゾクッと寒気がする。


 恭ちゃんゴメンね。私じゃ助けられそうもない。

 ごしゅーしょーさま。素直に成仏して下サイ。


 心の中で恭ちゃんを拝みながら、私は楓ちゃんに目を

 向ける。すると楓ちゃんは、特に悪びれる様子もなく

 例のノートを広げている。

 あ、何書く気だろ……と純粋に興味を持って覗き込んで

 私は後悔する。

 うわぁ……既になにか書き込んであるぅ。


 広げたのは、なんとノートの後ろの方。そろそろ

 ページが無くなりそうな勢いで、何か書いてある。

 パッと見、写真とかも貼ってあるみたいな質感だった。


 あ、うん。コレはもしかしなくても病んでるやつだ。

 噂に聞くヤンデレってやつ?

 これは下手に関わるのは、かなり危険だ。

 平和な私の人生の為に、ここは一つ傍観する事に

 しよう。

 もしかしたら本当に呪われちゃうかもしんない。

 ぶるっと身震いしながら、私はそう決心を固めた。

 そんな私の顔を、すかさず咲良が覗き込んでくる。


「うひっ」

 思わず変な声が出る。

 うわっ、ビックリした。

 心臓、止まるかと思った。

 心の中、読まれちゃったと思ったよ?


 けど──。


 私は、目の前にいる咲良の顔を見た。

 目の前に現れた心配そうな咲良の顔を見ていると、

 不思議と心が安らいでくる。

 ヤンデレ楓ちゃんと違って、天使みたいな咲良。

 ホント変わったな、咲良。

 そう思って、改めて見る。


 長い髪は、どうケアしたらそうなるのか不思議なくらい

 サラサラで、そして艶やかだ。それに柔軟剤の匂い

 なのかシャンプーの匂いなのか分からないけれど、

 ほのかに甘く優しい、いい匂いもする。

 小さい頃も思ったけど、咲良はすごく整った顔立ちを

 していて、おまけに肌もキメ細やか。

 何かケアでもしているのかな?

 何使ってんのって、聞いてみようかな。

「……」

 でも思うんだよね、同じケアの仕方をしていても、私が

 咲良みたいになるのは不可能なんじゃないかって。

 咲良だからこんなに綺麗なんだろなって。

 きっと咲良は、男だとか女だとか関係なしに、色んな

 人にモテるに違いない。楓ちゃんじゃないけど、同性に

 惹かれるって状況が、普通に納得できるような、そんな

 存在。


 はぁ……私ももう少し、おしとやかに過ごそうかな。

 ま、楓ちゃんが恭ちゃんなんかに惹かれちゃう意味は

 全く分かんないんだけどね。どう考えたって、恭ちゃん

 より咲良を選んだ方が理にかなってる。

 恋ってのはあれだ。ホント盲目になっちゃうんだな。

 そんな訳の分からないことを考えてしまう。



「乃維? ……もしかして疲れてる?」



 咲良が不意に声を掛けてきて、私はハッとする。

 ヤバいヤバい。見すぎちゃった。

「そ、そんな事ないけど……」

 言いながら私は慌てて目線を逸らしたんだけれど、

 動揺は隠しきれない。そして私の動きに合わせて

 咲良も場所を移動するからたまらない。

 ちょっ、待って待って。そんな事されたら、逆に

 心拍数上がっちゃうじゃない! 私は焦って顔を隠す。


 それなのに、咲良はそれすら許さない。

 顔を隠す私の腕を外そうとしながら、口を開く。

「ほら。顔がなんだか真っ赤だよ? 熱でもあるんじゃ

 ないの?」

 防御する私の腕をすり抜けて、咲良の細い指先が私の

 額に触れる。

 冷た──っ。


「ひゃあ……っ、あ、えっと。ちょっと、……ちょっと

 だけ疲れてる……、かも?」

 変な声が出て焦る。

 慌てて肯定したけど、全然疲れてない。だって昨日は

 たっぷり寝たもの。大好きなプリンだって恭ちゃんに

 内緒で二つ食べた。お母さんが買ってきてくれた、

 雅美屋のプリン。

 ぷるぷる濃厚で甘さ控えめ。そしてカラメルソースが

 絶品なの! 恭太郎(きょうたろう)と分けなさいねって言われた

 けれど、恭ちゃん買ってあること自体知らないから、

 私ひとりでこっそり食べちゃった。

 だからどちらかと言うと体調は万全過ぎるほど万全で

 顔が赤いって言うのなら、きっとそれは咲良のせいに

 違いない。


 ……ただ、そんなこと言える訳もなく、私は嘘をつく。

 だって、何でもないって言ったら、じゃあなんで顔

 赤いのって話になるでしょ? ここを乗切るには、

 疲れのせいにするしかない。


 私はそれだけ言って、顔を伏せる。

 動揺は悟られたくない。

 だって、子どもの頃男の子だと勘違いしていた目の前の

 その子は、高校生になってすっかり女の子になって

 しまってるんだもん。気になって当たり前だと思う。

 人って変わるんだなって、しみじみそう思う。


 じゃあ自分はどうなんだろ?

 そう思って改めて自分を見てみると、──うん。全然

 変わってない。

 変わってないどころか、もしかしたら、幼稚園の頃の

 あの時と少しも変わっていないような気もする。

 ホント残念な私。目も当てられないって、こーゆー事を

 言うんだと思う。そう思うと一気に悲しくなる。


 自分のやりたい事だけやって、したい事だけやってた。

 変わろうとか思ってもいなかったし、自分のやって

 きた事を振り返って、反省とかもしなかった。

 で、だからこそ今の子どもっぽい私がいるわけで……。


 楓ちゃんと恭ちゃん。バカばっかりやってるって

 笑ってたけど、私だって二人となにも変わらない。

 人の振り見て我が振り直せ? ホントそれ。私も、

 も少し大人にならなくっちゃ。


 思わず眉間に皺を寄せてしまった私を見て、咲良が

 焦ったように息を呑む音が聞こえた。見ると本当に

 心配している咲良の顔が見える。


 あ、うん。ごめん。

 そんなに心配させるつもりはなかったんだけど、ね。

 咲良の表情を見て、一気に顔のほてりが引いていく。




 咲良に、心配させてしまった──。




 その罪悪感で、胸がいっぱいになった。

 ズキリ……と心が痛む。

 そんなつもり、なかった。

 ごめん。

 ごめんね、咲良。


 私は心の中で謝り続けた。


 

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