表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さくらのさくら  作者: YUQARI
第4章 乃維
39/96

3.消えちゃいそうな、恭ちゃん。

「ふふ、そっか。咲良(さくら)、女の子だったんだ。

 オレさ、子どもの頃ずっと、咲良は男だって思ってた」


 恭ちゃんはそう言って、可笑しくて仕方がない

 みたいに、困った顔してフフフと笑った。

「だって咲良ってあの時、短い髪型してたし、あいつ

 確か自分のこと『(さく)』って言ってただろ?

 だから全然気づかなかった」

 恭ちゃんはしみじみと、そう言った。


「なかなか思い出せなかったのは、きっとそのせいかも。

 ひどく嫌な感じ……とかはないんだ。近寄り難いっ

 てのはあるかもだけど、それは嫌悪感とか、そんなの

 じゃなくて。

 なんて言えばいいか分かんないけど、うーんそうだな

 負けられないって感じ? ライバルみたいな?

 でも高校生になって、あの並木道で咲良を見た時から

 ずっと気にはなってたんだ。

 ほら、咲良ってさ、目を引くだろ?」

「そ、……だね。咲良、美人だし」

 言いながら、私は少し微妙な気持ちになる。


 恭ちゃんが忘れたものは、恭ちゃんにとって『悪い

 もの』って認識していたから、あの日から咲良の事も

 自然避けて生活してきた。

 咲良だけじゃない。毎日のように遊んでいたあの公園も

 それからあの日の出来事も。


 咲良と遊べなくなったのは、正直寂しかった。

 何でこんなことしてるんだろって、バカバカしく思った

 事だってある。だけど結局のところ私は、恭ちゃんと

 一緒にいる事を選んだ。

 芯の強い咲良よりも、危なっかしい恭ちゃんを選んだ。

 だってホント、恭ちゃん、何しでかすか分からない

 んだもん。


 その選択が間違っていたとは思わない。

 咲良も大切だけど、恭ちゃんがこの世から消えて

 しまったら、きっと私は後悔するから。だから

 自分のためにも、恭ちゃんの事を、消す訳には

 いかなかった。

 だったら私がちゃんと、監視してなくっちゃって

 思ってた。

 守らなくっちゃって。恭ちゃんの事。


 でも──今の恭ちゃんを見る限り、そこまでしなくても

 良かったのかな……とは思う。



 恭ちゃんは笑った。

「だろ? でもさ、最初見た時、綺麗だ……とは思った

 けど、別の感情もあって。でもそれが何なのか

 よく分からなくてモヤモヤして。気になって。

 ──そっか、子どもの頃一緒にいたのか。だから

 なんだよな。気になってたの。

 少しだけど思い出したおかげで、訳の分からない

 そのモヤモヤが、少し薄くなったんだ。

 忘れていたから、モヤモヤしてた部分もあったんだな

 って。

 そっか、知り合いだったんだ」

 恭ちゃんは、そっかそっかっていいながら、ホッと

 したような、困ったようなそんな複雑な笑みを

 浮かべる。


「そういや、楓真(ふうま)も知ってたんだろ? 咲良の事」

「うん。……楓ちゃんはね、咲良と同じ小学校。

 住んでる場所も近いみたい。だから、しょっちゅう

 会ってたみたいだよ? 近況報告も兼ねて」

「近況報告? 何それ、可笑しい。

 それってオレたちの事、伝えてたの? 楓真って咲良の

 スパイだったの?」

「スパイ? ふふ。

 そ、楓ちゃん、スパイなんだよ。恭ちゃん、捕まらない

 ようにしててね」

 私は笑いながら、そんな事を言ってみる。

 そっかー、スパイかー。じゃあ、仕返ししないと。なに

 しよーかなーなんて恭ちゃんは嬉しそうだ。


 私は私で、髪を乾かしている途中だったのを思い出して

 再び髪をパタパタと叩き始める。せっかくお風呂に

 入ったのに、もうすっかり髪は冷えきってしまって

 いた。

 ……そう。心も体も。


 でもあれはホント、肝が冷えた。

 もう二度とあんなの体験したくない。

 ブルっと震えた自分の体が、いったい何に反応したのか

 分からない。寒かったからなのか、それとも──

 タオルで冷たくなった髪を乾かしながら、私は

 恭ちゃんを覗き見る。


 恭ちゃんはソファにもたれかかって座っていて、軽く

 頭を押さえてた。ニコニコ笑ってはいるけれど、顔色は

 あまり良くない。ひどく、線が細くて危なっかしい。


 小さい頃は、そんな事なかったのに。そう思うと

 自然眉間にシワがよる。

 どちらかと言うと恭ちゃんは、わんぱく坊主の部類に

 入る。もともとイタズラが大好きで、楓ちゃんと

 一緒にバカやって大人によく怒られてた。

 大人も大人で、なにやってんだーって怒りながらも、

 心の奥底では笑ってた。可愛いイタズラだったし、

 現に恭ちゃんも楓ちゃんも可愛かったもん。

 ちっこくて、小型犬みたいにキャンキャン言ってて。

 だからあの時、恭ちゃんが交通事故にあった時も

 おじちゃんやおばちゃんが率先して動いてくれた。

 あれが私だったら、どうだったんだろって、

 思わなかったと言えば嘘になる。


 だけど、今の恭ちゃんは、ちぐはぐだ。

 あの頃の面影を見せながら、それでもひどく

 心許(こころもと)ないところがある。

 いつ倒れてもおかしくないし、いつでも消えてしまい

 そうな、そんな雰囲気がある。

 何でだろ? どうしてこうなったんだろ?


 理由なんて分からないけれど、でももう、恭ちゃんが

 倒れるところなんて見たくない。


 なんでこんなに、生きることに縁が薄くなっちゃったの?

 なんでこんなに、周りに無関心になっちゃったの?

 子犬みたいな恭ちゃんは、もう見られないの?

 あの無邪気だった恭ちゃんが、また見てみたい。

 私とふたごなのに、遺伝子は同じで、育ってる環境も

 同じで、でもそれなのに、綱渡りしてるみたいな

 そんな生き方をしなくたゃいけなかった恭ちゃんを

 見ていると、なんだか凄く不安になる。

 何が違ったんだろ?

 考え方?

 そんな事のために、この差が出来て、それで

 こんなにも生きにくくなるものなのかな?


「恭ちゃん……」

 私は恭ちゃんを呼んだ。

「ん?」

 恭ちゃんがこっちを見る。

 私は微笑む。


 呼び掛けて、返事が返ってくるってことに、妙な

 心地良さを感じた。あぁ、生きてるって幸せだな。

 恭ちゃんは、ちゃんと私の傍にいる。そんな実感が

 湧いてくる。


 恭ちゃんは、世の中のことにあまり関心がない。

 ううん。ホントは、関心がないんじゃなくて、

 関心がありすぎて(・・・・・)、全てを自分のせいにして

 だから無意識に自分を傷つける。

 恭ちゃんがいつも口で言ってるみたいに、他人のこと

 なんてほっぽいとけばいいのに、でも心の奥底ですごく

 気にしている。

 気にして気にして、心が休まらない。

 だから心が()れる。

 傷つかなくていいところで傷ついて、頑張らなくて

 いいところで必死に足掻(あが)いてる。

 そんな感じなんだよ、ね。

 その事に恭ちゃん、気づくべきだと私は思う。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