10.あの時の事故。
──『あの事故』
思い出そうとすると、何故だかモヤモヤとした不安に
駆られる、そんな嫌な記憶。
今感じているこれと一緒。
じゃあ橘は、オレの嫌な記憶の一部ってことなのかな?
「……」
でも、その考えには戸惑いしかない。
嫌な記憶? 橘のことが??
──いや、そんなハズない。
だって今のオレは、橘の事が嫌いじゃない。
そもそもの事の発端は、オレが小学校入学前に遭った
って言う交通事故。記憶が無いから、他人事
みたいに言うけど、うちの家族はこの事故のせいで
かなり気が滅入っていた。
何が起こったのかって言うと、オレと乃維がいつも
行っていたって言うその公園からの帰り道、オレは
運悪く車に轢かれた──らしい。
いや、正確には轢かれてない。轢かれそうになった
みたいなんだ。記憶にないからなんとも言えない
んだけど。
事故の状況が、憶測みたいな言い方になるのは
オレの記憶がないことと、未だその犯人が捕まって
いないから。
あの時オレは、運良くかすり傷ひとつしなかった
みたいで、本当ならただ単に交差点に倒れてたって
話になるんだけど、目撃者がいたんだ。
目撃者って言うか、走り去る車らしきものを見たって
言うだけの中途半端な証言だったらしいんだけど、
その、オレを見つけたって言う第一発見者の近所の
おじちゃんが言うには、物凄いブレーキ音が
響いたから、何事かと思って外に出てみたらしいんだ。
これは他の近所の人たちや、公園にいた人たちの
話と一致したから疑いようもなくて、で、その
おじちゃんが見たのが、物凄い勢いで走り去る車
と、交差点で倒れているオレ。そこから急いで
救急車とお巡りさんを呼んで今に至る。
オレも意識を取り戻した後、お巡りさんからあれこれ
聞かれたけど、記憶がないから車種も車の色すらも
分からない。
事故現場は、人通りの少ない場所だったから、目撃者も
いなかったし、防犯カメラもなかった。だから犯人は
未だに逃走中。
運が良かったのは、事故に遭ったオレに、目立った
ケガがなかったってことだけ。ケガはなかった
けど、意識不明にはなってて、数日間入院していたから
家族の心労は計り知れない。そりゃそうだよね?
数日眠りこけて、起きたと思えば記憶の一部が
ないんだし。そりゃ驚くよね?
だから、母さん達の戸惑いはそーとーだったと思う。
乃維なんて、遊びにも行かずにずっとオレに付き
添っていたって言うから笑える。
あのお転婆が、外に遊びにもいかずにオレの
見舞いで病院通いって、なんだか想像つかない。
オレには文句ばっか垂れてるくせに、それなりに
オレのこと気にかけてくれてたんだなーって分かって、
なんだか嬉しかった。
微かに覚えている病室の記憶の中に、必ずと言って
いいほど浮かんでくる乃維の笑顔。
遊ぶのをガマンして、オレと一緒にいてくれた乃維。
だからオレは、これからは乃維の事をちゃんと守って
やろうと思ったんだ。それが心配してくれた家族への
お返し。上手く伝えられないけれど、オレだって
ちゃんと、感謝してる。
あの時あんなに心配してくれたその事実が、素直に
嬉しくて、少しくすぐったくって、実のところ
あの事故は、オレの中ではほんのちょっと、いい
思い出になっていたりもする。家族にはそんな事
言えないけどね。かなり、心配掛けたし。
『恭ちゃんはね、多分、自分守るために忘れたんだよ』
乃維はそう言って、いつも悲しそうに笑った。
それまでオレと乃維は、公園でもよく遊んでいた
らしいんだけれど、その日を境に行かなくなった。
──と言うか、行けなくなった。
オレ的には記憶がないから、何でそんな事になって
いるのか、理解に苦しんだんだけど、オレは
オレなりに、あの時の事故がショックだったみたいで、
事故を境に公園に行けなくなったんだ。
行こうとすると決まって、オレの体調が悪くなった。
何故だか行けない。行きたくない。
でも乃維は、笑ってそう言って、オレと一緒に
いてくれた。
乃維は、行けばよかったのに。
乃維には友だちがいたんだ。楓真と、それから
橘──。
多分、乃維は後悔してたんだ。
オレが事故に遭ったのは自分のせいだって。
公園に一人で行ったわけがない。多分乃維と一緒に
行ってたはず。でも、帰っていたのはオレ一人。
それが少し、引っかかる。
何かあったのかもしれない。
ケンカ──してたのかも? 乃維と。
オレが怒って……もしくは泣きながら帰ってた?
だからきっと、オレは道に飛び出したのかもしれない。
だからあんな事故──。
「……」
記憶を失くしたそんなオレに、乃維は気兼ねしていた
のかもしれない。だから遊びには行かず、ずっと
オレの傍にいてくれたのかも。
でもね、乃維。
ケンカはね、両成敗って言うだろ?
オレも何かしら悪かったはずなんだ。
それにさ、事故に遭ったのだって、オレの不注意
なんだよ? もしくは車が悪かったんだ。
だから絶対、乃維のせいじゃない。
それなのにそれを自分のせいにするとか、そんなの
可笑しいだろ?
いつもはオレの悪口しか言わないのに、こんな時
ばっかり気にかけてくるなんて、ほんとバカな乃維。
オレの事なんかほっぽいて、遊びに行けばよかった
のに。
遊びに行っていたら、今頃乃維と橘はどうなって
いたんだろ? 親友同士になれていたのかな?
そうなっていたのなら、橘が学校で泣くことも
なかったし、倒れることもなかったかもしれない。
「……」
そんな風に思うと、オレはなんだか罪悪感で
いっぱいになった。
2024.5.2.書き直ししてます( ˙꒳˙ ٥)




