1.静かな救急車。
書き直しをしています(2024.5.2)
なので、昨日更新のものと重複してます。
(内容が増えたので。)
「恭ちゃん、恭ちゃん恭ちゃん……っ!」
ゆっくりと倒れていく恭ちゃんを見て、私は息を
するのを忘れる。
やだ。どうしよう。
恭ちゃんが倒れた。
私が無理させちゃったからだ。
倒れていく恭ちゃんを見て、それがある映像と
重なった。
あの時……あの時と一緒だ……!
小学校に上がる前に起こった事故。
それが、走馬燈のように甦って来る。
途端、息をしてなかった事に気づいて、貪るように
空気を吸う。
あの時も、いきなりだった。
私たちに黙って、公園から勝手に帰り始めた恭ちゃん。
あの時私は、いつの間にかいなくなった恭ちゃんを
必死に探した。どこを探してもいなくって、きっと
家に帰ったんだよってみんなと話していたその時に、
けたたましい車のブレーキ音が鳴り響いた。
それと同時に感じた、握りつぶされるような胸の痛み。
嫌な予感がした。でも、まさかって思った。
だって恭ちゃんは家に帰ったはずだから。
私は慌てて音のした方へ走る。
違うって思いたかった。
絶対違うって。絶対あれは、恭ちゃんじゃないって。
でも押しつぶされるような不安に駆られて、確認
せずにはいられない。祈るような気持ちで走って行って
そして目にしたの。
交差点に倒れている恭ちゃんを。
目の前が真っ暗になった。
いつも挨拶してくれる、近所のおじちゃんがそこには
いて、ものすごく真っ青な顔で、見たこともないくらい
真剣で怖い顔。持っていた携帯を握りつぶすような
勢いで持って、電話をしていた。
何か必死で話しているけど、全然耳に入ってこない。
あの子は──誰?
倒れてるあの子は誰?
恭ちゃん?
ううん。違う。恭ちゃんじゃない。きっと違う子だ。
恭ちゃんと似たような服着てたから、勘違いしただけ。
きっとそう。だって恭ちゃん、家に帰ってるもん。
だから大丈夫。
恭ちゃんじゃない──。
そう思おうとした。
そう、思いたかった。
でも、近くで見たその子は、紛れもなく恭ちゃんで。
倒れているその子は、ピクリともしない。
うそ。
絶対ウソだ。
きっと夢。これは夢。
でも……でもでも、どう見ても、どう考えても、あの
交差点に倒れているのは恭ちゃんで、そしてこれは
夢でもなくて、現実で……。
あぁ、そうだ。
お母さんに伝えなくっちゃ。でも、倒れてる恭ちゃん
どうしよう?
恭ちゃん置いてくの? 倒れてるのに? 置いてけぼり?
そんなのは嫌だ!
でも待って。恭ちゃん、ケガなんてしてないみたい。
だって血が出てないもん。
そっか。また、ふざけて道端に寝っ転がってるんだ。
だって恭ちゃん、いつも楓ちゃんとそんな事してたん
だもん。
いつでもどこでも平気で寝っ転がってた。死んだふり
だってしてた。
だから今回もそれだ。
きっと近くに行ったら、私の事バカにするんだ。また
騙されたって。
だから慌てて駆け寄って、必死になって叫んだ。
『お兄ちゃん』って。『早く起きて』って『もう
お家に帰ろうよ』って。
だけど恭ちゃん、目を開けてくれなかった。
救急車が来て、お巡りさんも来て、あと野次馬とか
おじちゃんちのおばちゃんも出てきて辺りが騒がしく
なっても、恭ちゃんは目を覚まさない。
おじちゃんが状況を説明して、救急隊員の人が
恭ちゃんを診てくれて呼び掛けもしてくれたけど
それでもやっぱり恭ちゃんは起きなくて、病院に
搬送することが決まった。
おじちゃんは警察の人に事情を説明していたから、
おばちゃんがそのまま恭ちゃんと救急車に乗って
病院まで付き添ってくれる事になった。
乃維ちゃんはお家の人に知らせておいで、行先は
分かってからまた知らせるからねって、それだけ
言って、恭ちゃんとおばちゃんを乗せた救急車は
静かに走り出した。
サイレンを鳴らして走るはずの救急車は、意外にも
静かに出発した。




