4.分からない事。
──「乃維……?」
呼ばれて私はハッとする。
恭ちゃんがちゃんと傍にいるって、生きてるって
ただそれだけを感じたくって、恭ちゃん呼んだだけ
だったから、続ける言葉に焦る。
えっとそうだった、私が恭ちゃん呼んだから、なにか
話さなくっちゃ。私は焦る。
あーうん。
やばい。
話題。
話題がない。
どうしよう?
だけどふと思い出した恭ちゃんの手の冷たさ。
そう言えば、学校で倒れた咲良も、手が冷たかった。
恭ちゃんも貧血、起こしてるんじゃないのかな?
「……あ、えっと。あのね、貧血起こすとさ手って冷たく
なる──」
そこまで言ってしまて、しまったって思う。思わず
両手で口に蓋をする。
「乃維?」
私の動きを見て、恭ちゃんが首を傾げた。
危ない危ない。今やっと体調が整い始めているところ
なのに、『恭ちゃん貧血気味何じゃないの』みたいな
こと言ったら、絶対気にするに決まってる。
少し元気になったとは言っても、未だに恭ちゃんの
顔色は悪い。それなのにまた話題を戻してしまったら
今度こそ恭ちゃん、本格的に倒れるんじゃ……。
そう思った。
「あぅ、あ、ちょ……っ今の、今のなし! そ、そうじゃ
なくて、そうじゃなくって……っ」
言いながら私は俯いた。
でも、……気になったのは本当だ。
恭ちゃんの手、冷たかった。顔色だってまだ悪い。
あの時の咲良みたいに。
「……」
どうしよう。言ってみようか。それともこのまま
黙っとく?
同じように倒れた二人。
状況は全く違うかもしれないけれど、でも二人共
胸の奥底では同じことで悩んでるのかもしれない。
咲良が、言ってた。
──水野くんが怖い。
恭ちゃんは、知らない人に対して当たりが強い。
──と言うか、関わろうとしない。だから自然、人は
寄り付かない。
でも咲良があの時言った『怖い』の理由は、多分そんな
事じゃなくって、小さい頃あんなに仲が良かった間柄
だったのに、久しぶりに会った恭ちゃんは、まるで
他人みたいに、視線すら合わせてくれない。それが
咲良にはショックだったんだと思う。
子どもの頃、咲良は恭ちゃんの事『恭太郎』って呼び
捨てしてた。それがまさかの『水野くん』。
咲良だって一線を引いていた。それが少し悲しかった。
──わたしね、水野くんにひどい事言ったの。
なにを言ったのか、聞いてみたけど咲良は、教えて
くれなかった。
高校に入って、久しぶりに会った咲良。だけど
恭ちゃんと咲良が話しているところを見た事がない。
当たり前だよね? だって恭ちゃん、たった今、咲良の
こと思い出したばかりだし。知らない人にはそもそも
恭ちゃん自身が近づかない。
咲良が恭ちゃんに、ひどい事を言ったんだったら
それはきっと、子どもの頃なんだと思う。
親友に誘われてこの学校を受けて、友だちとの関係が
悪くなって、でもまた私たちに逢えてホッとして、
咲良の心はずっと落ち着かなかったに違いない。
子どもの頃に言ったその言葉を、未だに覚えていて
後悔していた咲良の目に、全てを忘れてしまった
恭ちゃんは、いったいどんな風に映ったんだろう?
人との間に見えない壁を作る恭ちゃんは、未だ
その事を怒っているかのように見えたかもしれない。
そんな恭ちゃんを見て、怖くなって、咲良自身
どうしたらいいのか分からない。そんな状況。
倒れたのも頷けた。
だって私も──分からない。
恭ちゃんを失うのが怖くって、あの日の出来事から
逃げ出した。
そんな私に、何が分かるって言うんだろう。




