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さくらのさくら  作者: YUQARI
第1章 恭太郎
4/96

3.静かなる逃亡。

※R.6.7.7書き直ししてます。

「うわぁ……まずったかなー……」


 (うめ)きながらオレは、中等部の校舎裏にある芝生(しばふ)

 ゴロリと寝転がる。

 まだ生え(そろ)っていない芝生がチクチクと刺さってきて

 制服のブレザーの上からでもちょっと痛い。

 ──いやなんか、別のものでも落ちてるのかも。木の枝

 とか?

 そう思って背中の下を(のぞ)いて見たけれど、やっぱり

 何もない。カラカラに()れた芝生がパラパラと

 (くず)れていく。水分が足りなくて、硬くなっているから

 痛かったんだ──なんて思いながら、また寝そべって

 みる。


 寝転がって見る景色は清々しい。オレはホッと

 息を吐き、目を細める。

 春になりかけの、ちょっと冷たい風が、頬をかすめた。

 ほんのり香るのは、花の匂いかな? 長く寒い冬を

 越えて、柔らかな春を感じると、何だかウキウキして

 しまう。

 見える範囲での木々の様子は、まだ枝ばかり

 なんだけれど、よく見ると薄緑色の新芽もいくつか

 顔を覗かせていて、春の訪れを教えてくれる。


 オレが寝っ転がっている地面の芝生だって、

 それは例外ではなくて、所々顔をのぞかせた小さな

 クローバーのハート型の葉っぱが、風に揺られて、

 なんだか笑っているように見えた。


 けれどまだ寒い。

 見た目的には、それなりに()えそろっているように

 見えたんだけど、まだまだ真のふかふかの芝生と

 呼ぶわけにはいかない。

 どっちかって言うと地面だよね、これは。

 ゴツゴツに固くって、寝心地は悪い。

 これはアレだ。寝っ転がるにはまだ早かったって

 言うヤツ──。

「…………」


 でもまぁ見た時から、そうかなとは思ったよ?

 これは寝ない方がいいだろなって。

 けれどさ、今のオレは、心にゆとりがない。

 制服が汚れるとか、

 寝るとまだ痛いんじゃない? とか、

 芝って言うより、これは、地面って言った方が

 しっくりくる状態じゃね? とか、

 寝っ転がったら絶対ダメなやつ。とか、

 そんな事考えるゆとりなんて、全くなかった。

 ましてやさ、

 今から職員室に行かなくちゃいけないんだぞとか、

 もう大幅に遅刻(ちこく)なんだぞとか、

 きっと今頃行ったら怒られるに違いないとか、

 そんなことを考えるのも億劫(おっくう)で、今はとにかく

 現実逃避したかった。


「はぁ」

 オレは溜め息をつくと、カラカラの芝生の上で大の字に

 寝そべった。

 チクチクする背中がかなり不快だったけれど、でも

 今はそんなのは、どうでもいい。あの事(・・・)と比べるなら

 背中のチクチクなんて──。


「ふぅ……」

 溜め息をつきながら、目を閉じる。

 遠くで吹奏楽部の楽器の音が聞こえてきた。


 チューニングっていうのかな? 曲と言うより、単なる

 音。そこに自然の風の音や、時折(ときおり)通る

 車の音が重なって、なんだか耳に心地いい。

 日差しだって申し分ない。

 春になりたての真っ白い光が(まぶ)しいけれど、

 ()すような暑さはなくて、むしろ心地いい。


 今の時期はアレだけど、でもここにはちょうど良い

 大きさの木々がいくつも植えてあって、初夏とか

 秋とかは、昼寝にもってこいなんだ。

 え? 暑くないかって?

