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さくらのさくら  作者: YUQARI
第3章 恭太郎
33/96

8.受験の理由。

 結局咲良(さくら)はその日、先生に送られて自宅へと

 帰っていった。

 原因は貧血かも知れないけれど、吐き気まであった

 みたいだから、大事を取ったらしい。家は地元で近く

 だったから、その方が無難ではあるかな。

 結局その日は乃維とも会えずじまい。授業の後の

 ホームルームの時も帰ってこなくて、そのまま

 部活に行ったらしい。

 オレは再び吹奏楽部に勧誘されるのを恐れて、

 そそくさと家に帰った。だからこの事を思い

 出したのは、夕食後のお風呂から上がって来た

 乃維を見た時だった。


乃維(のい)。そう言えば橘さん、どんなだった?」

 オレは風呂から上がってきた乃維に尋ねてみた。


「橘──さん?」


 だけど、いち早く反応したのは、母さんの方だった。

 その言葉に、乃維が慌てて補足する。

「あ、ほら言ったじゃない? 咲良がうちの学校に

 来たって。

 橘咲良。ほら小さい頃、友だちだった」

「あ。あぁ……そうだったっけ。同じクラスの?

 恭太郎(きょうたろう)も──その、話したりするの? その子と」


 母さんの声は普段から少しハスキーな声なんだけど、

 今日のはハスキーと言うより、少し(かす)れている

 ように聞こえた。

 なんだろ、この反応。母さんも知ってる人?

 オレは少し、(いぶか)しく思いながら答える。

「ん? いや、オレは話したことない。母さんも知って

 たの? てか、やっぱり乃維の知り合いだったんだ?

 入学式の時から知った風だったから、そうなの

 かなって思ってたけど、オレ、橘のこと全然

 知らなかったし」

「『全然』?」

 一瞬眉をひそめた母さんのその表情に、オレは

 なんだか不安を掻き立てられた。

 けれど母さんは、すぐに納得したように微笑んだ。

「あ、あぁ、そりゃね。これでも一応はあんた達の

 親だから。子どもの友だち全員知ってるとは

 言わないけれど、それなりには……ね」

 母さんの言葉は、何故だか歯切れが悪い。

 変な感じはしたけれど、でもそんな事はどうだって

 いい。聞きたいのは橘の状況だ。


「ふーん。で、そいつがね、倒れたの。今日。

 乃維が保健室までついて行ったけど、それっきり。

 教室には戻って来なくって、そのまま帰ったみたい

 なんだよね。だから、どんなだったんかなーって

 思っただけ」

 それだけをただ思うままに口にすると、母さんと

 乃維が驚いたように目を見開いて、オレを見た。

「え、恭ちゃん……咲良のこと気になるの?」

「あんたが人に興味持つとか、珍しい」

 ググッと身を乗り出して、二人してオレを見る。


 オレは思わず仰け反ってしまう。

「──んだよ。変じゃないだろ? 教室で倒れたんだぞ?

 そんなん遭遇(そうぐう)したこともないし、心配して

 当然だろ?」

「そりゃ、普通はそうだろうけど。でも恭ちゃんは

 普通の人とは違うんだよ?

 普段は他の人、気にするタイプじゃなかったじゃない。

 ねぇ? お母さん」

「うん。私もそう思った」


 いやいや、『普通の人と違う』ってなんなのそれ?

 オレも普通の人なんだけど。

 ムッとしながら先を続ける。

「いやオレだって気になるし。あんなに豪快に倒れたん

 だから、心配するだろ?」

「いやいや、それでも他人に気遣うとか、今までの

 恭ちゃんにはなかった事だし。逆に距離置くとかなら

 納得だけど」

 うんうん。と、母さんまで乃維に同調している。

 ったく、なんだよそれ。それってまるで、オレが

 非情なヤツみたいじゃないか。


 別に、興味がなくて周りのことに無関心だったわけじゃ

 ない。ただそれを言葉に出さなかっただけで、オレ

 だってちゃんと周り見てるし、それなりに心配

 したり喜んだりもしてる。みんなと一緒に一喜一憂

 してるんだ。けど、それを表に出したりとか手助け

 したりとかは……していなかったかもしれない。


 オレが誰かの役に立つとか、オレがいないとダメだ

 なんて思ったことはなくて、逆に邪魔になるかもって

 避けてた事はある。

 でもだからと言って、全く気にかけていなかったわけ

 じゃない。気にはしているよ? みんなの事大切だって

 思ってるし。ただそれを表には出さなかったってだけで。


 でもまさかそれだけで、そんな風に見られてたなんて、

 思ってもみなかった。

 家族がこんな調子なら、クラスのやつらなんてそーとー

 なんだだろうな。楓真(ふうま)とかも、そんな風にオレのこと

 見てたのかな?

