3.静かなる逃亡。
※R.6.7.7書き直ししてます。
「うわぁ……まずったかなー……」
呻きながらオレは、中等部の校舎裏にある芝生に
ゴロリと寝転がる。
まだ生え揃っていない芝生がチクチクと刺さってきて
制服のブレザーの上からでもちょっと痛い。
──いやなんか、別のものでも落ちてるのかも。木の枝
とか?
そう思って背中の下を覗いて見たけれど、やっぱり
何もない。カラカラに枯れた芝生がパラパラと
崩れていく。水分が足りなくて、硬くなっているから
痛かったんだ──なんて思いながら、また寝そべって
みる。
寝転がって見る景色は清々しい。オレはホッと
息を吐き、目を細める。
春になりかけの、ちょっと冷たい風が、頬をかすめた。
ほんのり香るのは、花の匂いかな? 長く寒い冬を
越えて、柔らかな春を感じると、何だかウキウキして
しまう。
見える範囲での木々の様子は、まだ枝ばかり
なんだけれど、よく見ると薄緑色の新芽もいくつか
顔を覗かせていて、春の訪れを教えてくれる。
オレが寝っ転がっている地面の芝生だって、
それは例外ではなくて、所々顔をのぞかせた小さな
クローバーのハート型の葉っぱが、風に揺られて、
なんだか笑っているように見えた。
けれどまだ寒い。
見た目的には、それなりに生えそろっているように
見えたんだけど、まだまだ真のふかふかの芝生と
呼ぶわけにはいかない。
どっちかって言うと地面だよね、これは。
ゴツゴツに固くって、寝心地は悪い。
これはアレだ。寝っ転がるにはまだ早かったって
言うヤツ──。
「…………」
でもまぁ見た時から、そうかなとは思ったよ?
これは寝ない方がいいだろなって。
けれどさ、今のオレは、心にゆとりがない。
制服が汚れるとか、
寝るとまだ痛いんじゃない? とか、
芝って言うより、これは、地面って言った方が
しっくりくる状態じゃね? とか、
寝っ転がったら絶対ダメなやつ。とか、
そんな事考えるゆとりなんて、全くなかった。
ましてやさ、
今から職員室に行かなくちゃいけないんだぞとか、
もう大幅に遅刻なんだぞとか、
きっと今頃行ったら怒られるに違いないとか、
そんなことを考えるのも億劫で、今はとにかく
現実逃避したかった。
「はぁ」
オレは溜め息をつくと、カラカラの芝生の上で大の字に
寝そべった。
チクチクする背中がかなり不快だったけれど、でも
今はそんなのは、どうでもいい。あの事と比べるなら
背中のチクチクなんて──。
「ふぅ……」
溜め息をつきながら、目を閉じる。
遠くで吹奏楽部の楽器の音が聞こえてきた。
チューニングっていうのかな? 曲と言うより、単なる
音。そこに自然の風の音や、時折通る
車の音が重なって、なんだか耳に心地いい。
日差しだって申し分ない。
春になりたての真っ白い光が眩しいけれど、
刺すような暑さはなくて、むしろ心地いい。
今の時期はアレだけど、でもここにはちょうど良い
大きさの木々がいくつも植えてあって、初夏とか
秋とかは、昼寝にもってこいなんだ。
え? 暑くないかって?
まぁ、クーラーの冷房と比べれば、それなりに
暑くはあるのかもだけど、ここは一日中日が差さない。
たくさんある木々に隠されて、朝から晩まで陽が差さ
ないとなると結構涼しい。
真夏──は、さすがに無理があるとは思うけれど、
そんな時期にオレがここに来ることは、一度もない。
だってその時はきっと夏休みだから。
部活をしてないオレの夏休みは、ゲーム三昧って
決まってる。休みなのに学校に来るなんて有り得ない。
──てなワケで、必然、休み以外の日にしかここには
来ないんだけど、でもここは、いつも日陰になっていて
過ごしやすい。
今だってそうだ。
程よく降り注ぐ木漏れ日が春を感じさせる。
──いや。て言うか、『木漏れ日』って言うほど
葉っぱがない。むしろ枝ばっかりでちょっと寒々しい?
油断して薄目を開けようものなら、容赦なく
太陽光が目を貫いた。
「うっ」
呻いてオレは、両手で顔を覆い、少し悲しくなる。
……踏んだり蹴ったり。
芝生もだけど、木にも葉っぱらしい葉っぱがまだない。
それに気温だってまだまだ低い。時折吹く風の冷たさに
思わず身を縮めてしまう。
だけどこのキリッと引き締まった冷たい風が、今の
オレの頭の中を、シャキッとさせてくれる。
──……言い訳じゃないし。
ふっと息を吐き、オレは今の状況を楽しんだ。
確かに今はあれだけど、これから先この木々たちは
もっと葉っぱをつけ始め暑い日差しが照りつける
頃には、ここの芝生を丁度いい日陰にしてくれる。
その時になれば、今みたいなシャッキリ感と言うよりも
まったり感が増して、昼寝をしたり考え事をしたり
するのには、これ以上ないってくらい最適な場所に
なる。
芝の冷たさに顔を寄せて、時折吹く風にそよがれると
本当に気持ちよくって、すぐ眠たくなってしまうのが
難点でもあるけれど、昼休みにここに来て
くつろぐのが、中学校の頃のオレのお気に入りだった。
ここは、オレの心が和む場所。
見つけたのは確か……小等部の時だっけ? 友達が
蹴ったボールを探しに来て、偶然見つけたのがこの
秘密の場所。中等部に上がったら絶対また、
ここに来るぞ! って、ずっと目をつけていた。
誰かが気づいて、オレより早く取るんじゃ
ないかって、ドキドキしたりもしたけれど、
でもそれは、全部杞憂に終わった。
思っていた以上にここは穴場。
ホントに、だーれも来ない。静かだし。くつろげるし。
和めるし。そして──孤独。
だから誰も知らないし、気づかない。
よってオレは、当初の目的通りこの場所をゲット
することができて、授業の合間にたまに来ては
寝っ転がっていたってわけ。
部活棟からも離れていて、通学路にもなっていない。
ましてや授業の為に通る道ですらない。
誰も気づかないはずだよね?
言わば絶好の隠れ家だったってわけ。
──まぁ、建物じゃないから、隠れ家って
言うのもおかしいんだけどね。
でもとにかく、ここには誰も来ない。
まぁ、ここに来る暇人なんてオレくらいのもの?
みんな必死だしね。遊びに恋に勉強に。
でもそれが、オレにとっては好都合だった。
考え事をする時とか、ひとりになりたい時とか
ここに来ると、無条件に安心できた。
──でも。
と、オレは思う。
さすがにここ、中等部なんだよね。
高校生になったら、来れなくなる。
それを思うとなんだか寂しくなる。
だから今日、最後に久々に、ここに来たんだ。
……お別れの、意味も込めて。
「…………」
──いや、カッコつけてそんな風に言ってはみた
けれど、本当はここに来るのが本来の目的だった
わけじゃなくて、本当はべつの目的のためにオレは
この学校に来たんだけど、その事実からどうしても
逃げたくて、オレはここに来たわけで……。
えっと……これは、つまり、
──『逃亡』
って、ヤツ?
「…………」