 まぁ、クーラーの冷房と比べれば、それなりに

 暑くはあるのかもだけど、ここは一日中日が差さない。

 たくさんある木々に隠されて、朝から晩まで陽が差さ

 ないとなると結構涼しい。

 真夏──は、さすがに無理があるとは思うけれど、

 そんな時期にオレがここに来ることは、一度もない。

 だってその時はきっと夏休みだから。

 部活をしてないオレの夏休みは、ゲーム三昧って

 決まってる。休みなのに学校に来るなんて有り得ない。

 ──てなワケで、必然、休み以外の日にしかここには

 来ないんだけど、でもここは、いつも日陰になっていて

 過ごしやすい。

 今だってそうだ。

 程よく降り注ぐ木漏(こも)れ日が春を感じさせる。

 ──いや。て言うか、『木漏れ日』って言うほど

 葉っぱがない。むしろ枝ばっかりでちょっと寒々(さむざむ)しい?

 油断して薄目を開けようものなら、容赦なく

 太陽光が目を貫いた。

「うっ」

 呻いてオレは、両手で顔を覆い、少し悲しくなる。

 ……踏んだり蹴ったり。


 芝生もだけど、木にも葉っぱらしい葉っぱがまだない。

 それに気温だってまだまだ低い。時折吹く風の冷たさに

 思わず身を(ちぢ)めてしまう。

 だけどこのキリッと引き締まった冷たい風が、今の

 オレの頭の中を、シャキッとさせてくれる。

 ──……言い訳じゃないし。

 ふっと息を吐き、オレは今の状況を楽しんだ。


 確かに今はあれだけど、これから先この木々たちは

 もっと葉っぱをつけ始め暑い日差しが照りつける

 頃には、ここの芝生を丁度いい日陰にしてくれる。

 その時になれば、今みたいなシャッキリ感と言うよりも

 まったり感が増して、昼寝をしたり考え事をしたり

 するのには、これ以上ないってくらい最適な場所に

 なる。


 芝の冷たさに顔を寄せて、時折吹く風にそよがれると

 本当に気持ちよくって、すぐ眠たくなってしまうのが

 難点(なんてん)でもあるけれど、昼休みにここに来て

 くつろぐのが、中学校の頃のオレのお気に入りだった。

 ここは、オレの心が和む場所。


 見つけたのは確か……小等部の時だっけ? 友達が

 ()ったボールを探しに来て、偶然(ぐうぜん)見つけたのがこの

 秘密の場所。中等部に上がったら絶対また、

 ここに来るぞ! って、ずっと目をつけていた。

 誰かが気づいて、オレより早く取るんじゃ

 ないかって、ドキドキしたりもしたけれど、

 でもそれは、全部杞憂(きゆう)に終わった。

 思っていた以上にここは穴場。

 ホントに、だーれも来ない。静かだし。くつろげるし。

 和めるし。そして──孤独。

 だから誰も知らないし、気づかない。

 よってオレは、当初の目的通りこの場所をゲット

 することができて、授業の合間にたまに来ては

 寝っ転がっていたってわけ。


 部活棟からも離れていて、通学路にもなっていない。

 ましてや授業の為に通る道ですらない。

 誰も気づかないはずだよね?

 言わば絶好(ぜっこう)の隠れ家だったってわけ。

 ──まぁ、建物じゃないから、隠れ家(・・・)って

 言うのもおかしいんだけどね。

 でもとにかく、ここには誰も来ない。


 まぁ、ここに来る暇人なんてオレくらいのもの?

 みんな必死だしね。遊びに恋に勉強に。

 でもそれが、オレにとっては好都合だった。

 考え事をする時とか、ひとりになりたい時とか

 ここに来ると、無条件に安心できた。



 ──でも。




 と、オレは思う。

 さすがにここ、中等部なんだよね。

 高校生になったら、来れなくなる。

 それを思うとなんだか寂しくなる。

 だから今日、最後に久々に、ここに来たんだ。

 ……お別れの、意味も込めて。


「…………」

 ──いや、カッコつけてそんな風に言ってはみた

 けれど、本当はここに来るのが本来の目的だった

 わけじゃなくて、本当はべつの目的のためにオレは

 この学校に来たんだけど、その事実からどうしても

 逃げたくて、オレはここに来たわけで……。


 えっと……これは、つまり、




 ──『逃亡』




 って、ヤツ?

「…………」

 

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