9.微かな記憶。
乃維は続けた。
「まぁ、高校受験ってさ、そんなもんだよ。本当に将来
のこと思い描いて進学する人なんて、ほとんどいない。
制服が可愛いからとか、偏差値高いとこがカッコイイ
とか、友だちがいるから先輩いるから、自分のやってる
部活が有名だからとかさ、そんな感じで高校決める子が
大半。
……でさ咲良もそのクチで、でもその子落ちちゃって
ケンカして。だけど、せめて一緒の学校から来た
子たちと、一緒にいたいって思ってたみたいだから、
本当はあの結果が受け入れられなかったみたいで……。
でも咲良だって頑張ってたんだよ。そんなの自分の
ワガママなんだって分かってたから、誰にも言わずに
頑張ってた。
人に頼って受験した、自分が悪かったんだって。
だけどヨレちゃったんだよね。色々あったから。
あとは恭ちゃんも見た通り。緊張の糸が切れ
ちゃったの。まさに踏んだり蹴ったり。
……受けなきゃ良かったのに。城峰なんて、さ」
城峰なんて──乃維はまるで他人事のように、突き
放すようにそう言った。
ま、確かにそうかもしれない。所詮、他人事。
小さい頃を知ってるって言っても、それは小学校
上がるまでの話だし、小学校以降は乃維だって咲良には
会っていないはずだ。会っていたんだったら、オレが
知らないはずがない。
乃維とオレはずっと一緒にいたんだから。
でもオレは何故か、乃維のその言葉に引っかかる。
乃維って、こんな風に突っかかるような言い方する
ようなヤツだったっけ?
乃維はどちらかと言うと面倒見がいい。困ってそうな
人がいたら、迷わず手を差し伸べる。だからオレと
違って色んな人に好かれやすい。
裏表もない。
だから安心できる。
まオレ相手だと、ちょっと当たりは強くなるけれど、
それはそれ。ふたごなんだし、兄妹なんだししょうが
ない。だけど友だち相手にそんな言葉を言う乃維は
初めて見た。
話している姿を見た限りだと、仲のいい友だち
みたいに見えたのに、違うんだろうか? 案外乃維も
裏表あるとか?
「……」
少し意外に思えた乃維の一面を見てしまい、オレは
面食らう。だけど、その事に乃維は気づかず言葉を
続けた。
「ホントはね、あんなに弱い子じゃなかったんだよ?
どっちかって言うと、私よりもしっかりした感じの
子だったのに」
少し悲しげに、乃維は言う。
遠くを見るようなその目線に、オレは言葉を返す。
「そっか。そう言えばお前、小さい頃 橘と友だち
だったんだっけ? 人って変わるしね。ずいぶん
会ってなかったんだろ? 六年? いや九年か。
その間、色々あったんじゃないかな?
橘ってさ、小さい頃ってどんな子だったの?
そんなに変わっちゃったの?」
オレは聞きながら、シャクッ──と母さんが剥いて
くれたリンゴをかじる。
うん美味しい。
オレはどちらかと言うと、シャクシャク系のリンゴが
好き。甘いだけじゃなくって、少し酸味もあるような
さっぱりしたリンゴ。今日のリンゴは正にそれで
オレは少しご機嫌になって乃維に尋ねた。
特に知りたかったわけじゃない。乃維の話ぶりだと
思っていたよりも咲良とは親しい仲じゃない気もする。
でも話の流れっていうの?
ただ話を聞いているよりも、質問も少し入れた方が
いいかなぐらいに思って、当たり障りない質問を
してみた。
ただ、それだけだった。
初めはね、嬉しそうだって思ったんだ。
乃維が橘に話し掛けてるその姿が、とても嬉しそうに
見えたから、仲良いのかなって。
でも、この話ぶりだと、オレの勘違いだったかも
しれない。乃維に興味がないんだったら、それは
それでいい。
でも、──今はもう、あれほど気になっていたのに、
橘に対しての興味は半分失せている。
いや、気になることは気になるんだけど、乃維が気に
ならないんだったら、もういっかなって。
オレも、単純だよね。結構、他人に左右されてる。
一個目のリンゴを食べ終わり、二個目に差し掛かる。
シャクッ──問題なく爪楊枝にリンゴが刺さった。
──あれ? おかしい。
いつもだったら、乃維と取り合いみたいになる食後の
デザート。今日はスムーズに二個目にいった。
それが不思議で、オレは顔を上げる。
乃維がデザート争奪戦に参戦しないとか、ありえない。
そして、──
「……え?」
思わず声が出る。
何故なのか母さんも乃維も眉をしかめ、黙り込んで
オレを見てた。
ごくり。
思わず唾を飲む。
……ちょ。なんなの?
一気に暗くなってしまっていたその場の雰囲気に
オレは思わず持っていたリンゴを落としそうになる。
えっと、なに。
なんでそんな暗い顔すんの?
訳が分からず乃維を見ていたら、乃維は溜め息
混じりに口を開いてオレに向き合った。
「恭ちゃん。なに、言ってるの? 恭ちゃんも、……
恭ちゃんだって、咲良と公園で会った事、あるじゃ
ない!」
その言葉にオレは目を丸くする。
え? 会ったことがある?
誰と誰が? どこで? いつ?
知ってるやつ?
オレと橘が……!?
頭の隅に引っかかってたなにかが、黒いモヤを
引き連れて、大きくなっていく。
──ゾワッ……。
「……っ、」
わけも分からない悪寒に包まれ、オレは身震いする。
なに──この変な感覚。
忘れていたなにか。
それを無理矢理こじ開けられるような、そんな
感覚──。
喉の奥から悲鳴が上がる。
でも、その事に乃維は気づかない。
母さんだけがハッと身構えた。
乃維の言葉は容赦なく続く。
「小さい頃、あんなに仲良かったじゃない!
恭ちゃんなんて、私よりも咲良と一緒にいて、
私そっちのけで内緒話して──って、痛っ。
痛い痛い。お、お母さん、なに? 痛いってば!」
乃維の叫びでオレは我に返った。
黒いモヤがギュッと小さくなる。
途端、息が楽になる。
──なん……だ、これ。
「あら、ごめんなさい。手が滑っちゃった」
なんて言いながら、母さんは乃維の横腹をつねって
いた手を離した。
……いやそれって、手が滑る次元じゃないからね?
でも乃維は、ハッとして逆に母さんに謝った。
「あ、うん。そ、そだね、ごめん。そうだった。
これはその……恭ちゃんの嫌な記憶かもしれなくて」
モゴモゴモゴと乃維は言葉を濁す。
「嫌な、記憶?」
その言葉に、再び冷たい悪寒が戻ってくる。
乃維は頷く。
「うん。恭ちゃんはさ、あの事故以来、記憶が欠けてる
でしょ?」
「記憶──」
乃維が言わんとすることを察して、オレは顔を
しかめた。