 そう思うと、それが少し悲しくもある。



「で、どーなの。様子は」

 オレは不機嫌になりながら、乃維に尋ね直す。

「ん。なんかね、そーとー参ってたみたい」

「参ってた?」

 パタパタとタオルで濡れた髪を挟んで、叩きながら

 乃維が頷く。

「なんでもね、うちの学校に来たかったのって

 咲良じゃなくって、咲良の親友だったみたいなん

 だよね。咲良はそれについて来ただけみたいで──」

「うわー、出たよ。友だちについてきましたバージョン。

 で、受かったはいいけど別のクラスだったってヤツ?」

「ううん。違う。あの時の子は別の子。

 親友だったその子はね、落ちちゃったんだって。

 入試前の判定とかは、その子の方が良かったらしいん

 だけど、開けてみたら大逆転。

 で、その子とは今絶縁状態なんだってさー。世の中

 何が起こるか分からないよねー」

「うわあ……」

 なんだか想像するだけで、いたたまれないよねーとか

 言いながら、乃維は髪を乾かすのに余念が無い。

 髪はしっかり乾かさないと、傷むらしい。同情はする

 けれど、基本橘の事はしょせん他人事。乃維にとって

 橘は、自分の髪の毛より下ってところか。

 うん、それは困ったな。

「……」

 そうなるとオレの計画がズレてしまう。


 うーんと悩んでいると、乃維が明るく『でね』と言い

 ながら手を止めてこっちを見た。

 (とび)色の目が室内の照明に照らされて、キラキラと

 輝いた。

 すごく、──嬉しそうだ。


 他人の不幸は蜜の味、的な? うん。この調子だと、

 いよいよあの(・・)計画は無理だな。

 オレは確信する。そもそも計画自体に欠陥しかない。

 そうな計画上手くいきっこないだろう? と思うのに、

 何故か、いやいやそんなハズないって思う自分がいて

 どうしてそう思うのか不思議になる。


 乃維は続けた。

「他にも仲良かった子が受かりはしたんだけど、ギリギリ

 だったらしくって、別のクラス。それが恭ちゃんも見た

 例の廊下でのあの子」

「……あー、そうなんだ」

 あれはそんな状況だったのか。まさにダブルパンチ。

 そんな事って、本当にあるんだな。


 自分が行きたかったわけじゃない高校に、ただ一緒に

 受験しただけで、何故か自分が合格してしまって、

 そのせいで友だち失くすとか、考えただけでも

 恐ろしい。


 一緒にいたいってのは分かる。その方が心強いから。

 だけど、これはない。最善だと思っていたのが一気に

 最悪な状況にすり替わるパターン。今後のこと全く

 考えてなかってってやつ?


 じゃあさ、アイツってこれからどうする気なんだろう?

 うまく切り替えていければいいけれど、高校って

 辞めてくヤツも多いって聞くから、もしかしたら

 橘も、そうなっちゃうかもしれない。


 そんな風に思うと、ちょっと気が気じゃない。

 そうなったら本格的に計画は流れてしまう。

 うーん、オレに何か出来ることは、ないんだろうか?

 そんな風に思うオレって、本当は嫌な奴なのかも

しれない。


 そしてそこまで考えて、ハタと我に返る。

「……」

 いや──そんな事、出来るわけないだろ?

 何か出来ること? 出来ることってなに。

 あったとしても、手助けなんて、とても出来ない。

 だってそもそも、橘とオレは、友だち同士どころか

 まだ知り合ってもいない。


 乃維とはそれなりに知り合いではあったかもしれない

 けれど、オレは入学式の朝に一方的に見かけたって

 だけで、話し掛けてすらもいないんだから。


 まあ確かに、乃維とは知り合いだったみたいだから

 オレのことも知ってるかもだけど、でもそんな

 中途半端にただ知ってるってだけのヤツが手助け

 してきても、きっとキモいだけに違いない。


 ──ったくなんだって、他人任せに受験したんだよ。

 少なくとも、こうなるってことは想定するべきだったと

 思うんだよね。

  まぁ、環境変わるのが怖くて、外部受験する勇気すら

 なかったオレにとやかく言う資格もないんだけど。

 でも、ホント面倒臭い事になってるな……オレは

 そう思って大きく息を吐いた。


 

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