5.また、あの四人で。
このまま、咲良の話を続けていいのかな?
出来ることなら続けたい。でも恭ちゃんの負担に
ならないかな?
そんな思いもある。だから突っ込めない。
恭ちゃんがまた、倒れるかもしれない。
「………………」
言葉に困って、私は恭ちゃんを見る。
目の前の恭ちゃんは、キョトンとしていた。
あぁー……うん。だよね。そーだよね、なんでいきなり
話やめたのかって、思うよね?
私もそう思う。
でもあれだよ? 本当に心配なの。
恭ちゃんの事も、咲良の事も。
もしかしたら二人は、私の知らないところで、すっごい
ケンカをしたのかもしれない。でもそれって、子どもの
頃の話なんだよ?
まだ小さくて、小学校にも入っていなかった時の話。
そんな昔の事を未だに引きずってるの? もういい加減
いいんじゃないの?
そう、思う。
そうは思うけれど、でも負担は掛けられない。
きっと今はまだ、その話題からは外れた方がいいとも
思う。
あんまり話してると、私だってボロが出る。いや、
私だからこそボロが出る。だって、早く仲直りして
欲しいから。
そしたらまた、恭ちゃんに無理させちゃうかも。
ううん。下手したら、恭ちゃんの事、追い詰める。
そうなったら目も当てられない。
私は慌てて頭を振った。
違うのよって。
話したかったのは、それじゃないって。
違う話に持っていこう。そう思った。
それが一番、平和的だって。
でも、目の前の恭ちゃんは目を細めて笑う。
とても優しい笑顔。
──あ。気を使わせた。
そう思う。
いつもそうだ。
『仕方ないな』とでも言うような、恭ちゃんには到底、
似合わない少し大人びた笑顔。
でもその笑顔、ちょっとカッコイイ……かも。とか
思ったりもする。
「……」
私は目を逸らす。
そりゃ、恭ちゃんだって大人になりつつあるかも
しれない。だけどこれは反則だ。
目を合わせていないのに、恭ちゃんのニヤニヤ顔が
近くにあるのを感じて、少しムッとする。
これじゃ立場が逆転してる。
子犬みたいな恭ちゃん。
それを撫でる私。
それが一番の理想的だったのに。
ムスッとしている私を覗き込みながら、恭ちゃんが
言った。
「あ、そっか。
咲良が倒れた時、お前が保健室に連れて行ったん
だっけ?
その時に、触ったんだ? 咲良の手」
その言葉に、私は驚いた。
まさか恭ちゃんから咲良の名前が再び出るとは思っても
みなかった。さすがにこれは、驚きを隠せない。
思わず顔を上げる。
そしたらとても嬉しそうな、恭ちゃんの笑顔があった。
恭ちゃんが記憶を封印したのは、きっと咲良の
一言のせい。
今の恭ちゃんは、その事実すら忘れてる。
でも、『咲良 』が自分の心の闇だって事も、もう
気づいているはず。
それなのに、自分から咲良の話を振るなんて、ホント
有り得ない。あんなに苦しんだのに。
でも──恭ちゃん、らしい。とも思う。
恭ちゃんは、自分の事より人の事を考える。
自分のことは二の次で、相手のことばっかり気遣って
そして心がよれる。
恭ちゃんは、そんな自分の事に気づいているのかな?
口では、人とは関わりたくないとか言ってるくせに
人一倍、相手に気を使って、そして傷ついている。
私は苦笑しながら、軽く首を振った。
「ううん。違う。
握ってって言われたの……」
「握ってって? 咲良が?」
恭ちゃんは目を見開いた。
その顔が可笑しくて、思わず笑ってしまう。
「そう。咲良が握ってって言ったの。かなり不安だった
みたい。無理してたんだよね、咲良。
入学してから今まで色々あったから……」
そう。無理してた。
親友とケンカ別れして、仲のいい友だちから離されて、
その上、子どもの頃の事を未だに怒っているかも
しれない恭ちゃんと、まさかの同じクラスになって
しまったんだから。
しかも恭ちゃんは、あのクラスの主みたいな存在。
だから咲良にとっては、気の抜けない数日間だったと
思う。
それを思うと笑えない。笑うわけにはいかない。
私は目を伏せた。
「咲良の手、すごく冷たかった。氷みたいで……」
「乃維……」
気遣うような恭ちゃんの声。
思わず言いそうになる。
でもそれって、恭ちゃんのせいだよって。
恭ちゃんが忘れるから……咲良のこと、全部忘れて
知らんぷりしたから……! だから咲良、辛かったんだ
よって。
でも言えない。言っちゃダメだ。
暫く黙っていたら、恭ちゃんは『そっか』って言った。
「……だったら、お前が力になってやれよ」
ぽふっと私の頭の上に、恭ちゃんの手が乗っかかる。
いつの間にか、私よりも大きくなった恭ちゃん。
でもそこ、『オレが力になる』じゃないんだ。
──へたれか。
私は心の中で悪態をつく。
だって、恭ちゃんが忘れていなかったら、恭ちゃんが
咲良に逢った時『よう、久しぶり』って、微笑みかけて
いれたのなら、こんな事にはならなかった。
思っていた流れにならずに、私は大きく息を吐く。
「あのさ、恭ちゃん。そこは男らしく『オレが力になる』
的なセリフ吐けないの?」
その言葉に恭ちゃんは途端、たじろいだ。
「え? オ、オレ?」
「そう。『オレ』!
オレは何にもしてくれないの?」
その言葉を言って、少し後悔する。
もしかしたら、この一言は、恭ちゃんの心の負担に
なるかもしれない。
でも、そうは思っても、言わずにはいられない。
だってあんなに仲良かったんだよ? いつも一緒
だった。それなのに、咲良だけ置いてけぼり。
咲良だけ忘れて、幸せになるなんて、絶対
有り得ない。
「私だけじゃ、力不足だよ……」
それだけを絞り出す。
だって本当に、力不足。
確かに顔は似てるよ? 私たちふたごだから。でも全然
違う、全く別の人間。
私は恭ちゃんの代わりにはなれないし、恭ちゃんだって
私にはなれない。
分かってるでしょ?
私のお気に入りのワンピースをダメにしたあの日。
恭ちゃんだって自覚したはず。私は私で、恭ちゃんは
恭ちゃんなんだって。
だから、咲良を許せるのは恭ちゃんだけ。
その事実は変えられない。
それを少しでも、恭ちゃんに分かって欲しかった。
──ぱふ。
再び恭ちゃんの手が、頭に乗っかかってきた。
ついでに、グリグリと撫で回してくる。
むっ。なに? 子ども扱い?
地味にムカつくんですけど。
私はムッとして、顔を上げた。
「じゃあさ、お前とオレと、……それから楓真も一緒に
咲良を力づけてやろうなっ」
「え……」
満面の笑顔。
その笑顔は少しも無理していなくて、すごく晴れやかな
笑顔だった。
もう、苦しくないのかな?
吹っ切れたのかな?
そんな思いが溢れてくる。
もしかしたら、もう大丈夫なのかもしれない。
またあの四人で笑い合える……?
そう思うと嬉しくなった。
「うん!」
きっとあの頃に戻れる!
そう思うとどこからか、力がみなぎってくるのが
分かった。




